第1147話 昨夜の経緯

統一歴九十九年五月十日、朝 ‐ 『ホーシャム山荘ホーサム・フッテ』/アルビオンニウム



「よ、要点をまとめてって言われても、俺ぁ頭悪ぃんで……」


「構わない。順を追って話せ。」


 男は何とかエイーの前から逃げ出したいと望み、エイーの期待に応えられそうにないことを告げてはみたが、エイーは男のそんな気持ちなど意に介さぬのばかりに男の前にドッカと胡坐あぐらをかいて腰を落ち着けてしまった。さあ話せ……男に突き刺さるエイーの視線がそう言っている。

 男は困った様な表情でエイーを見上げていたが、ヤレヤレ参ったとでも言いたげに目を閉じ小さくため息を付くと、片膝突いてひざまずいていた姿勢が辛くなったのか立てていた方の膝も床に付け、正座でもするように両膝にそれぞれ手を置いて座る。もっとも、つま先は立てていたので正座とは異なり、体重はむしろ膝に置かれた両手に掛かっており、横から見るとかなり前のめりな感じだ。

 その姿勢から男は上目遣いでエイーを見やる。


ルメオ様ドミヌス・ルメオはその、昨夜ゆんべのこたぁはどこまで憶えておいでおいででやんすか?」


 無駄を省いて急いで事情を知りたいエイーの気持ちを理解してのことだろう。馬鹿を装ってはいるが、それなりに知恵は回るようだ。


ペイトウィンホエールキング様の魔法に巻き込まれたところだ。

 確か、目の前にグルグリウスが現れて、後ろからゴーレムどもに囲まれようとしていたんだ。」


 ペイトウィンが目の前のグルグリウスに向けて魔法を放ち、それが何故かグルグリウスに命中するよりずっと手前で爆発を起こし、エイーは巻き込まれて火だるまになった。エイーが記憶しているのはそこまでである。エイーにはグルグリウスが『地の防壁』アース・ウォールを展開したことに気づけていなかったか、あるいは記憶があいまいで思い出せていなかった。

 エイーのした説明の部分は、盗賊たちがエイーたちに合流して間もないタイミングである。男はどうやら、エイーたちと合流して以降のことのほとんどを説明せねばならないらしいことに面倒だなぁと思いながら目を閉じまた小さくため息を付く。


「その時のこたぁ俺も見てました。

 ホエールキング様ドミヌス・ホエールキングルグリウス様ドミヌス・グルグリウスに魔法を撃って、グルグリウス様ドミヌス・グルグリウスは魔法で土壁を作ってソイツを防がれたんでさ。」


 エイーは男がグルグリウスに『様』ドミヌスを付けて話すことに少し苛立いらだちを覚えたが特に何も言わなかった。


ホエールキング様ドミヌス・ホエールキンルメオ様ドミヌス・ルメオを魔法とポーションで御助けになりながら、俺たちを呼びました。

 俺たちゃクレーエの指図さしずでゴーレム一匹に攻撃を集中して転ばして、そん隙に飛び込んでホエールキング様ドミヌス・ホエールキンルメオ様ドミヌス・ルメオを担いで逃げたんでさ。」


「ゴーレムを転ばす?

 お前たちによくそんなことができたな……」


 あの時のゴーレムはマッド・ゴーレムだった。身体は柔らかく攻撃は通りやすいが、逆に通りやすすぎてダメージを与えにくい。剣で切りつければ弾かれることなく刃はめり込むが、めり込んだ先から傷口が塞がって再生してしまうため物理攻撃によるダメージは極めて短い間しか持続しない。ケレース神殿テンプルム・ケレース前での戦いでも、マッド・ゴーレムたちはデファーグ・エッジロードやスモル・ソイボーイの斬撃で手足はおろか胴さえ両断されても、三十秒も経たないうちに切り落とされた手足を再生し、再び襲い掛かってきている。あの時の勇者団は水属性魔法『水撃』ウォーター・ショットや盾を使った武技シールドバッシュでマッド・ゴーレムの身体を粉砕し、再生する前に砕け散った残骸からコアを見つけだして潰すという手間のかかるやり方でようやく対処していたのだ。

 そんなマッド・ゴーレムたちに対する盗賊たちが使っていた武器はレーマ軍から奪った短小銃マスケートゥムだったはずで、あれはマッド・ゴーレムに対しては剣による斬撃よりももっと効きにくいはずだった。

