第268話 サウマンディアへの招待

統一歴九十九年四月二十二日、午後 - マニウス要塞司令部/アルトリウシア



 昼食ブランディウムを終えた後、テーブル上には香茶とキャラメル・フルーツの盛られた皿が並べられた。サウマンディア産のデーツの実から種を取り除き、中に胡桃を入れて細かく砕いた岩塩をまぶし、蜂蜜を絡めて炒めてある。直接触るとベタ付くので一粒一粒に楊枝が刺してあった。まぶした塩は蜂蜜が絡むのを助けるとともに、甘さを引き立てる役割を果たしている。かなり甘い菓子だが、わざと渋めに入れた香茶との相性は良い。

 面白いのは先ほどのピザは大いに食べたリュウイチはやや食傷気味で、逆にピザにあまり食指を伸ばさなかったレーマ貴族たちが健啖けんたんぶりを発揮していることだろう。


『しかし、種族を示す名前が無かったというのは少し不思議な気はしますね。』


「昔は地域を超えた交流というものが乏しかったですからな。同じ種族でも話す言葉や習慣が違うのであれば一緒に扱うことは現実的ではありません。」


 マルクスはキャラメル・フルーツを口に運びながら答えた。


『今は必要になった?』


「どうでしょうね?今も絶対必要だとまでは思いませんが…まあ、軍制上あった方が便利かなというところでしょうか?」


軍団レギオーは同一の種族で編成されることになっています。」


 マルクスの答えをアルトリウスが補足した。リュウイチはテーブルマナーなどをさほど気にする方ではないので特に何とも思っているわけではないが、やっぱりアルトリウスもやっぱりキャラメル・フルーツを口でもぐもぐしながらしゃべっている。


『ああ、同じ種族で固まってた方が装備を統一できたりして補給が便利ってことですか?』


 リュウイチは気にしてなかったが、ルキウスは少し気にしていた。近代以降の降臨者、特にゲイマーガメルがこういう音のマナーを気にする傾向にあることを知っていたため、ルキウスはリュウイチの前では音を立てないよう意識をしていたのだ。しかし、二人はそうした意識があまり働いていないらしい。

 マルクスが再び口に物を入れたまましゃべろうとするタイミングで、ルキウスはわざと咳払いをしてマルクスを睨んで制止すると、一度香茶をゴクンとわざと喉を鳴らして飲んでから何事も無かったかのように話し始めた。


「というより、元々軍団レギオーは出身地域ごとに編成されるのが普通だったのですよ。言葉や慣習が同じ者同士で固まった方が面倒は起きませんし、軍団レギオー内での連帯感も育みやすいですからな。

 その結果、自然と種族ごとの部隊編成になってたのですが、大戦争で人が地域を越えて移動するようになり、おまけに大戦争を通じてあらゆる軍団レギオーが損耗と再編を繰り返すうちに一つの軍団レギオーに複数の種族が入り混じるようになってしまった。

 そうするとヒトとホブゴブリンみたいに比較的近い種族は良いのですが、ドワーフやゴブリンのように小柄な種族と、オークやオーガのような大柄な種族では体格が違い過ぎて戦列を組めません。部隊運用に色々と支障がでるようになって、まあ…いつの間にかゲイマーガメルによってつけられた種族名が普及して、それを一つの基準に軍団レギオー歩兵隊コホルスを編成するようになったのです。」


 ゴブリンやドワーフは平均身長が四ぺス(約百二十センチ)ほどだが、オークは平均身長五ぺス半(約百六十八センチ)、オーガは六ぺス半(約二メートル)といったところだ。

 レーマ軍は大盾スクトゥムを並べて防壁を作り、その後方から短小銃マスケートゥムで銃撃する戦列歩兵戦術を採用しているため、戦列を形成する兵士の体格がチグハグしていると緊密な陣形を組むことができない。

 軍団レギオーあるいは大隊コホルス単位で兵士の体格は均質であることが望ましく、軍団レギオーを構成する種族は統一するという方針が定められていたのだった。


『そのゲーマーが付けた種族名がゴブリンとかオークとかだったんですか?』


「そのようですな。そう呼び始めたのは啓展宗教諸国連合側に降臨したゲイマーガメルだったようです。」


 最初、ルキウスが何を言いたいのか理解できなかったマルクスだったが、ルキウスが香茶の入った茶碗ポクルムを乾杯でも促すみたいに軽くマルクスに向けて掲げ、ニコッと笑って話を振ってくるのを見てようやくルキウスの意図に気づいたようだった。

