第393話 鹵獲銃

統一歴九十九年五月五日、昼 - ライムント街道/アルビオンニウム



 ルクレティアらの一行の列は時間と共に長く伸びていった。荷馬車に乗り切れず、仕方なく自らの脚で歩いていた住民たちが遅れ出したのが原因だった。列の最後尾には騎乗する警察消防隊ウィギレスたちが付いていて、子供などを交代で馬に乗せて休憩させるなどしていたが、それでも先頭を行く軍団兵レギオナリウスの速度についていくのは至難である。

 護衛隊長を務めるセルウィウス・カウデクスは、住民たちを守ることは出来ないと明言していたにもかかわらず、彼らに気を使って割と頻繁に、そして少し長めの小休止をとるようにしていたが、そうした配慮も住民たちにとって十分とは言えなかった。

 軍団兵レギオナリウスの行軍速度は住民たちにとって速すぎる。軍団兵レギオナリウスが休憩をとっている間に住人たちは何とか追いつくことはできるが、住民たち自身に休憩をとるだけの十分な時間が与えられるわけではない。しかし、スケジュールに余裕があるわけでもないため、セルウィウスにしてもそれ以上の配慮はしてやれない。


 今朝の出発前にシュテファン・ツヴァイクの放った早馬によって事態を知らされていた第二中継基地スタティオ・セクンダ警察消防隊ウィギレスは昼前くらいにルクレティアらの一行(正確にはシュテファンの部隊)に合流し、ブルグトアドルフから逃げる住民たちの護衛に加わっている。彼らは自前の荷馬車を用意していたが、それらには第二中継基地スタティオ・セクンダで備蓄していた武器弾薬が満載されていたため、新たに徒歩の住民たちを乗せてやる余裕は持ち合わせてはいなかった。


「大休~止!」


 軍隊が行軍する際にとる途中休憩には小休止しょうきゅうし大休止だいきゅうしの二種類がある。小休止は一時間に一度くらいのペースでとる五分ほどの短い休憩時間だ。脚を休めたり、水分補給をしたり、小用を足したりするぐらいしかできず、場合によっては荷物や装備を降ろすこともなく立ったままジッとしているだけということもある。

 大休止は半時間から一時間くらいの比較的長い休憩で、食事を摂ったり仮眠をとったりするものだ。より一般的な表現を用いるなら「昼休み」と言い換えることが出来るだろう。


 一般にレーマ人は昼食を摂らないか、摂ってもクッキーのような固焼きパンを数個かじる程度の軽食しか摂らないが、昨夜は徹夜で戦闘やら墓穴掘りやらでかなり疲労を貯めていたこともあって、セルウィウスは軍団兵レギオナリウスたちにハチミツとドライフルーツの支給を指示した。

 周囲に配置された立哨りっしょう以外の軍団兵レギオナリウスたちは各々街道上に腰を降ろし、軍用パンパニス・ミリタリスを取り出してはハチミツを塗ったりしてかじりはじめる。


「おい!ヨウィアヌス!カルス!」


 御者台から御者が休憩のために降りた後、リウィウスは後ろを振り返って声をかける。従者席フットマンズシートからちょうど降りようとしているところだったヨウィアヌスとカルスはリウィウスの方を見て応えた。


「なんだ、とっつぁんリウィウス?」


「ちょっと、付き合え!」


 リウィウスはそう言うと御者台からヒョイと飛び降り、路外へ街道の法面のりめんを降りていく。


「あ、おい!どこへ行く!?」


「へぃ、チョイと用足しでさ。」


「あんまり遠くへ行くなよ!?」


 先月まで同僚だった軍団兵レギオナリウスの立哨をそういって躱し、リウィウスはヨウィアヌスたちを連れて法面の更に外の森へ入った。


「なんだよとっつぁんリウィウス

 わざわざ呼び出すってこたぁ、ただの小便じゃあるめぇ?」


「おう、ちょっと待て」


 リウィウスは用心深く周囲の様子を探った。街道からはすっかり離れたし、先ほど声をかけてきた立哨ももうこっちを見ていない。多少大きい声で話をしてもこの距離なら聞こえることは無いだろう。


「大丈夫だ、ここなら誰にも聞かれないぜ?」


 ヨウィアヌスは自分も周囲を見回しつつニヤニヤしながら言った。

 リウィウスがヨウィアヌスをこうやって人目のつかないところへ呼び出すとき、説教をする時か何か得する話をする時かのどちらかだ。そして、説教するなら呼び出すのは一人だけ…ところが今はカルスと一緒に呼び出された。ということは、何か得する話を持ってきたに違いない。


「なに、大した話じゃねぇよ。

 お前ら、コレ持っとけ。」


 そう言いながらリウィウスは腰のマジックポーチの蓋を開け、中から短小銃マスケートゥムを引っ張り出した。


「今朝、賊共が森の中に落として行ったのを拾ったモンだ。

 三丁拾ったからお前らに一丁ずつやる。」


 ヨウィアヌスとカルスはそれを見るとそれまでの笑顔を消し、互いに顔を見合わせてニッと笑った。


「何だ、要らねぇのか?

