第1146話 予想外の状況

統一歴九十九年五月十日、朝 ‐ 『ホーシャム山荘ホーサム・フッテ』/アルビオンニウム



 ペイトウィンはエイーたちも敬愛するハーフエルフで本来聡明な人物である。魔術研究や魔導具開発という分野における彼の功績は大きく、揺るがせにできない地位を築いているのは多くの者たちが認めるところだ。が、色々とが多いのも確かだった。

 過日、サウマンディウムの街で絡んできたチンピラ相手に軽卒にも魔法をぶっ放し、結果的にメルクリウス騒動を引き起こして『勇者団』がサウマンディウムから逃げ出さなければならなくなった元凶は他でもないペイトウィンだ。今、この場に姿の無いペイトウィンが、エイーが気を失っている間に盗賊たちにバラしちゃいけないことをしゃべってしまった可能性は否定できないだろう。


 あの方は変なところでけっぴろげな所があるからな……


 ペイトウィン周辺の人たちにとってペイトウィンのもっとも困る点は、他人に知られたくない秘密を簡単にバラしてしまう癖があることだった。幼いころから権謀術数の渦巻くムセイオンで、彼の聖遺物アイテムを狙い続ける信用の置けない親戚たちに囲まれながら育った彼は、周囲の大人たちに対して常に不信と軽蔑とを抱くような少年になってしまっていた。そして味方のいない彼が偽りの笑顔で擦り寄って来るよこしまな大人たちを撃退する方法は、その化けの皮をはがして本性を露わにしてやることだったのである。


 見た目が子供だからって舐めるなよ?

 お前たちの浅はかな考えなんてこっちはとっくにお見通しなんだ。

 侮っていると思い知ることになるぞ!?


 そう周囲に警告を発し続けること……それが彼なりの処世術であり、基本的な防衛戦術だった。そしてそれは一定の成果を収めた。実際、彼の親戚たちは彼に聖遺物を強請ねだるのを控えるようになったのである。そしてその結果、ペイトウィンは周囲の人間たちを見下すようになっていった。

 そんなペイトウィンは敵ではない人間に対しても穿うがったような見方をする癖がついてしまう。空気が読めないくせに他人の後ろめたい部分や邪まな感情を察することにだけ長けてしまった彼は、仲のいい友人や敵意など抱いていない相手であっても、何か他人に隠し事をしている気配を察するとそれを尊重できなくなっていたのだ。


 他人に隠し事をするってことはやましいことがあるからだ。

 その人間に卑怯卑屈な部分がある証拠だ。


 それが全く関係ない赤の他人なら無視してやることも出来ただろう。むしろ面倒くさくて距離を置くはずだ。しかし相手が仲のいい友人だったり、あるいは一定程度の好意を抱いている相手だったりすると、ペイトウィン特有の感覚は逆に作用してしまうのである。


 ウジウジ悩んでいるくらいなら全部を明らかにしてしまった方が解決は早い。

 それに隠し事をするのは心が弱いからだ。そのまま誰にも言いたいことを言わずに秘密にする癖がつくと、ますます卑怯卑屈な人間になってしまう。

 全部を明らかにし、ありのままの自分を受け入れてもらうようにした方がいいに決まってる!

 そうだ、俺が一肌脱いでやろう!!


 友人が秘密を抱いたままクヨクヨ悩み苦しむ姿にいたたまれなくなって何もかもが面倒くさくなるという、彼の優しさによる作用もあるかもしれない。ともかく、彼は彼なりの好意ゆえに、他人の秘密を恐ろしいくらいにあっけなくバラしてしまうのだった。結果、彼に対する周囲の評価、ムセイオンでの彼の立場はかなり微妙なものになってしまっている。

 そして彼自身も、自分の好意による行いが認めてもらえず、却って嫌われたり憎まれたりすることによって、人間不信の度合いを強めていくのだった。そんな彼に居場所を提供している『勇者団』は、ある意味本当に勇者の集団なのかもしれない。


 おっと、ダメだダメだ、ハーフエルフ様の批判なんて……


 考えてはいけないことを考えてしまっていることに気づいたエイーは思わず顔を歪めた。そんなエイーの表情の変化に男は自分の言っていることを理解してもらえてないのだと解釈したらしい。更に顔を起こし、エイーをまっすぐ見上げて訴えた。


「本当です!

 《森の精霊ドライアド》様もおっしゃってた!」


「《森の精霊ドライアド》様……」


 エイーの顔がさらに歪む。


「はい!

 《森の精霊ドライアド》様とグルグリウス様ドミヌス・グルグリウスは同じ《地の精霊アース・エレメンタル》様の眷属。

 お二人は義姉弟だって……」


 まるで虫でも見るようだったエイーの表情は一変し、驚愕の色に染まった。


「義姉弟だって!?」


 やっぱりあの《森の精霊ドライアド》は“敵”だったんだ!!

 てことは《森の精霊ドライアド》の森へ俺たちはまんまとおびき寄せられて……


 不安を感じながらも状況に流されるまま自ら罠に飛び込んでいった自分の迂闊うかつさ不見識さにおののき、見る間に血の気の引いていくエイーだったが、自分に向けられた視線のから険がとれたことから男はやっと話が通じたと勘違いし、顔を綻ばせて続けた。


「ええっ!

 だから《森の精霊ドライアド》様がグルグリウス様ドミヌス・グルグリウスと話を付けてくださって、俺ら助かったんすよ!

 ルメオ様ドミヌス・ルメオだって《森の精霊ドライアド》様に診ていただいて……」


「なんだと!?」


 この時、男はようやくエイーの表情に尋常ではない何かの気配を感じ、浮かべていた笑みを凍り付かせた。


「えっ、いや、あの……」


 狼狽うろたえる男の両肩を、しゃがみ込んだエイーは両手で掴んだ。


「どういうことだ!?

 昨夜は一体、何があった?

 ペイトウィンホエールキング様は今どこにおられる!?」


 エイーの必死の形相ぎょうそう気圧けおされながらも、さすがに盗賊を狩る盗賊団“リベレ”としてクレーエの下で場数を踏んできただけはあり、エイーに掴みかかられた男レルヒェは手を出されたからこそ冷静さを取り戻す。そして自分の両肩を掴むエイーの両手首を掴んで、レルヒェを揺さぶるエイーの両腕を抑え込んだ。


「お、落ち着いてくだせぇ旦那ドミヌス

 一つずつ、順を追って話まさぁ。」


 NPCにすぎないレルヒェに両腕を封じられたエイーは無意識にその手をどうにかしようとしたが、いくら『勇者団』とはいえ戦闘職でもなく身体強化魔法を常時発動させているわけでもないエイーは常人と同程度の腕力しか出せない。男を力づくで話させようとして逆に自分の両腕を封じられたことに気づくと「ムッ」と小さく低く呻き、フンッと思い切り勢いをつけてようやくいましめを解くとサッと立ち上がった。そして掴まれた両手首をさすりながら男を見下ろす。


「よし、話せ。

 だがなるべく要点をまとめて、手短にだ。」

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