第396話 勘違いの暴走?

統一歴九十九年五月五日、午後 - ライムント街道/アルビオンニウム



「せ、先生は、その人たちに何で狙われているんですか?」


 ライムント街道を北上し続ける馬車の中、ルクレティアが身を捩って上体だけを隣に座るヴァナディーズの方へ向けて尋ねる。勇者団ブレーブスなる集団の存在は驚きではあるが、今までの話の流れでは、それで何でヴァナディーズが狙われるのか分からない。


「わ、わからないわ。

 あの日、ファドは私の事を裏切者だって言ってた。

 私が彼らの事をバラしたんだろうって…」


 今度はセプティミウスが背もたれから上体を引き起こして尋ねる。


「そもそも、貴女は彼らとどういう関係なんです?」


「わ、私は、協力を求められたんです。

 彼らは私がアルビオンニアへ降臨跡地の調査に行くと知って、それで、降臨の再現に適した場所を探して教えるようにって、頼まれました。

 降臨が成功した暁には、《水の精霊ウォーター・エレメンタル》を使って、私の故郷の渇水問題を解決してやるって言われて…」


「それで、協力したんですか?」


 セプティミウスのその質問にヴァナディーズは泣きそうな顔になり、急にオロオロし始めた。


「わ、私…その…協力って言っても…私…ホントに…降臨を起こせるなんて、思ってなくって…だから…な、何回か手紙は書いたけど…」


「どういう手紙を書いたんです?」


「そ、その…ア、アルビオンニウムには今は入れないとか、アルトリウシアでは降臨に関する伝説みたいなのは無いとか、そんな、研究の途中経過みたいなのだけで…だいたい私、降臨に適した場所なんてわかんないし、私の研究はそれを調べるためのものだし…」


 ヴァナディーズからいつもの才女然とした落ち着いた様子はすっかり消え去り、今まで誰も見たことないほど取り乱していた。


「ま、まあ、落ち着いてください。

 それだけですか?

 他に何か…その、便宜を図ったりとかは?」


「してません!」


 ヴァナディーズは潤んだ瞳でセプティミウスをまっすぐ見て言った。


「だいたい、私そんな、お金も人脈も無いし、便宜とか言われても…」


 それはそうだ、ヴァナディーズはムセイオンからの紹介状でルクレティアの家庭教師をする代わりに研究を支援するという約束でスパルタカシウス家と契約して来ている。自分で勝手に動き回れるだけの財力など無く、スパルタカシウス家に知られることなく活動することもあり得ない。そして、ルクレティアもヴァナディーズが勝手に家の敷地の外へ出たのを見たのは、一昨日のシュバルツゼーブルグの夜が初めてだったのだ。


アヴァロニウス・レピドゥスセプティミウス様、ヴァナディーズ先生はウソをついてはおられないわ。

 先生は手紙一つ出すだけでもイチイチ私か父にお願いするくらいでしたし、おひとりで外出したのは一昨日の夜が初めてだったくらいですもの」


 ルクレティアがヴァナディーズを弁護するようにセプティミウスへ身を乗り出して訴える。セプティミウスは手をかざして「大丈夫です」とルクレティアを宥めると、ヴァナディーズへの質問を続けた。


「それなら彼らは何故、貴女を裏切者などと言ってるのですか?」


「わかりません。ホントに、ホントにわからないんです。

 彼らの事を他人ひとに話すのは今回が初めてです。でも、ファドは私がしゃべったんだろうって…」


「他に何か言ってませんでしたか?」


「他に、ですか?」


「貴女に彼らを裏切った覚えはない。だが彼らは貴女が裏切ったと思っている。

 なら何か、そう思うような理由があるはず。それに繋がるような何かです。」


 ヴァナディーズは頭を抱えるように両手を額に当てて考える。


「…そう言えば『神殿テンプルムを軍勢が囲んでる』とか何とか言ってました。

 『お前がしゃべったのでないなら、何で神殿テンプルムを軍勢が囲んでるのか?』とか何とか…」


 ヴァナディーズは英語で交わされたファドとの会話を思い出し、それをラテン語に訳して話した。


神殿テンプルムを軍勢が囲んでいる?

