第394話 同乗
統一歴九十九年五月五日、昼 - ライムント街道/アルビオンニウム
さすがに犯罪者というわけでもない上に、今や
「お昼に…お昼までに、気持ちを整理します。
ですので、それまで待ってください。」
セプティミウスがルクレティアの馬車から引き下がる際、ヴァナディーズはそう言っていた。そして今、昼休憩である。
セプティミウスは今度こそ話を聞けるかもしれないと期待を抱き、自身の馬車を降りてルクレティアの馬車へ向かって歩いていた。
だが、あの様子ではまだ心が決まっていないかもしれない。もしかしたら、もう少し、アルビオンニウムへ到着するまでは待たされるかもしれないぞ。
心の片隅でそんなことを思いながらも、セプティミウスはスパルタカシウス家の馬車の横まで来ていた。
「?…おい!」
セプティミウスは近くにいた立哨の
「何でありましょうか、
「何でこの馬車に従者が誰もおらんのだ!?
ルクレティア様たちはお乗りになっておられるのだろう?」
「あ、御者と、あと
「何だと!?
守るべき貴婦人を放置してか!?」
あり得ない事だった。
何で馬車に御者とは別に
街道など一部の道路を除き舗装されていない道路が普通の
屈強な男であればヒョイと飛び乗るくらいは出来るかもしれないが、正装に身を包んだ貴人に脚を大きく上げて飛び乗ったり、ジャンプして地面に飛び降りたりなんてまずできない。
だから馬車から乗り降りする際は踏み台を用意せねばならない。その役目を果たすのが
とまれ、
「すみません!
その、周りは我々も守っておりますし、すぐに戻ると思いましたものですから」
呆れて大きい声を出したセプティミウスに、兵士は自分が怒られたような気になって慌てて弁解を始める。
「いや、いい…貴様を怒ったわけじゃない。
持ち場へ戻れ!」
「し、失礼します!」
兵士は敬礼をすると回れ右して先ほどまでいた場所へ駆け戻った。セプティミウスはため息をついて自身のすぐ後ろについてきていた従兵を振り返り目配せすると、従兵は軽く御辞儀してから小走りで馬車の後ろへ回り、
セプティミウスはその踏み台にあがり、咳ばらいを一つしてからドアをノックする。
「失礼いたします。
『?どうぞ』
セプティミウスが名乗ると中からルクレティアがあからさまに戸惑った様子で返事をする。それはそうだろう。普通、名乗りは
セプティミウスは再び咳ばらいを一つして「失礼します」と言いながらドアを開けた。
「ルクレティア様、もしよろしければヴァナディーズ女史からお話を伺うお許しを戴きたく存じますが、いかがでしょうか?」
狭いキャビンの中にはルクレティアとヴァナディーズの二人が乗っているだけであり、現時点でセプティミウスとヴァナディーズはお互いの姿を視認できているし直接話をすることも出来る。
だが、この場合馬車の最上位者はルクレティアであり、同乗者たるヴァナディーズはルクレティアの庇護下にあると言って良い。したがって、ルクレティアの同意なくヴァナディーズと直接話をすることは出来ないのだ。ルクレティアを差し置いてヴァナディーズと直接話をすることは、ルクレティアの
「少しお待ちください。」
ルクレティアはセプティミウスにそう答えると、ヴァナディーズに向き直った。
「先生、大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。ですが、話は少し長くなります。
それに、人に聞かれては困ります。」
ヴァナディーズはまだ落ち着かない様子だったが、ルクレティアの問いかけに対してはわずかに身を震わせながらもそう答えた。ルクレティアの目にも、セプティミウスの目にも、ヴァナディーズは痩せ我慢をしているように見えた。なけなしの勇気を振り絞って覚悟を決めているのかもしれない。こういう時、タイミングを逸すると、もう話は聞けなくなってしまうかもしれなかった。
ルクレティアはセプティミウスに向き直る。
「お話するそうです。
ですが、時間を要するでしょう。
いかがでしょう。
私も同席することをお許しいただけるのでしたら、
セプティミウスは答えず無言のままヴァナディーズの方を向くと、ヴァナディーズはコクリと頷いた。
「ルクレティア様がお許しくださるのであれば、小官に依存はございません。」
「ではお乗りください。」
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