第661話 ダイアウルフの衝撃
統一歴九十九年五月八日、昼 - マニウス街道/アルトリウシア
もしもアグリッパが予想した通り、ハーフエルフたちがルクレティアの一行に執着しつづけるとして、それを
抽出できる戦力はアルトリウシアにもシュバルツゼーブルグにもなく、唯一対応可能な戦力は遠くズィルパーミナブルクに駐留している
理屈ではそうなのだが家臣団は納得しない。原則論を振りかざし、イザと言う時に役に立てない軍を批判する。
家臣団の主張にも全く理由が無いわけではない。リュウイチの
同じ
である以上、ルクレティアには一刻も早くアルトリウシアへ戻って来てもらわなければならない。本来なら、ルクレティアが今の時期にアルビオンニウムへ行くということ自体があってはならない事なのだ。
ルクレティアのアルビオンニウム行きはルクレティアがリュウイチの正式な
こういった背景からルクレティアをグナエウス砦に留まらせたい軍側と、何とかしろと無理難題を繰り返す家臣団の対立は収まるところを知らず、不毛な言葉の応酬は次第に苛烈なものとなっていき、とても貴族的とは言えない場の荒れようを呈するに至る‥‥‥が、それは
「グナエウス街道にダイアウルフが?!」
届けられたのは未明にグナエウス砦からアルトリウシアへ向かっていた八頭立ての重貨物馬車が複数のダイアウルフに襲われて事故を起こし、横転した馬車と馬車からばら撒かれた建材によって街道が封鎖されてしまったことを告げる報告だった。
そのほかにも付近の山林で炭焼き職人が巨大なオオカミの群れに襲われて避難してきたという報告があり、どうやらそれもダイアウルフによるものと推測されていると言う。
会議に出席していた
グナエウス街道はアルトリウシアとライムント地方を結ぶ唯一の
現在、アルトリウシアへの物流は海路とグナエウス街道の実質二本しか存在しないと言って良い。アルトリウシア復興に必要な食料や資材のうち、アルビオンニア属州内で生産された物の殆どはグナエウス街道を通って運ばれてくるのだ。そのグナエウス街道がダイアウルフの襲撃を受け、使えなくなったとしたら大問題である。
残る海路だってアルトリウシア湾の唯一の出入り口であるトゥーレ水道がエッケ島に
それよりなにより、今まさに議論沸騰していたルクレティア・スパルタカシア・リュウイチアはそのグナエウス街道を通って帰って来るのだ。早ければ明後日には事件現場となった場所を通過することになる。これでは仮に戦力増強の手当てがついてハーフエルフの問題が解決したとしても、万が一にもルクレティアの一行がダイアウルフの襲撃を受けることになれば‥‥‥
ということで、
そのためにも、ルクレティアにはグナエウス街道の状況を報せるとともに、グナエウス砦で待機するよう早馬で要請を出さざるを得なくなったのだった。
結果、アルトリウスは当初の予定をすべて切り上げて
本当ならば会議に列席していたヘルマンニとトゥーレスタッドやネストリについてリクハルドから聞いた話の確認をとり、ルクレティアの父でありアルトリウスの恩師であるルクレティウス・スパルタカシウスと面会、その後
ゴティクス・カエソーニウス・カトゥスを始め共に
「ダイアウルフか‥‥‥まさかグナエウス街道の方へ回り込むとはな‥‥‥」
再び通り過ぎようとしていく家族の待つ『
「アイゼンファウストでの銃撃を受け、作戦を変えたのでしょう。」
「作戦?」
単なる独り言だったが、来る時と同様アルトリウスの馬車に同乗していたゴティクスが自分に話しかけられたものと勘違いして答えると、アルトリウスはそれに反応した。
「そもそも
アルトリウスは向かいに座るゴティクスに対し、唐突に注意を向けてまるで詰問するかのように問いかける。ゴティクスはアルトリウスの態度の急変に戸惑った。
「いや、それは小官にも……」
大柄なハーフコボルトである彼は自分の不用意な挙動・言動はホブゴブリンたちにとって恐怖を覚えるほどの迫力があるらしいことを良く知っており、普段はかなり気を付けているのだが、不意にこういう失敗をしてしまう事がままあった。
一瞬垣間見えたゴティクスの怯えるような表情にアルトリウスは内心で「しまった」と思いつつ、やや間をおいて小さく咳ばらいをしてから気持ちを落ち着けて話し始める。
「………いつぞやの誰かの予想みたいに、アルトリウシアにいる生き残りか、あるいはスパイと連絡を取るのが目的だったのならグナエウス街道へ回り込む必要はないはずだ。
後方へ回り込むのは
遠吠えによってハン族のダイアウルフがアルトリウシア平野で活動していることが判明した際、アルトリウシアにスパイが
しかし、それが真であるならば、グナエウス街道へ移動する理由がわからない。おそらくきっかけはセヴェリ川越しに浴びせた銃撃であろうが、アルトリウシアに潜んでいるハン族側の人間との接触が目的であるならば、グナエウス街道へ回り込む必要はないはずだ。
それとも、こちらに気付かれないうちに接触に成功し、グナエウス街道のどこかで会合することにでもしたのか?
いや、それなら荷馬車や炭焼き職人を襲うわけがない。むしろ、目立たぬように、人との接触を割けるはずだ。
「おそらく揺さぶりをかけているのでは?」
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