 それはアルビオンニウムのケレース神殿テンプルム・ケレースの事か?」


 セプティミウスが眉をしかめながら言うと、ヴァナディーズはハッとしたように顔を上げた。


ケレース神殿テンプルム・ケレースを軍勢が囲んでるんですか!?」


「ええ、降臨の後で大水晶球が砂になって、地脈を感じられなくなったと言う話は御存じですよね?」


「はい、私も会議に呼ばれて…でも調査はサウマンディアから派遣された神官の方がやっているのでしょう?」


「その神官の警護のためにサウマンディア軍団レギオー・サウマンディアから派遣された歩兵中隊マニプルスが駐屯しているのです。

 神官の従者たちも含めれば、総勢二百人近いでしょう。」


「そうか、彼らはケレース神殿テンプルム・ケレースで降臨を起こそうとしたのに、ケレース神殿テンプルム・ケレース歩兵中隊マニプルスが守っているから、私が密告したんだと思ったのね!?」


 ヴァナディーズは自分で言っておきながら自分で驚いたように上体を反らし、目を丸くし、口に手を当てる。


「まっ、待ってください!

 彼らは本当に降臨を起こせるんですか!?」


 セプティミウスの知る限り、そしてこの世界ヴァーチャリアの一般常識として降臨の秘術は未だ解明されていない謎の一つのはずである。降臨を起こすことができるのはメリクリウス一人のはずであり、他の誰ひとりとして降臨の再現には成功していない。もっとも、メルクリウスが一人の人間ではなく秘密結社であるとする説が正しければ、その結社で共有しているのかもしれないが、いずれにせよ降臨の秘術は今のところ再現不可能とされているはずだ。

 しかし、実際に降臨を起こそうとする集団が存在し、しかもそのために殺人まで起こしてしまっているとなれば、ひょっとして本当に降臨の秘術の解明に成功したのかもしれない。

 それはこの世界ヴァーチャリア、今の大協約体制の根幹を揺るがしかねない大発見だ。しかし、ヴァナディーズは首を縦には振らなかった。


「わかりません。

 多分、出来ないと思います。」


「ですが、彼らはこうして大量殺人まで起こしてしまっている。

 彼らは降臨が出来る具体的な見込みがあって、それを実行するためにこんな大事件を引き起こしてしまっているんじゃないんですか?」


「私はファドに言いました。降臨なんて出来っこないって…

 でも彼は、『新しい古文書を見つけた』とか何とか…」


「古文書?」


「ムセイオンに収蔵されている古文書のどれかだと思います。

 メルクリウスや降臨術について書かれた物もありましたし、禁書扱いになっていて特別な許可が無いと見れない物なんかもありますから、それらのどれかを見てしまったんだと思います。

 でも、ムセイオンに収蔵されている古文書では降臨術は起こせない筈なんです。」


「それは確かなんですか?」


「私は降臨を研究していて、師と一緒に閲覧したことがあります。

 どれもが学術的価値のある資料ではありますけど、そこに書かれた方法では降臨は起きない事はもう確認されているんです。

 あれらは、降臨術研究の歴史を知るための史料であって、降臨術そのものを知るための資料としての価値は無いんです。」


「つまり、彼らは降臨術を実際に使えないけど、自分たちは降臨術を使えると思い込んでいるということですか?」


「おそらく…少なくとも、彼らが見つけた『新しい古文書』というのが、私の知っているムセイオン収蔵の古文書のどれかなら、その通りです。」


「まさかとは思いますが…リュウイチ様の降臨に彼らが関わってる可能性は?」


「無いです。」


「言い切れますか?」


「はい。

 シュバルツゼーブルグでファドと会った時、私は彼らがアルビオンニアに来ているなんて思ってなかったから、まさかリュウイチ様の降臨は彼らの仕業だったのかと私も疑いました。」


「だが、違った?」


「はい。

 彼らはまだ降臨術に成功していません。

 ファドは私にハッキリ言ったんです。『まだ目的を遂げていない』って。

 私はリュウイチ様を降臨させておきながら何を言ってるのかと思いました。

 だから言ったんです『あれだけ大それたことをしておいて』って…だけど彼は『何のことか分からん』って言いました。」


「つまり彼らはリュウイチ様の降臨を知らなかったという事か」


 フゥーッと大きく鼻を鳴らしてセプティミウスは再び背もたれに上体を預けた。

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