追いついたデファーグ

第933話 帰される二人

統一歴九十九年五月九日、深夜 ‐ グナエウス峠/西山地ヴェストリヒバーグ



「はぁ~あぁぁ~~~~~……」


 スワッグ・リーは何度目になるかわからない溜息をついた。情けない声と共に盛大に吐き出された白い息は、彼が左右のそれぞれの手でくつわを握って曳いている馬たちの吐き出し続けている白い息にも負けていない。それを聞いたソファーキング・エディブルスもがっくりと脱力するように肩を落として愚痴をこぼす。


「スワぁッグぅ~~、いい加減にしてくれよ。」


 馬二頭分、後ろを歩くソファーキングはスワッグに聞こえるように大きく声を張ると、スワッグも身体を伸びあがらせるようにわずかに振り返りながら同じく大きく声を張る。


「だぁってよぅ~~」


 スワッグとソファーキングは先ほど、彼らのリーダーであるティフ・ブルーボールから二人で馬を曳いて先に歩いて帰るように命じられた。その命令の受け止め方は、スワッグとソファーキングは全く対照的だったと言っていいだろう。

 ソファーキングは素直に喜んだ。この追跡行自体、彼は全く乗り気ではなかったのだ。彼はアルビオンニウムでのゴーレムたちとの戦いで魔力欠乏を起こして失神して以来、実戦の機会を得ていない。本来ならそれは活躍の機会、冒険の機会を逸したということであり、『勇者団』ブレーブスの一員としては全くもって残念がるべきところではあったが、アルビオンニウム湾口での対アルビオーネ戦、そしてブルグトアドルフでの対 《地の精霊アース・エレメンタル》戦および対 《森の精霊ドライアド》戦の様子を聞く限り、それらは残念がるようなものではなかった。彼が望む冒険は、彼が目指す戦場は、自らの強大な魔力で敵を圧倒し、戦場の支配者として優越感にどっぷり浸るようなものだったのだ。なのに自分が経験した戦闘は、そしてその後仲間たちが経験し語ってくれた戦闘はそういう彼の理想からは程遠いものばかりだった。ここアルビオンニアで彼らが出会うことになった精霊エレメンタルたちは、どれもそろいもそろって『勇者団』が束になってかかっても勝てそうにないほど強く、まるで複数の英雄譚のラスボスたちが勢ぞろいしているかのようだ。実際、『勇者団』のメンバーの誰も、あの《地の精霊》を倒そうなんていう考えなど持ってはいない。リーダーのティフからして《地の精霊》との戦いを避ける方法を率先して模索しているくらいなのである。

 今回はその強すぎる敵に守られたルクレティア・スパルタカシアを限られた人数だけで追いかけ、何とか交渉に持ち込もうというのだ。


 冗談じゃない……


 話を聞いた時にソファーキングが抱いた素直な感想はそれだった。ソファーキングは優れた魔法使いとして敵を圧倒したいのであって、圧倒的な敵に挑みたいわけではない。なのに、その敵との戦いを避けるためとはいえ、その敵に接近しようというのである。せめて『勇者団』全員でというのならまだ分かるが、たった五人でだ。おまけに彼が選ばれたのは、もし戦いになった場合の支援が必要だからだった。つまり、圧倒的に不利な状況での戦いを想定しているのである。


 冗談じゃない……


 だが所詮はヒトでしかない彼にハーフエルフでリーダーでもあるティフの命令に逆らうことなどできるはずもない。彼はまったく望まぬ状況へと追いやられようとしていたのだ。が、ここへ来てようやく彼は解放された。理由はよくわからないが先に帰っていいという。それを聞いた時、表にこそ出さなかったがソファーキングの胸中は安堵で満たされたのだった。


 それに引き換えスワッグはあからさまに失望し、ティフに抗議さえした。

 彼はブルグトアドルフの戦いで救出すべきメークミー・サンドウィッチを救い出せなかったばかりか、一緒に行動するはずだったナイス・ジェーク、エイー・ルメオの二人と合流できず、ナイスを敵の捕虜にしてしまった。おまけにナイスを捕虜にした張本人である《森の精霊》と対峙した時も戦力として全く役に立つことが出来ず、一矢も報いる間もなく捕えられた挙句、人質とされてしまったのだ。

 その経験は彼にとってまったく不本意なものであり、『勇者団』の一員として以上に一人の戦士として恥ずべきものだった。


 アレは失敗だった。油断しただけだ。

 《藤人形ウィッカーマン》だか何だか知らないが、あんなの分かっていればかわすくらい何てことなかったんだ。

 敵の手の内もわからず、雰囲気に飲まれてしまったせいで、実力を発揮できなかっただけさ。

 次は負けない。あんなの、怖くもなんともない!