 エイーが素直に感心すると男は褒められたと思ったらしい、ヘヘッと嬉しそうに小さく笑った。


「いやぁ、みんなでゴーレムの片足に一斉射撃して、よろけたところを投擲爆弾グラナートゥムで吹っ飛ばしたんでさ。」


「ふーん、それで?」


 残念ながらエイーは戦いそのものにはあまり興味がない。男はもっと褒めてもらえると期待していたようだったが肩透かしを食らう形になった。


「え、ええ……それで俺らでルメオ様ドミヌス・ルメオペイトウィン様ドミヌス・ホエールキンかついで一目散でさぁ。」


 マッド・ゴーレムたちの脚が遅いとはいえ山の中でグルグリウスの前から人間二人をかっさらうなど簡単なことではない。それはエイーにも簡単に想像できた。ただでさえ木の根が縦横に張り巡らされてデコボコしている上に、木の根も石も無いところはフカフカの腐葉土で下手すると足首までズボッとはまり込むのである。実際にあの山の中をペイトウィンに肩を貸しながら逃げなければならなかったエイーにはそれがどれだけ大変かは理解できていたが、しかし話の先を急がせたいがためにあえて何の反応も見せない。


「で、ある程度離れたところで担がれてたペイトウィン様ドミヌス・ホエールキンが『降ろせ』ってしつこくおっしゃるもんで、ペイトウィン様ドミヌス・ホエールキンルメオ様ドミヌス・ルメオを降ろして、いい機会だからルメオ様ドミヌス・ルメオをお運びする担架を造ろうとしたんでさ。

 ところが、その途中でゴーレムどもが追い付いてくる音が聞こえやしてね……えーっと、そんで……」


 男は言いよどんだ。その後、ペイトウィンとクレーエが言い争いを始めてしまうわけだが、そのまま正直に話してしまうとエイーがペイトウィンに肩入れし、クレーエの立場が悪くなってしまいかねない。

 今の盗賊団をまとめあげているのはクレーエだし、今の盗賊団にとってレーマ軍からも『勇者団』からも守ってもらえるり所はブルグトアドルフの《森の精霊》だ。そして《森の精霊》と話ができるのはクレーエのみなのだから、クレーエの立場が悪くなると盗賊団全員が困ることになる。もちろん、この男レルヒェにとってクレーエとの個人的な関係もあってクレーエの立場が悪くなるようなことは避けたいという思惑があった。


「どうした?

 先を続けろ。」


「ええっ!

 ええ、ええ……それで、それでですね。

 その、ペイトウィン様ドミヌス・ホエールキンクレーエの旦那ヘル・クレーエに道案内するよう命じやして……で、さっそく出かけようとしたところで空からグルグリウス様ドミヌス・グルグリウスが降ってきやしてね。」


 レルヒェは目を泳がせながら言葉を探し、ついに面倒くさくなってクレーエとペイトウィンの言い争う場面を丸ごと端折はしょってしまった。


「んで、ペイトウィン様ドミヌス・ホエールキンも避ける間もなく一撃で叩きつぶされちまいまして……」


 エイーはスゥーッと音がするほど息を吸い込みながら目を剥いた。レルヒェもそれに驚き、思わず話を中断してエイーを見上げる。それから間もなく、エイーは床に手を突き身を乗り出して叫ぶように問いただした。


ペイトウィンホエールキング様が負けたのか!?」


「はぃ!?

 え、ええ……そりゃもう呆気あっけなく致命傷を負わされて……」


 うっかり口を滑らせたレルヒェにエイーは腰を浮かせた。片膝を突いて今にもレルヒェに飛び掛からんばかりに問いただす。


「致命傷だと!?」


「え!?

 あーっ、ハイッ、もう、あっちこっち骨折して、口からも鼻からも血ぃ流して、意識も完全に失って、ありゃっときゃ確実に死ぬなってくれぇに」


「まさか亡くなられたのか!?」


 この場にペイトウィンがいない理由……その想像しうる最悪の状況にエイーは文字通り血の気の引いていくのを感じていた。レルヒェはエイーの反応をある程度は覚悟していたが、実際が予想以上だったのか気圧されてしまったものの慌てて打ち消す。


「とと、とんでもねぇ!」


 両てのひらかざしながら否定し、エイーの勢いを押しとどめると説明を続けた。


ホエールキング様ドミヌス・ホエールキンは生きておられやす。

 その後で《森の精霊ドライアド》様がおいでになられて、回復魔法で治癒なさいやしたから。」

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