第269話 高まる圧力
統一歴九十九年四月二十二日、午後 - マニウス要塞陣営本部
カールの部屋での日曜礼拝を終えた司祭たちはエルネスティーネらに見送られて
マティアス司祭は無関係だろうけど…ほかの人たちも特に怪しい点は無かった。やはり毒麦の混入はただの事故なんじゃ…
不安・恐怖・怒り・憎悪…決して持ちたいとは思わない悪い感情が己の中でうごめきだすのをエルネスティーネは自覚していた。
「
「ええ、ありがとうアロイス。
クラーラ、後のことは頼みますよ?」
「お任せください、
アロイスに促されたエルネスティーネはクラーラにカールの世話を頼むと
クラーラには一瞬でも疑うような態度を取ってしまったことを謝ってあった。だいたいあの日、エルネスティーネと共に死地に飛び込んでカールを助け出し、その際に自らも倒れ生死の境をさまよったクラーラが犯人なわけがない。クラーラは直ぐに許してくれたが、それでもエルネスティーネの心にはまだわだかまりが残ってしまっていた。
毒麦の件…どうにかしなければ……
エルネスティーネの悩みは尽きそうにない。そして更にもう一つ、新たな悩みの種が生まれたことを彼女は知らされることになった。
「
午後に予定されていた会議に出席するために
「ああ、
「どういうこと!?
今になってリュウイチ様を囲い込む気になったということかしら?」
会議の前に昼食会会場として使われた会議室を片付ける時間を利用して、ルキウスはエルネスティーネにマルクスがリュウイチをサウマンディウムに招待したことを報告したのだった。
「降臨者を囲い込めば、見込める利益は計り知れんからな…当初は《
「リュウイチ様は何と?」
「笑って流しておられたよ。」
エルネスティーネはルキウスの答えを聞いてため息をつきながらひとまず安堵する。だが、それで問題が消えたわけではなかった。
「リュウイチ様は、あの契約を守ってくれたという事かしら?」
「そうかもしれんし、もしかしたら単なる社交辞令と受け取ったのかもしれん。」
契約を守ってアルトリウシアにとどまり続ける…そういう明確な意思があってマルクスからの提案を断ったのならよいが、中身のない社交辞令として受け取ったからひとまず聞き流したというのであれば、今後何かの拍子に気が変わってアルトリウシアから出て行ってしまうかもしれない。
それは困る。少なくともレーマからリュウイチをどうすべきかという意向が伝えられてくるまでは、現状を維持しなければならない。大協約では降臨があった地の領主は降臨者を歓待せねばならないと定められている。基本方針は降臨があった場合は速やかに《レアル》へお戻りいただくが、それがかなわぬ場合はせめて世界への影響を最小限にとどめるよう努めねばならない。降臨者を歓待するとは、要するに可能な限り一か所に留めておくということだ。にもかかわらずリュウイチに出ていかれたら侯爵家としてのメンツは立たないし、レーマ本国から何を言われるか分かったものではない。あの
「サウマンディアはどこまで本気なのかしら?」
「分からん。あの
ただ、サウマンディアにリュウイチ様をお招きしたいという考えを持っておるのは間違いないだろう。」
「サウマンディアと対立するわけにはいきません。」
現在の属州アルビオンニアは隣接する属州サウマンディアとの親密な関係があるからこそ存続できているような状況だ。アルビオンニアで消費される食料の半分はサウマンディアからの輸入に頼っているし、一昨年の火山噴火と今回の
「それはもちろんだ。だが、サウマンディアの要求が我々の予想を超えていれば突っぱねきれなくなるかもしれない。」
「でも彼らに我々に対してリュウイチ様を要求する名分があるのかしら?」
「そりゃあるだろうとも!」
エルネスティーネが苛立ちを隠さず、吐き捨てるように言うとルキウスは驚いたように声を上げた。
「今回の降臨騒ぎ…いや、メルクリウス目撃情報の対応の責任者はウァレリウス・サウマンディウス伯爵だ。我々は彼に協力している立場に過ぎん。」
「でもそれは!」
リュウイチの降臨をメルクリウスが引き起こしたのなら確かにそうだが、リュウイチの降臨と今回のメルクリウス騒ぎは直接関係があるわけではない。たまたま、《
だが、ルキウスはエルネスティーネの抗議の声を遮ってつづけた。
「リュウイチ様の降臨とメルクリウスが無関係だと証明できるわけではないよ。関係あると証明することも出来んだろうがね。」
エルネスティーネは憤懣やるかたないといった様子で押し黙った。
「それに、アルトリウシアは今このような状況だ。政情はまだ安定しているといっていいだろう。だが、
安全な場所へリュウイチ様の
戦を、
リュウイチが
「どうやら私たちが思っていた以上に、随分と難しいことになっているようね。
わかってる?私たちはエッケ島から
「分かっているとも、それもこの冬までに、リュウイチ様に気づかれぬように…だ。」
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