第418話 門前の対決

統一歴九十九年五月五日、夜 - ケレース神殿門前広場フォルム・テンプルム・ケレース/アルビオンニウム



 アルビオンニウムのほぼ中央にあるケレース神殿の築かれた丘の頂上に、岩かげから飛び出した十二人の勇者たちブレーブスは月明かりに照らされた門前広場を一直線に駆け抜ける。

 彼らの目指す神殿の玄関では、二人の立哨りっしょうが彼らに気付き、慌てて建物の中に向かてて何かを叫び報告している。


 やはり、守備兵は他にいるよな…いくら何でも全員を外へ送り出してもぬけの殻にするなんて期待するだけ無駄だったか…


 デファーグはわずかにため息をついて叫んだ。


「ティフ!俺に先行させてくれ!

 昨日と同じ、イヤな魔力を感じる!」


「分かった!

 だが、ヤバくなったらスモルと前衛交代してもらうぞ、デファーグ!」


 ハーフエルフの剣士、デファーグ・エッジロードが加速し、十二人の中から先行しはじめる。


 デファーグはこの期に及んでもやはり、誰も殺したくないと思っていた。この世に生を受けて以来九十年余、寿命が長く成長の遅い彼らの外見はヒトならば未だに十代前半の少年のそれではあったが、物心ついて剣を握ってから既に半世紀以上の時を経ている。成長が遅い分だけ成長期が長い彼らは、外見の年齢からは想像もつかないレベルで剣技や魔法に習熟していた。

 特にデファーグは剣技に特化し、他のハーフエルフたちが魔法の鍛錬を積んでいる間もひたすら剣術を極めることに集中してきたのである。彼の剣の冴えたるや、もはや誰も到達できないレベルに達し、ムセイオンでは剣聖ソードマスターとさえ呼ばれていた。

 そんな彼が持つ剣は父親譲りのティルヴィング。決して錆びることなく、折れたり傷ついたりすることも無い。そして狙った獲物は外すことが無く、鉄さえ容易く両断する魔剣である。実際、素晴らしい切れ味でデファーグの手に良くなじむ。しかし、悪しき望みを三度叶えるが、その後に持ち主に破滅をもたらすというであった。デファーグはこの父の形見の剣を使うからこそ、悪しき望みを持ってはならなぬと心に堅く誓いを立てている。


 彼はその誓いを果たすべく、先頭に出る。彼の剣技と魔剣ティルヴィングにかかれば倒せぬ敵は無い。いかなる武器、いかなる盾もデファーグの振るうティルヴィングにかかれば一刀の下に両断されてしまうのだ。それは同時に、たとえ相手が何者であろうと殺さずに無力化できることをも意味した。そして彼はそれを実行し続けてきた。

 レーマ軍の正規兵だって、彼の手にかかればこれまでの敵と同じ運命をたどるだろう。デファーグは兵士たちを退け、そしてヴァナディーズを捕まえる。


 そうだ、ヴァナディーズだって捕まえてしまえば、殺さなくったっていいはず。そのためには俺が、誰よりも手柄を上げ、その功績と引き換えにヴァナディーズの身の安全を…


 しかし、デファーグのその目論見には早くも暗雲が立ち込めようとしていた。


「「「「「「「「「「「「!!??」」」」」」」」」」」」


 十二人の勇者たちが門前広場の真ん中あたりに達しようとしたとき、ポンッという音共に神殿の中から空に向かって何かが打ち上げられ、そして上空でパッと赤い星が生まれた。それは白い煙を吐きながらやけに禍々しい赤い光を放ってゆっくりと落ちてくる。その赤い星はその後すぐに消えたが、それが消える前に同じものがもう一つ打ち上げられた。

 その直後、ザッザッザッザという足音を立てて彼らの前に武装したホブゴブリン兵が現れる。神殿の玄関から、そして神殿の左右両脇から、そして門前広場に面した厩舎の影から・・・それらの部隊は彼らの前に長い横隊を作ると、彼らをそのまま半包囲してしまった。『勇者団ブレーブス』のメンバーは広場の中央よりやや北側で立ち止まってしまう。


「バカな!!」

「へ、兵隊は全部で払ってるんじゃなかったのかよ!?」

「な、何でこんな大勢!?」

重装歩兵ホプロマクスだ!