 慌てるように自分の茶碗ポクルムを手に取り香茶で口の中のフルーツを喉に流し込んでから話し始める。


「啓展宗教諸国連合はレーマ帝国と対決するために啓展の民が協力関係を結んだものですが、その実態は種族同士民族同士の衝突が絶えない群雄割拠の世界です。

 彼らは自分たちの敵味方を区別するため、様々な定義で人々を区分していったのでしょう。同じ区分に属する者同士で手を組み、異なる区分に属する者同士で敵対する…ただ、その敵味方を分ける区分の在り方が種族であったり、宗教であったり、話す言語であったり、出身地域であったりと複雑に入り乱れていて、その関係は実に複雑です。

 ただ、我らレーマ帝国に対する時だけは、同じ啓展の民として手を組むようですが…レーマ帝国との間に大協約が結ばれてからは再び群雄割拠の状態に戻っていったようですな。

 今ではまた小国に分かれて互いに相争っているようです。」


『啓展の民?』


「キリスト教、ユダヤ教、イスラム教という宗教を信じる者たちを総称して『啓展の民』と呼んでおります。」


 マルクスがそう説明するとルキウスがおどけて補足する。


「そして彼らからすると我らのレーマ帝国は魔界であり、皇帝インペラートルは魔王で、帝国臣民は皆魔族・・・つまり、全信徒が一致団結して戦い打倒すべき敵なのだそうです。」


「「「はっはっはっは」」」


 ルキウスの発言を受けて貴族たちが一斉に笑った。リュウイチも冗談かと思い、つられ笑いをする。


『レーマ帝国は平和なのですか?』


 貴族たちはギクリとする。遠い啓展宗教諸国連合の話は彼らにとっても他所の世界の話であり、普段から他人事のように話していたのでつい調子に乗ってしまったが、リュウイチの関心が戦争に向きかけていると気づいたからだ。

 ゲイマーガメルは戦争を好む。略奪と殺戮ハック・アンド・スラッシュを好む。それだけならまだいいが、ゲイマーガメルは恐ろしく強大な力を持ち、一人で軍団レギオーを壊滅させ、都市を破壊するほどの力を持っている。しかもリュウイチはそうしたゲイマーガメルをたった一人で駆逐した伝説の《暗黒騎士ダークナイト》と同じ力を持っているのだ。

 リュウイチの関心を戦争から離さねばならない…だが、嘘をつくわけにも行かない。バレた時が怖いからだ。


「レーマ帝国は元々小さな国々の同盟関係が恒久化して成立したため、多くの種族や民族が早い段階から対等な関係を築いていました。

 ですので、帝国内での戦はほとんどありませんな。

 外敵との戦いはありますが、それもここのところは小規模な物ばかりです。」


 マルクスはそう答えると視線でアルトリウスに話を振った。


南蛮サウマンとは良好な関係を築きつつあります。一部の南蛮氏族とは小競り合いが続いておりますが…ここ数年はせいぜい数十人から数百人規模の衝突がある程度です。

 それも、ここから山を越えて六日は歩かねばならない遠方での話です。」


アルトリウスの母も妻も南蛮サウマンの豪族出身なのですよ。」


 アルトリウスは安全であることを強調して説明したが、話が戦争に向いてきたことに危機感を抱いたルキウスがすかさず口を挟んだ。


「ええ、母はコボルトで、妻は私と同じハーフ・コボルトです。」


 ルキウスの意図に気づいたアルトリウスはニッコリと笑って南蛮サウマンとの関係が良好であることをアピールする。

 万が一、リュウイチの関心が南蛮との戦争に向き、《暗黒騎士ダークナイト》の強大すぎる力が振るわれてしまうような事は回避しなければならない。そもそも、そのためにこそ今日まで面倒な苦労を重ねてきたのだ。


『では、そのハン族の叛乱というのは大事件だったのでしょうね。』


 リュウイチの関心が対南蛮戦争から離れたと思ったらハン支援軍アウクシリア・ハンに向いてしまった。これは目下のところ南蛮サウマンよりも喫緊の課題となっているだけに余計にまずい。


「え、ええ…ですがご安心ください。彼らはここから水平線上に浮かぶエッケ島という小島に閉じこもってしまいました。彼らは島から出ることは出来ず、もはやアルトリウシアへ戻ってくることはもちろん、どこへも行く事が出ません。」


 アルトリウスが説明するとマルクスがすかさず補足する。


「そうです。我々も子爵ルキウス閣下の求めに応じ、サウマンディアより更なる増援の派遣を検討しておるところです。

 ハン族が再び戦を起こす可能性は万に一つもなくなりましょう。」


『そうですか…それは安心ですね。』


 その一言に貴族たちは一斉に胸を撫で下ろした。そして全員が安堵したところでマルクスは一口だけ香茶を飲むと慇懃いんぎんに申し添える。


「もし、リュウイチ様が御同意いただけるのでしたら、こちらよりもより安全な…我らがサウマンディウムへ御招待申し上げます。我が主ウァレリウス・サウマンディウス伯爵はいつでもリュウイチ様を歓迎できるよう準備を整えておりますれば。」

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