 次こそ勝って、俺の強さを見せつけてやる!!


 彼は戦士として名誉を挽回する機会を望んでいたし、今回の追跡行では期待に胸を膨らませていたのである。それなのにあと少しというところで「お前たちはもういいから先に帰れ」などと言われて納得できるはずがない。


 こんなことなら何で俺を選んだんだよ?

 そりゃ純粋な戦力だけで俺が選ばれたわけじゃないことくらい分かってるさ。

 ソイボーイ様やエッジロード様より俺が強いわけないもんな。

 でも、それでも俺が役に立つと見込んだから俺を選んだんだろ!?

 戦いになるかもしれないから、俺を連れて来たんだろ!?

 せっかくここまで来たのに……


 胸に抱いた期待が大きかった分だけ、彼の落胆の程度も大きなものだった。


「そんなに落ち込むことないだろ?

 聞いた話じゃ俺たちはしばらくアルビオンニアから出れないんだ。

 そのうち嫌でも戦うことになるさ。」


 スワッグを慰めるソファーキングだったが、しかしその慰めのセリフに今度は自らの気分が沈んでいくのをソファーキングは禁じ得なかった。

 アルビオンニアから出るには海を渡らなければならない。しかし、その海はアルビオーネとかいう《水の精霊ウォーター・エレメンタル》が立ちふさがっており、の意向により『勇者団』が海を渡るのを禁じると宣言したという。ティフはそのを探し出し、精霊たちに『勇者団』の妨害をさせないよう頼むつもりでいるが、それでもどこかで再び強力な精霊と戦わざるを得なくなるだろう。彼らが今まで読みこんできた英雄譚や冒険譚ではだいたいそういう流れになっているのだ。強力な敵に阻まれたなら、どこかでその敵を屈服させなければならない。交渉で物事を解決した冒険者の話なんて、そんなの聞いたとこもない。

 だとすれば、今日 《地の精霊》との対決を避けることができたのは一時的なものだ。問題の先延ばしでしかないのだ。ソファーキングはそのことに安堵したわけだが、ソファーキングがスワッグに言った通り「そのうち嫌でも戦うことになる」としたら、結局ソファーキングは自分が避けたかった嫌な状況に再び身を置くことになるだろう。


 チッ、何か嫌な感じだぜ……

 アルビオンニアに来てからどうも調子が良くない……


 ソファーキングは歩きながら冷たい夜空に輝く月を見上げた。すると、ソファーキングが曳いていた馬の一頭が自分の方を見てくれたと勘違いし、少し歩調を速めてソファーキングに並び、顔を寄せてくる。


ブフッ、ブフフゥッ


「ええぃっ、せ!大人しくしろよ。」


 甘えてくる馬をソファーキングは邪険に突き放した。


 クソッ、油断してるとすぐこれだ!


 グナエウス砦の手前で休止して以来、馬たちがやけにティフやペトミー・フーマン、そしてソファーキングに甘えてくるようになっている。その理由についてペトミーから聞かされてはいたが、しかしティフ同様ソファーキングも馬が魔獣化しつつあるなどと言われてもピンとこなかった。動物に魔法をかけすぎたりマナ・ポーションを与えすぎるなどして魔力を過剰に与えると魔獣化することがある……知識として知ってはいるが、彼は実例に接したことがあるわけではない。


「!?」


 ざっと二馬身分ほど後ろにいるので直接見えるわけではないが、背後でソファーキングが馬たちへの対処に苦慮している気配を感じながらも、スワッグは前方に異変を感じ脚を止めた。

 ソファーキングはスワッグに曳かれた馬が急に立ち止まったせいで、スワッグに曳かれる馬との距離が急に縮んだのに驚いて急停止する。馬の後ろに近づきすぎると、蹴られることがあるからだ。実際、スワッグが曳いている二頭の内の一頭が、背後を気にしながら後ろ足でステップを踏んでいる。背後から近づいて来る不届き者を蹴り飛ばしてやろうと準備を整えているのだ。

 馬の蹴り脚の射程の外で辛うじて踏みとどまれたソファーキングはスワッグに抗議した。


「おい、何だよ!!

 いきなり停まると危ないだろ!?」


「シッ!!」


 スワッグは前方を中止しながら背後のソファーキングに向かって警告を発した。


「静かに!」


「どうかしたのか!?」


「隠れろ!前から何か来るぞ!」

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