第395話 勇者団

統一歴九十九年五月五日、昼 - ライムント街道/アルビオンニウム



 ルクレティアの一行は昼の大休止を終え、アルビオンニウムへ向けて北上を再開する。当初の予定ではもう到着していなければならない時間帯ではあったが、アルビオンニウムでルクレティアが行わねばならない祭祀の事前準備はサウマンディアから調査のために来ている神官たちが代理で行ってくれることになっているため、引き連れているブルグトアドルフ住民たちのためにもあえて急いではいない。

 通常の行軍からすればかなりゆるゆると、だが普通の商隊キャラバンやブルクトアドルフの避難民たちにとっては結構な速度で進むルクレティアの馬車の中では、ルクレティア立会いのもと、セプティミウス・アヴァロニウス・レピドゥスによるヴァナディーズからの事情聴取が始まっていた。停車中は付近に誰かが接近してきて内部の会話を聞かれるかもしれなかったため、あえて進行再開まで聴取を待っていたのである。


「さて、馬車も動き出したことですし始めましょうか。

 まず御報せしておきますが、ブルグトアドルフの町でもまた、あの太矢ダートが見つかりました。宿駅マンシオー裏の堀の中…昨夜、賊が侵入しようとしてモンスターと戦ったであろう跡地からもね。

 そして、あの太矢ダートはとても珍しい物です。

 つまり、シュバルツゼーブルグの賊と、ブルクトアドルフを襲った賊は同じだと考えてよいでしょう。

 率直に伺います、ヴァナディーズ女史。

 一番最初に襲われたのは貴女だ。

 本当は、賊の正体に心当たりがあるのではありませんかな?」


 ヴァナディーズは少し目を泳がせながら胸に手を当て、息を整えてから思い切ったように頷いた。


「はい、あります。」


 目を逸らせたまま告白するヴァナディーズを、ルクレティアは気遣うように見つめながらも膝の上に置いた手をギュッと握りしめ、セプティミウスは小さくため息をついた。


「相手は何者ですか?」


「わ、私を襲ったのは、シュバルツゼーブルグで私を殺そうとしたのはファド。ヒトの男性です。」


「何者です?貴女との関係は?」


「ム、ムセイオンで知り合いました。友人です…いえ、友人でした。」


「《地の精霊アース・エレメンタル》様のお告げによれば、宿駅マンシオーに侵入しようとした賊の中にハーフエルフがいたそうですが、この件にムセイオンが絡んでいるのですか?」


 ムセイオンは国際的な機関だ。レーマ帝国、啓展宗教諸国連合のいずれの陣営にも属さない中立の組織として設立、運営されている。基本的に両陣営から派遣された官僚によって運営されているため、どちらかの陣営に一方的に寄った活動をすることはあり得ない。

 だが、独自の行動を全く起こさないというわけでもなかった。ゲイマーガメルの血を引く子供たちの管理については、かなりな独立性を持っている。


 人類の生産活動に精霊エレメンタルの影響が大きな妨げとなっているこの世界ヴァーチャリアでは、精霊エレメンタルと意思疎通ができる聖貴族コンセクラトゥムは貴重な存在だ。特にゲイマーガメルの血を引く子供たちは精霊エレメンタルを制御できるほどの魔力を有しており、この世界ヴァーチャリアの発展に大きく寄与することが確実視されている。そして、そのような強力な魔力を有する聖貴族コンセクラトゥムをどれだけ多く抱え込むかが、国の行く末を左右するのだ。

 しかし、それほど強力な力の持ち主というのは、国の、世界の発展にとって両刃の剣ともなり得る。その強大な力を私利私欲のために使われては、国や社会が歪みかねない。彼らはゲイマーガメルに準じた力を持っているのだ。本気で暴れだしたりしたら、それこそ軍隊を出動させても取り押さえられないかもしれない。

 ゆえに、ゲイマーガメルの子供たちの教育はこの世界ヴァーチャリア全体にとって極めて重要な課題であった。下手にどこか特定の国、特定の民族、特定の宗教や思想に染まった偏狭な人物にでも成長された日には目も当てられない事態になりかねない。短期的にはどこか特定の陣営の発展に寄与したとしても、ヴァーチャリア世界全体にとっては戦乱をもたらす存在になりかねないのだ。

