第1227話 救いの主
統一歴九十九年五月十一日、晩 ‐ グナエウス街道・
南北に長く伸びる
一つの都市を壊滅させるほどの大災害をもたらした火山ではあるが、様々な恩恵も齎している。硫黄は火薬やマッチなどの生産に欠かせなかったし、豊富な火山灰はコンクリートの原料として使われている。また過剰な水分を嫌う一部の農作物のための土壌としても有益だ。軽石も利用価値が高く、それらはいずれも輸出品としてアルビオンニア属州の経済を支えてくれている。そして、火山といって忘れてはならないのが温泉であろう。西山地は豊富な湯量を誇る温泉が数多く存在し、そのいくつかは湯治場として栄えていた。
グナエウス街道の
残念ながら一昨年の火山災害の際、地震で多くの建物が倒壊してしまった上に毒ガスが噴出するようになってしまったとかで現在では閉鎖されているが、それでも湯治場へ向かう道中で宿泊・休憩する湯治客や馬車に食事と寝床を提供するための
「すいやせん、どうにもこうにも融通が利きやせんで……」
馬を借りれなかったことを報告した御者は申し訳なさそうに頭を掻きながら詫びた。メルキオルらを山荘で降ろして
「仕方がありません。
これも神の
その
メルキオルは腹を立てるでもなく、厳かな調子で御者を慰める。メルキオルは修道士として修業していた頃から早寝早起きの週間が身についており、朝早くに起きるのは苦にならない。むしろ、このまま夜遅くまで荷馬車に揺られる方が辛いくらいだったから、実際メルキオルは馬が借りられなかったということ、それ故にグナエウス砦に到着する前に一泊せねばならないことをそれほど重大なこととは考えてなかった。要は日曜礼拝に間に合いさえすればいいのだ。
だが根が善良で真面目な御者は不満一つ溢さず優しく慰めてくれるメルキオルに対し申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。
「
「大したことではありません。
神に与えられた試練と考え、受け入れましょう」
なんていいヒトだ……御者は善良で真面目なだけでなく、単純だった。手を合わせて静かに祈るメルキオルに勝手に感動した御者は居ても立っても居られなくなってしまう。
「ま、待っていてくだせぇ
「オ、オットーさん?」
「もう一度頼んでみやす!
そンでダメなら他の馬か、護衛してくれる人を探しやす!!」
戸惑うメルキオルを置き去りに御者はメルキオルの元を離れ、食堂で酒を飲んでいる御者や馬丁たちに片っ端から声をかけ始めた。だが仕事仲間たちの反応は冷淡そのものである。
「今から!?
馬鹿言え、外はもう真っ暗だぞ」
「ダイアウルフが出るかもしれねぇんだぞ? 俺はゴメンだね」
「ここはもう峠の八合目だ。
いつガスが出るか分かったもんじゃねぇ。
途中でガスで月が隠れりゃ
「そうだそうだ。
下手に真っ暗闇を走ってみろ、馬車ごと崖から真っ逆さまよ」
「馬貸せだぁ?
ばっかオメェ、馬なんか貸したら明日俺ぁどうすんだよ!?」
「
素直に明日にすりゃいいじゃねぇか」
馬を貸しても貰えないし、代わりにメルキオルを送ってもらう話も片っ端から断られてしまう。無理もない。馬は貴重なのだ。一頭買うだけでも
では護衛はどうだ……ダイアウルフがグナエウス街道に出始めてからは荷馬車に護衛が付き始めている。
「ダイアウルフ相手の護衛だ?
お前ぇ見た事ねぇのかよ?!
ありゃウルフなんて言われちゃいるが別物だぞ!?」
「人間が乗れるくらいデケェんだ。
ポニーよりデカいオオカミ相手にどうしろってんだよ?」
「聞いてねぇのか?
一昨日襲われて死んだ
鉄砲持った
お前らはそのダイアウルフから守るための用心棒だろうとツッコミたくなるが、実際の所彼ら自身も雇い主の方も本気で用心棒たちにダイアウルフを追い払えるとは思ってなかった。要は武装してるぞ、襲い掛かればただでは済まないぞと思わせることで襲撃をためらわせるための、いわば
くそぅ、なんてこった……ホントに諦めるしかねぇのか……
食堂内にいた馴染みの御者や馬丁たち、そして屈強そうな見た目の用心棒たちに
「おい、そこのお前!」
幼い声に振り返ると、そこには声からは想像もつかないほど長身の少年が立っていた。
「何か困っている風じゃないか、ちょっと俺たちに話してみないか?」
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