第902話 御役目

統一歴九十九年五月九日、夜 ‐ 『黒湖城砦館』ハーレ・デア・シュバルツゼーブルグ倉庫ホレウム/シュバルツゼーブルグ



 おお!おおお!おおおおおっ!凄い!素晴らしい!!

 何という力、何という身体!身体の奥底から無限の力が沸き上がるようだ!!

 地獄のような苦痛に思わず死んだかと思ったが、醒めて見れば……おおお何ということだ!!あれほど大きかった人間たちが!?……ハハハ、何という小ささだ!

 あの、人間たちを見下ろしている!?自分が!?カラスさえ恐れねばならなかった貧弱なインプが!?

 おお、これが自分の手か!?ああ、自分の手だ!動いている!間違いなく自分の手だ!!あれほど細く、小さく、頼りなかった手が、手が、手が、あああ……何という力強さだ!今なら全てを掴み、岩石すら握り潰せそうだァーッハッハッハ!


『インプよ……いや、グレーター・ガーゴイルよ』


 体中を支配していた激痛が消えるに従い、沸き起こって来る歓喜を噛みしめるインプの頭に声が届く。


 グレーター・ガーゴイル!?


『そう、其方そなた最早もはやインプなどではない。

 インプよりも遥かな上位種、地属性の妖精、ガーゴイルの最上位種、グレーター・ガーゴイルとなったのじゃ。』


 おお!《地の精霊アース・エレメンタル》様!!精霊の王プライマリー・エレメンタル!!我があるじよ!!

 感謝申し上げます!まさかこれほどの魔力を与えていただけるとは!!

 まるで魔神にでもなったかのようです!

 《地の精霊アース・エレメンタル》様が御所望ごしょもうとあらば、この力、この身体、いかようにも役立ててごらんに入れましょう!!


『良い心がけじゃ。

 さっそく仕事を頼みたい。』


 なんなりとお申し付けください!

 さもないと喜びと興奮で、この力を持て余してしまいそうです!!


『気をつけよ、其方そなたの眼前にはの妻となる娘御がおる。

 その娘御を守るのも、其方の重要な役目ぞ?

 決して傷つけるような真似をしてはならん。』


 ですと!?


『左様、ワシが忠節を捧げる主様よ。

 ワシを召喚した主であり、今もワシに魔力をたまわとうとき御方じゃ。』


 そこなルクレティア・スパルタカシアなる少女が、そのような偉大な方の!?


『いかにも!

 そこな娘御が指にめたる指輪こそが我がしろ

 そこな娘御を守りたすけることこそ我が神聖不可侵なる御役目じゃ。

 あと、そこのミスリルの防具を身に着けたホブゴブリンども……この者たちも我が主のしもべ、ワシと同じ役目を担う同輩じゃ。

 しかと心得るがよい。』


 しかと心得ました。

 そこなホブゴブリンには食べ物をいただいた恩がございますゆえ、誓って粗略そりゃくに扱うことはありません。

 しかし……このヒトどもは何といたしましょう?

 不遜ふそんにもルクレティア様に何やら乱暴な態度を見せておるようですが?


 グレーター・ガーゴイルの視線の先では、ちょうどアロイスがルクレティアに怒鳴り声に近い大声で喚き散らしているところだった。が、グレーター・ガーゴイルが覗き込んだことで人間たちは一斉に静まり、固唾かたずを飲んでガーゴイルを見上げる。


『控えよガーゴイル。

 そ奴らはホブゴブリンどものともがらよ。

 あれでも我が主様の御友人なのじゃ。

 粗相そそうのないようにせよ。』


 しかしぃ……


『あやつらは其方の姿に恐れをなして取り乱しておるのじゃ。

 控えるがよい。


 娘御よ!

 こやつはそこの黒い男の恐れるような悪魔デーモンなどではない。

 妖精じゃ!

 インプが地属性の魔力を得て上位種のガーゴイルに進化したのじゃ。

 ガーゴイルの最上位種、グレーター・ガーゴイルじゃ。

 これでも《森の精霊ドライアド》などより力は抑えてあるゆえ、落ち着くがよいと人間どもに伝えよ!』


 《地の精霊》はグレーター・ガーゴイルをいさめると、振り返ってルクレティアにガーゴイルの説明と指示を出す。その言葉を聞いたルクレティアは混乱する人間たちに伝え、事態の鎮静化を図り始めた。そして、ルクレティアに届いた《地の精霊》の念話はグレーター・ガーゴイルにも聞こえていた。そしてその中に気になる文言が含まれていたことに気づいてしまう。


 《地の精霊アース・エレメンタル》様、その《森の精霊ドライアド》というのは、《地の精霊アース・エレメンタル》様の眷属であらせられますか?


『うん?

 うむ……ここより北の地にブルグトアドルフとかいう土地があり、その森をつかさど精霊エレメンタルのことじゃ。

 元々大した魔力を持たぬ貧弱な精霊エレメンタルであったが、必要があって魔力を与え、ワシの眷属とした。』


 吾輩わがはいよりも強き魔力を与えられたとか?


『うむ……おびただしき敵を相手にせねばならなかったのでな。

 その敵全てを相手にせねばならんかった故、相応の魔力を与えたのじゃ。

 じゃが、その敵もだいぶ戦力を減じておるゆえ、其方が対峙せねばならん敵は大したことは無い。

 ゆえに、無駄な力を与えぬようあえて抑えたのじゃ。』


 なるほど、理解いたしました。

 いやなに、兄弟分にあたる精霊エレメンタルがあるならば、いずれ御挨拶申し上げねばと思ったまでのこと。

 この力、この身体があればあのハーフエルフどもごときを相手にするには十分。

 《地の精霊アース・エレメンタル》様に不満を抱いておるわけではありませぬ。


『ならば良い。

 既に理解しておろうが、其方に頼みたき仕事とはかのハーフエルフを捕えることじゃ。

 理由はワシも良くわからんが、決して殺してはならぬ。

 また、無関係な人間どもに見られてもならぬ。』


 心得ました。

 大丈夫、理由など知る必要はありません。

 人間どもは何かと秘密を作りたがるものです。

 そして、我らインプはそうした秘密を守るためにこそ、仕事を頼まれたものです。それはあえて気にせぬのが使い魔の作法。


『ふむ、其方を我が眷属に加えたのは正しかったようじゃ。

 人間どもへの造詣ぞうしはワシら精霊エレメンタルより、妖精の方が深いようじゃからの。

 其方ならうまくやってくれよう。』


 誓って、御期待に沿って御覧に入れましょう。


『頼む。

 それはそうとて、その姿のままでは問題があるようじゃ。

 人間どもが其方がどうやってここから出るのか気にしておる。

 これから人間どもに混じって働くことも多かろう。』


 皆までおっしゃいますな。

 主に与えられた能力スキルを使いこなせんでは眷属たる者の恥。

 そのような不届き者は妖精たり得ません。


 グレーター・ガーゴイルは岩石様の皮膚に覆われた顔をゆがめ、不敵に笑った。

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