第901話  グレーター・ガーゴイル

統一歴九十九年五月九日、夜 ‐ 『黒湖城砦館』ハーレ・デア・シュバルツゼーブルグ倉庫ホレウム/シュバルツゼーブルグ



「ド、奥方様ドミナ……」


「大丈夫……です。

 ……これは、《地の精霊アース・エレメンタル》様の眷属……」


 喉の奥に何かがつっかえたような声でリウィウスが背後のルクレティアに呼びかけた。これは何かと問いたいのか、それとも逃げ隠れするよううながしているのかは当人ですら分かっていない。そしてそれに応えたルクレティアも、答えたと言うよりは自分自身を安心させるために言い聞かせているようだった。

 リュウイチがマニウス要塞カストルム・マニ陣営本部プリンキパーリスで試しに作ってみせたマッド・ゴーレムも見上げるほど巨大だったが、はその比ではない。背の高さは同じくらいだが、マッド・ゴーレムは直立してこの高さだったのに対し、目の前のコレは身を屈めてこの高さなのだ。直立したら一・五倍くらい違うのではないだろうか?それに、腕や脚の太さは倍以上違うし、尻尾や羽根もある。もはや比較するだけ無駄であろう。ただ、ルクレティアらには他に比較対象になり得るようなモノを他に知らなかったのだから、マッド・ゴーレムと比較してしまうのも当然ではある。


悪魔ディーモン……悪魔ディーモンだ!

 どういうことですか!?

 話が違うぞ!悪魔ディーモンを召喚するなんて聞いてない!!

 インプに力を与えて眷属にするだけじゃなかったのか!?

 コイツはどう見ても悪魔ディーモンだ!!」


 珍しくアロイスが取り乱した。その両隣のカエソーとスカエウァはアロイスを制止すべきであったろうが、それぞれ唖然としたままさっきまでインプだったソイツを見上げていて、アロイスが騒ぎ始めたことにすら気づいていない様子だ。壁際で松明たいまつを持つ兵士たちも、中には膝を震わせカチカチと歯を鳴らし始めていた者もいたが、多くは阿呆みたいに口をポカンと開けて呆けている。


「お、落ち着いてくださいキュッテル閣下!

 これは悪魔デーモンではありません。」


 男たちが対応しないので仕方なくルクレティアがアロイスに応える。もっとも、ルクレティアが男たちよりしっかりしていたからというわけではなく、ただ単に《地の精霊》からの念話を受けてのことだったが。


悪魔ディーモンだ!

 いや、悪魔王ザータンだ!

 私は本で見たぞ!?

 コイツはどう見ても魔王ザータンの姿だ!!」


 ルクレティアが答えたのでアロイスはルクレティアに訴えながら詰め寄ろうとする。が、その時隣にいたカエソーとぶつかってしまい、アロイスの興奮にようやく気付いたカエソーはアロイスに抱き着くように捕まえた。


「閣下!いけませんん!!

 ここは落ち着いて!」


 カエソーがアロイスを捕まえるのと同時に、カルスがサッとルクレティアとアロイスの間に入り込んで身構えた。男二人に守られる形にはなったが、それでも背の高いアロイスから怒りの形相を向けられたルクレティアは思わずたじろいでしまう。

 それを見て、さきほどまでインプだったソイツが、縮こませていた身を更に屈めて人間たちの様子を覗き込んだ。


「おおおっ!?」

「コイツ!」


 スカエウァが唸りとも悲鳴ともつかぬ声を漏らしながら後ずさりし、つまづいてそのまま尻もちをついてしまう。ヨウィアヌスは遅ればせながら短剣グラディウスを抜き、ソイツを見上げたままソイツの前を横切ってリウィウスとルクレティアの元へ駆け寄った。

 その気配に気づいて改めてを見上げたアロイスは巨大な悪魔ににらまれているような気がして、思わず息を飲んで固まってしまう。その背後では、壁際に立ってた兵士の中に腰を抜かしてその場にへたり込む者が現れ始めていた。


「ア、《地の精霊アース・エレメンタル》様のお言葉を伝えます。」


 声を無くした男たちの耳にルクレティアの声が突き刺さる。


は悪魔ではありません。妖精です。

 インプが地属性の魔力を得て進化した上位種の、ガーゴイル。

 グレーター・ガーゴイルです。」


 胸を張り、凛とした態度で声を張ったルクレティアのそれは虚勢だった。《地の精霊》様の御言葉を伝える巫女サクラとしてのあるべき姿を意識し、自らを奮い立たせて吐いたものだったが、その声はどうしようもなく震えている。が、その声を聞いた男たちはその震えに気づけなかった。気づいたとしても虚勢だとは思わなかった。冷静に見て見ればあからさまな虚勢ではあっても、自分自身がどうしようもない不安にさいなまれている彼らにとって、それはすがるべき導きそのものだったからである。


「グ、グレータ……ガーゴイル……悪魔ディーモンでは……ない?」


 噛みしめるようにアロイスがつぶやいた。

 その名に聞き覚えのある者はいなかった。「ガーゴイル」はもちろん聞いたことがある。建物の装飾の一種で、悪魔をかたどった石像であり、同時にこの世界ヴァーチャリアでは妖精の一種でもある。かつて、ゲイマーガメルたちが狩ったり使役したりしたモンスターの一つとしても知られている。その「ガーゴイル」の枕に「グレーター」が付くと言うことは、ガーゴイルの上位種なのだろう。ゴブリン系種族の中のホブゴブリンのような位置づけなのかもしれない。


「ブルグトアドルフの、《森の精霊ドライアド》様より……

 与えた力はだいぶ抑えられたそうです。」


「こ、これでか!?」


 今度はカエソーが驚き、ルクレティアを見た。一昨日見た《森の精霊》は巨大な《藤人形ウィッカーマン》を従えてはいたが、見た目は愛らしい少女そのものだった。対してこのグレーター・ガーゴイルは下手な一軒家などより巨大で筋骨隆々きんこつりゅうりゅうとしており、とてもではないがあの少女より弱そうには見えない。


 いや……あの《森の精霊ドライアド》様が見た目に反して強大ということなのか?


 頭が混乱して来る。とても信じられはしない……が、疑ったところでその是非を確認する手段も無い彼らはひとまず話を信じ、受け入れるしかなかった。

 ハ…ハハッ……と、誰からともなく乾いた笑いが漏れ始める。


「いや……ああ、そうですか……グレーター・ガーゴイル……

 いや驚きました。何せ、初めて見た物ですから……ねぇ閣下?」


「えっ!?……あ、あぁ……はい……」


 取り乱してしまったことを恥じ、それを誤魔化すかのようにカエソーが半分笑いながら言うと、ガーゴイルに睨まれて委縮していたアロイスは取りなしてもらえたと思い、戸惑いながらも同意する。それを皮切りに室内の人間たちの緊張が徐々にではあるがほぐれ始めた。


「素晴らしい!

 いかにも強そうだ。」


「え、ええ……これなら『勇者団』ブレーブスにも勝てそうだ……」


 余裕と冷静を取り戻すべく、男たちはまるで手の平を返したかのようにグレーター・ガーゴイルを称え始めた。壁際に立っていた兵士たちも、引きつった笑いを浮かべながら、隣り合って立つ戦友たちと顔を見合わせ取り繕う。

 先ほどまでの緊張の反動からか、過度に空気がなごやかになり始めたところでスカエウァがふと疑問を口にした。


「で、ですが、この巨体で、どうやってここから出るのです?」

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