 全部レーマ軍の重装歩兵だぞ!」

「ティフ!どうなってる!?百人以上いるぞ!!」

「まさか!罠だったって言うのか!?」


 彼らの目の前に現れたのはアルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシアの重装歩兵、二個百人隊ケントゥリア軍団兵レギオナリウスだけで百六十名、百人隊長ケントゥリオ下士官セスクィプリカーリウスを含めれば総勢百七十名。最前列に大盾スクトゥム投槍ピルムを携えた第一戦列兵ハスタティ、その後ろに同数の第二戦列兵プリンキペス短小銃マスケートゥムを携え、さらにその後ろに武器と松明を持った第三戦列兵トリアリイと下士官たちが控える。

 左右に半分ずつ、二つに分かれた横隊が『勇者団《』を扇型に半包囲すると、最前列の第一戦列が大盾を押し立て、同時にすぐ後ろの第二戦列が短小銃を構えた。どうやら既に弾は装填されているらしく、銃口を『勇者団』に向けたままハーフコック状態の撃鉄ハンマーに親指をかけ、いつでも射撃準備を完成できるようにした。


「ティ、ティフ!?」

「お、おちつけ…」


 落ち着けと言うティフはもちろん、全員が明らかに動揺している。その彼らの前にヒトとホブゴブリンのレーマ軍高官たちが神殿の玄関から出てくると、二つの横隊の真ん中から彼らに姿を現した。そして最上位者とおぼしきヒトの高官がわずかにラテン語訛りのある英語で話しかける。


「それまでっ!!どうかお静かに!!

 私は、レーマ帝国辺境軍リミタネイ・インペリイ・レーマーエサウマンディア軍団筆頭幕僚トリブヌス・ラティクラウィウス・レギオニス・サウマンディア、サウマンディア伯爵公子、カエソー・ウァレリウス・サウマンディウスです。

 『勇者団』の皆さま、そのまま大人しく武器をお納めください。」


 カエソー本人は自分の声が震えているのではないかと不安だったが、声をかけた相手には気づかれなかったようだ。


「クソっ、バレてやがる」

「やっぱりヴァナディーズがバラしちまってたんだ。」

「どうする!?やっちまうか!?」

「ヤルつもりで来たんだ、やっちまおうぜ!」


「お静かに!!

 我々もことを荒立てたくはありません。

 今ならば、まだ盗賊どもが暴走した事件として片づけることも出来ましょう。そして、皆様方を穏便に、秘密裏にムセイオンにお送りできます。

 我々にはそのための用意がございます。

 ですが、皆さまがあくまでも「黙れ!!」」


 カエソーの呼びかけをティフが遮った。そして勇者たちの前へ進み出ると大きな声を出す。


「事情を知っているのなら話は早い。

 ヴァナディーズを、我々に引き渡してもらおう!」


 カエソーはまだ少年にしか見えないティフを見据え、少し時間をかけてフーッと息を吐くと改めて気を引き締めた。


「それは出来ません!

 ヴァナディーズ女史はムセイオンから公式に派遣された学士!

 スパルタカシウス家の家庭教師として招聘しょうへいされ、同家の庇護下にあります。

 レーマ帝国貴族パトリキの公式な庇護下にある者を、同家当主の了承も無しに軽々しく引き渡すことなど出来ません。」


 クッ…と、ティフが歯を食いしばってカエソーを睨む。カエソーはそれを見据えたまま続けた。


「ティフ・ブルーボール二世閣下とお見受けいたしましたが、相違ございませんか!?」


 ティフ・ブルーボール…それはカエソーがヴァナディーズから『勇者団』のリーダーとして聞いていた名だった。もちろん、カエソーには面識はない。

 ティフは被っていたフードを払い、月明かりの下に顔を出すと、ムセイオンを脱走して以来ずっと隠し続けていた長い耳が初めて仲間以外の人目に晒される。青白い月光に晒されたハーフエルフの顔はまだ幼く、その肌は白く輝きを放った。カエソーをはじめレーマ軍人たちは、その神々しさに不覚にも気圧されそうになる。

 ティフは胸を張って反駁はんばくする。むろん、虚勢である。声は震えていた。が、恐怖や不安で震えているのか、それとも興奮によって震えているのかは本人でさえ分かっていない。


「いかにも!

 サウマンディア伯爵は私をムセイオンの聖貴族、ハーフエルフのティフ・ブルーボール二世と知って銃口を向けるのか!?」


「閣下が我がレーマ帝国軍に刃を向けるというのであれば致し方ありません。

 仮にそうではなかったとしても、のであれば、見過ごすことは出来ません!」


 年齢はティフの方が何倍も上のはずだが、問答の様子は見た目通りの子供と大人のそれだった。ハーフエルフは長く生きていると言っても、ずっとムセイオンの一角に閉じ込められて育っているのである。どこか世間知らずで、幼稚な部分が残っていた。


「このまま武器をお納め下されれば、悪いようには致しません。

 精いっぱいの歓待も致しましょう。

 そしてムセイオンまでの快適な旅路もお約束いたします。

 ですが、あくまでもをお続けあそばされるというのであれば、我らも!!」

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