 

 《レアル》の恩寵おんちょうこの世界ヴァーチャリア全体で共有すべきである…そうした大協約の思想に基づくならば、ゲイマーガメルの血を引く聖貴族コンセクラトゥムもまた、この世界ヴァーチャリア全体で共有すべき人材とせねばならない。


 ゆえに、ゲイマーガメルの血を引く聖貴族コンセクラトゥムはムセイオンに集められ、この世界ヴァーチャリアでも最高度の教育が施されることになっている。それにあたって、子供の人格形成に不味い影響を与えかねないと判断された人物は、たとえその子の親であろうとも徹底的に排除される。場合によっては暗殺さえされることもあり、ムセイオンにはそのための機関や実行部隊が存在するという噂もあった。もし、そのような機関や実行部隊が実在するのであれば、当然レーマ帝国や啓展宗教諸国連合のどの陣営の意向も無視した独自の行動をとるであろう。

 セプティミウスはそうした噂の実行部隊の活動ではないかと危惧していた。


「いえっ!いえ違います。」


 セプティミウスが何を言おうとしているか気が付いたヴァナディーズはパッと顔を上げ、セプティミウスの顔を見て真っ向から否定した。


「彼らは、ムセイオンの人間ですけど、ムセイオンとは関係ありません。」


 セプティミウスはわずかに首を傾げた。


「ムセイオンの人間ではあるが、ムセイオンは関係ない?」


「ええ、彼らは…言ってみれば、メルクリウス団です。」


「「メルクリウス団!?」」


 セプティミウスもルクレティアも思わず揃って驚きの声をあげた。

 メルクリウスとは歴史上の降臨を引き起こしたとされる伝説の大魔術師である。この世界ヴァーチャリアで最も有名な人物の筆頭ではあるが、その正体は謎に包まれており、正確な種族はおろか性別すらはっきりしていない(おそらくヒトの男性であろうとされてはいる)。有史以来すべての降臨に関わっていたとされ、その年齢は数百歳…下手したら一千歳を超えている可能性すらある。

 ゆえに、現在ではその実在が疑われており、メルクリウスとは一人の人間ではなく降臨を引きおこす秘術を継承する秘密結社か、あるいはその長たる人物の称号のようなものではないかという説が有力になってきている。そして、その秘密結社のもっとも一般的な呼称が「メルクリウス団」なのである。

 メルクリウス団という名は知られてはいるが、その実在が確認されたことは一度も無い。ゆえに、もしも今回メルクリウス団の関係者が発見されたとしたら、これは世界的な大事件であった。


「メルクリウス団と言っても、そういう活動をしようとしている集団というだけです。その…歴史上に存在したとされるメルクリウス団そのものというわけでは…

 ともかく、彼らは自分たちを『勇者団ブレーブス』と呼んでいます。」


「ブ、『勇者団ブレーブス』?」


 何だその子供っぽい名前は…と、あまりにも突拍子もない話に半信半疑になりながらも心の片隅のどこか冷静な部分でセプティミウスは呆れかえっていた。


「はい、彼らは…彼らの目的は、降臨術の再現です。」


「待ってください!

 大協約を司るムセイオンの人間が、よりにもよって降臨を再現を目指しているのですか!?」


 大協約はヴァーチャリア人類を破滅へと追いやった大戦争…その原動力となったゲイマーガメルを二度とこの世界ヴァーチャリアへ降臨させてはならないという教訓に基づいて定められた。その大協約の実効性を担保するために設立されたのがムセイオンである。

 そのムセイオンが自ら降臨を引き起こそうとしているとなれば、それは世界の根幹を揺るがしかねない大問題であった。


「もちろん、ムセイオンの活動ではありません!

 活動の中心となっているのは、ゲイマーガメルの子や孫たちです。

 彼らはムセイオンを抜け出し、降臨をもう一度起こして、自分たちの実の父母に、ゲイマーガメルにもう一度会おうとしているんです。」


「なんてことだ…」


 セプティミウスは呻くように言うと、額に手を当てながら背もたれに上体を沈めた。

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