 弾も八発ずつだがあるぞ?」


 リウィウスが受け取ろうとしない二人の様子を以外に思っていると、二人とも自分のポーチを開けて短小銃マスケートゥムを取り出した。


「へっへ、俺らも拾ったんだよ。」

オレカルスは二丁だ。」

ヨウィアヌスは五丁、弾もたんまりあるぜ?」

「オレらぁ殺された警察消防隊ウィギレスの分を拾ったんだ。

 みんな賊が持ってったと思ってっから怪しまれねぇよ。」


 そう言いながらカルスとヨウィアヌスは自慢げに短小銃マスケートゥムを見せびらかした。


「呆れた奴らだ…じゃあ、火打石フリント火打ち金フリズンの予備は?」


「もちろんあるぜ!

 とっつぁんリウィウス分けてやろうか?」


 彼らが手にした短小銃マスケートゥムはいずれも中継基地スタティオ警察消防隊ウィギレスが装備していた物だったが、リウィウスが拾ったものは一度盗賊団の手に渡った物だったので火打石フリント火打ち金フリズンといった消耗部品の予備が付属していなかったのに対し、ヨウィアヌスたちは盗賊に襲われてたおれた警察消防隊ウィギレスから直接回収したものだったので、弾薬はもちろん消耗部品の予備もある程度そろっていた。


 短小銃マスケートゥムはフリントロック式小銃である。ハンマーに固定された火打石フリントをバネの力で火打ち金フリズンに打ち付けて火花を発生させて火薬に点火する。この時発生する火花は、打ち付けられた火打石フリントによって削られた火打ち金フリズンの小さな欠片であり、それが摩擦熱によって赤熱しながら飛んでいるのである。つまり、撃ち続ければ次第に火打ち金フリズンは擦り減っていき、火打石フリント火打ち金フリズンの当たり具合が悪くなると火花が発生しなくなって発砲不能になる。

 だから発砲可能な状態を維持するためには、定期的に火打石フリント火打ち金フリズンも交換したり調整したりしなければ、下手すると四十~五十発ほどで発砲不能になってしまうのだ。

 ましてリウィウスが拾ったのは銃の扱い方もろくに知らない盗賊が手にしていた物であり、調整が不完全で本当に発砲できるかどうか少々不安の残る代物だったから、ここで予備部品が手に入るのは心強い。


「そいつぁありがてぇや、火打石フリント火打ち金フリズンを分けてくれ。」


「いいぜ、とっつぁんリウィウス三丁持ってるなら三つずつでいいな?

 抜弾器アンローダーは?」


抜弾器アンローダーまであんのかい!?

 そりゃ貰えるなら貰っとこうじゃねぇか」


 アンローダー【Unloader】またはブレット・プーラー【Bullet Puller】は日本語で抜弾器ばつだんきとか脱包器だっぽうきと呼ばれる器具だ。長い棒状の器具で先端がネジに、もう一方の先端が丁字型のハンドルになっている。銃に装填した弾丸が何らかの理由で発砲できなかった場合に、これを差し込んで柔らかい鉛の弾丸に先端のネジをねじ込み、コルク抜きの様に引き抜くための器具である。

 《レアル》世界では前装式の銃マズルローダーでは装填した弾が不発だった場合、銃身の底を塞いでいる尾栓びせんを開けて槊杖さくじょうを銃口から突っ込んで叩き出すのだが、この世界ヴァーチャリアで一般的な鋳造銃身の銃の場合は尾栓が存在しないためこの方法が使えない。火皿パンに火薬を入れなおして無理矢理発砲するか、抜弾噐アンローダーで引き抜くしかないのだ。

 撃てるかどうかわからない銃を使う上で、抜弾噐アンローダーがあるのとないのとでは安心感が違ってくる。


「いいぜ、これは一個でいいな?

 ほら、とっときなよ」


「おぅ、ありがとよ」


 リウィウスは銃をポーチに仕舞うと、ヨウィアヌスから予備の火打石フリント火打ち金フリズン抜弾器アンローダーを受け取った。ホクホク顔でポーチに納めるリウィウスに、やはり自分も銃をポーチに仕舞いながらカルスが不安げに尋ねる。


「だけどとっつぁんリウィウス、コレ使う事になると思うかい?」


「さあな、だが“敵”はどうやら奥方様ドミナかヴァナディーズ先生を狙ってるって話だし、百人隊長ケントゥリオたちはまた来るって確信してる。

 最低一丁は、いつでも撃てるようにしといた方が良いぜ。」

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