第1148話 あらぬ事態
統一歴九十九年五月十日、朝 ‐ 『
「《
エイーはそう
「はいっ!
その……《
俺らも
昨夜の話がまとまって解放された時の安堵感を思い出したのか、嬉々として話を続けるレルヒェとは対照的にエイーはレルヒェの話など耳に入っていないかのように顔を背け、額に手を当て、沈痛な面持ちで目を閉じた。
やはり、最初から
エイーは最初からそのことを疑っていた。《森の精霊》が《地の精霊》と繋がっていることは分っていたはずだ。なのにそのリスクをみんなが無視した。エイーだけがグルグリウスが姿を現す前から、ブルグトアドルフの森へ戻ることに抵抗を感じていた。今思えば悪い予感がしていたのかもしれない……それは
自分がもっと強くリスクを訴えていれば、もっと強く
「……
「ん!? ああっ、済まない。」
途中から自分の世界に入ってしまって話を聞いてないことに気づいたレルヒェが声をかけるとエイーは我に返り、「続けてくれ」と先を促した。
「いやぁ……続けてくれって言われても、話はもうそれでほとんど仕舞いで……」
「仕舞い?」
「はい……その、あとは《
エイーはそのあまりにも乱暴な話の終わり方に耳を疑い、顔を
「終わり?」
「他に何か?」
この男は明らかに何かを誤魔化そうとしている。エイーはそのことに気づくと腰を浮かし、片膝は床に突いたまま一歩踏み出した。
「おいっ」
「な、何ですか
お、俺ぁ、見た事ぁ全部話しやしたぜ!?」
レルヒェは誤魔化そうと必死だが目が泳いでいる。エイーにはレルヒェが何か隠し事をしていることが手に取るようにわかった。
「嘘をつくな!
お前は肝心なことを話してないじゃないか!?」
「う、嘘!? 肝心なこと!?」
心外だとばかりにレルヒェは目を見開くが、その視線はエイーの方へは向けられていない。顔はエイーの方を向いているのに目はどこか明後日の方を泳ぎ続け、気色の悪い愛想笑いを張り付ける。
『勇者団』がアジトにしている山荘で目覚めたことからてっきりグルグリウスの追求から逃れたのだと思っていた。ペイトウィンがいないのはどこかへ出かけでもしたのだろうと……しかしレルヒェの説明を信じるならばエイーはグルグリウスの追及を逃れ切れたわけではない。ペイトウィンはグルグリウスに倒されている。致命傷を負いながらも《森の精霊》に回復してもらい、まだ生きているはずなのにペイトウィンの姿はここにはない。そしてレルヒェが言うには《森の精霊》とグルグリウスとクレーエの間で何かが話し合われたという……
クレーエの奴、まさか
エイーは立てた膝に肘を乗せてグイッと身を乗り出し、鼻息がかかるほど顔をレルヒェに近づけた。
「
だいたいお前たちはあの方を……クッ!!」
無意識に説教をし始めたエイーは思わずペイトウィンの正体を口走りそうになり、慌てて口を
もしもエイーの想像通り、クレーエがペイトウィンを売ったんだとすれば許せることではない。ペイトウィンは
しかし、ペイトウィンがハーフエルフであること、そして自分たち『勇者団』がムセイオンから脱走してきた聖貴族であることは隠さねばならないことだ。なんだか既にバレているようだが、もしまだ誤魔化しがききそうなら隠し続けることを諦めてはならない。まさかエイーからペイトウィンがハーフエルフであることを認め、ペイトウィンの高貴さと貴重さを訴えかけて良いわけがない。となれば他の
ああ、もどかしい!!
いっそ全部ぶちまけられれば簡単なのに!!
さすがに
エイーは他の『勇者団』メンバーと違って盗賊たちとも普通に接してきた方だ。盗賊たちから見てファドとエイーは貴重な話が通じる相手で、その他のメンバーは盗賊のことをやたら見下していて話にならず、変なことで突然激昂して下手するとそのまま人を殺してしまうことすらある危ない相手だった。が、それはエイーに
エイーは治癒魔法を専門的に修得しており、治癒魔法の研究と応用範囲の拡大のために薬学や医学といった分野も学んでいた。その過程で患者との接し方を身に着けたため、相手が身分の低い
そんな彼から見て盗賊たちの振る舞いは理解しがたいものがあった。ペイトウィンが危機に陥っているのを目の当たりにしながら助けもせず、おめおめと生き残ったあげく助けられなかったことを悪びれている様子も無い。それどころか、ここへ来て自分たちが生き残るためにペイトウィンをグルグリウスに売った可能性すら出て来た。
「あ、あの……
「ああ!?
ああ……よし、もう一度訊くぞ?
「え!?
いやぁ、その、俺ぁその……」
レルヒェは必死に誤魔化そうと頭を巡らせるが、生憎と彼の頭はそれほど出来が良くは無かった。これまでだってずっと勘で生きて来たような男なのだ。自分で何かを決めるよりも、頼るべきクレーエに決めてもらった方がいい……そうやって盗賊稼業を生きてきた男なのである。考えるのはどうも苦手だ。だが、それでもレルヒェの勘が、下手に本当のことを言っては不味いと告げていた。何故不味いのか理由を説明しろと言われても出来ないが、今まで外れたことのない勘がそう告げているのだからおそらくは間違いない。
あくまでも白を切ろうとするレルヒェにエイーは業を煮やした。
「分かった!
じゃあクレーエはどこへ行った!?」
多分、クレーエは今回の件のもう一人の黒幕だ。いや、さすがに今回の事態をクレーエが主導し演出したとまでは思わないが、今回の事態の核心に最も近いところにいるのはクレーエで間違いない。さすがに《森の精霊》や、ましてグルグリウスに会いに行って話を訊くことなど出来るわけがない以上、クレーエに聞くしかあるまい。
「ヘ、
「偵察だと!?」
「ええ、外の様子を見てくるって、陽が出て直ぐに出て行きやした。」
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