第1145話 盗賊団、急変

統一歴九十九年五月十日、朝 ‐ 『ホーシャム山荘ホーサム・フッテ』/アルビオンニウム



「あっ!?」


「!?」


 壁の向こうで何やらがドカドカと騒々しい足音が聞こえたと思った次の瞬間、扉が開かれると男たちがゾロゾロと姿を現す。が、一番最初に入ってきた男は服を脱ごうとしているエイーの姿を見つけるとその場で言葉を無くし、立ち尽くしてしまう。彼に広間に続いて入ろうとしていた男たちは突然目の間で立ち止まった彼に追突し、不平を口にする。


「おい、何だよ。」

「急に立ち止まるな!」


 が、そうしたガヤガヤとした騒ぎはすぐに止まる。ジッとエイーを見て固まっていた男は後ろから文句を言う仲間をわずかに振り返り、「シッ!」と鋭く短い声で黙らせると、エイーに向かってニヒッと気色悪い愛想笑いをし、そのまま回れ右して後ろの仲間たちを両手で押しながら広間の外へと戻ろうとし始めた。


「ほら、戻れよ!」

「何だよレルヒェ、不味いのか?」

ルメオの旦那ヘル・ルメオ、起きてたのか?」

「何だよせっかく暖まれると思ったのに……」

「どうすんだよ、他の部屋は寒いぜ?」

「厨房だ。あそこならダックスの奴が朝飯作ってるからあったけぇ。」


「おいっ!」


 エイーが𠮟りつけるように大きな声を出すと、男たちはピタリと動きをとめた。


「お前たち、クレーエの仲間だな?

 ちょっとこっちへ来い!」


 エイーに背後から命令を浴びせられた男たちは立ち止まったまま互いに顔を見合い、「どうする?」と小声で相談しあう。今まで、エイーの知る限りでは盗賊たちは『勇者団』ブレーブスのメンバーからの命令にそんな反応を見せたことは無い。エイーは怪訝けげんに思いながらも「早くしろ!」と促すと、先頭で入ってきた男は振り返り、再びエイーに向かってニヘッと情けない愛想笑いを造って見せると、後ろの男たちに「ホラ、行くぞ」と小声で言って覚悟を決めたように広間に入ってきた。そしてエイーの三メートルくらい手前まで来ると、神妙な面持ちで床に片膝を突いて頭を下げる。


「お、お呼びでしょうか、ルメオ様ドミヌス・ルメオ。」


ルメオ様ドミヌス・ルメオ!?」


 エイーは驚き、思わず頓狂とんきょうな声をあげた。

 盗賊たちはランツクネヒト族に限らず、レーマ人も南蛮人もホブゴブリンもブッカも全員が基本的にドイツ語を話していた。アルビオンニア属州の中でもライムント地方ではドイツ語話者が大多数ではあるが、それでも体制側支配者側であるレーマ人の中にはドイツ語を話せない者が多い。特に中央から派遣されてきたような官僚や役人にはドイツ語を理解できる者がほぼ居ないので、アルビオンニア属州をランツクネヒト族の第二の故郷にしようというような民族意識の高まりもあってアウトローほどドイツ語を、特にアルビオンニア訛りを強調したようなドイツ語を話す傾向が強かった。

 このため、『勇者団』がシュバルツゼーブルグ周辺で傘下に収めた盗賊たちもドイツ語を話し、エイーたちのことも敬称にドミヌス【Dominus】ではなく、ドイツ語のヘル【Herr】を用いて呼んでいたくらいだったのだが、今目の前でひざまずく盗賊はヘルではなくドミヌスの敬称でエイーを呼んでいる。エイーの記憶する限り、それは盗賊が騎士のように跪くのも含め、初めてのことだった。


「んっ、ふんん~~~~っ」


 うつむいているので表情は見えないが、跪く盗賊は喉で押し殺したようなうめき声を漏らす。彼はガラにもないことをやってエイーに驚かれたことを恥ずかしく思い、激しく後悔していた。エイーはそれに気づくことなく追い打ちをかけるように質問を浴びせる。


「どうしたんだお前たち、盗賊らしくないぞ!?」


 男はエイーから顔が見えない程度にわずかに顔をあげ、左右で一緒に跪いてる仲間たちと顔を見合わせると、フーッと何か思い切ったかのように息を吐き、再びグンッと頭を下げて床に向かって叫ぶように答えた。


ルメオ様ドミヌス・ルメオが、本物の聖貴族コンセクラトゥスと分かったので、その……今までみてぇじゃダメだって、思いまして……」


聖貴族コンセクラトゥス!?」


 エイーを含む『勇者団』の正体は盗賊たちには伏せてあった。うっかり身分がバレればムセイオンに通報され、ムセイオンからが来てしまうかもしれない。最初から正体を明かしたうえで盗賊たちに口止めするという方法も無いわけではなかったが、不特定の無教養なNPCに秘密の厳守を徹底させることができるなんて思えない。どこぞの酒場や街中で誰も聞いてないと思ってウッカリ話してしまい、それを第三者に聞かれるという可能性もあっただろうし、褒章目当てで『勇者団』を売る裏切り者が出てくる可能性もあったからだ。だから正体を隠し、闇で流れて来た魔導具マジック・アイテムを手に入れたどこかの貴族のボンボンが冒険ごっこをしているということにしていたのだ。


 秘密がバレている!?


 男たちは答えず、ただ跪き頭を垂れたままになっている。焦燥感を覚えながらもエイーは一応、言いつくろう。まだ本当にバレたとは断定しきれないし、もしかしたらカマをかけられているのかもしれない。


「何のことだ、本物の聖貴族コンセクラトゥスがこんなところでこんなことしてるわけがないだろ!?」


 半笑いを浮かべながらなんとか誤魔化そうとするエイーだったが、盗賊たちの態度は変わらなかった。先ほどのようにちょっと頭をあげて仲間内で顔を見合い、それから今度は顔をあげてエイーを見上げる。


「いえ、その……教えられました。

 あと、見ました。」


 男の目はさきほどの情けなさを感じさせる愛想笑いをした時とは違い、何かを……というよりエイーの表情を無遠慮に観察するような、どこかふてぶてしささえ感じさせるようなものだった。むしろ目に動揺を浮かべていたのはエイーの方だったのだろう。


「何をだ!?

 誰に何を教えられた? 何を見た!?」


 傅いている盗賊と傅かれる貴族……だが心理的には両者の立場は逆転していたのかもしれない。既に真実を知る者と隠そうとする者、その立場の違いは態度の落ち着き方に如実に表れる。盗賊たちにもエイーにもどちらにも動揺は見られるが、エイーの声がやや上ずっているのに対し盗賊の声は低く落ち着いていた。


「昨夜、俺と、あと何人か、見たんです。

 いや、見せられました。

 その、グルグリウス様ドミヌス・グルグリウスに……」


グルグリウス様ドミヌス・グルグリウスだと!?」


 盗賊たちの口からグルグリウスの名が飛び出してきたこと、そして何よりもその名に敬称が付けられていたことにエイーは驚愕した。


「何でグルグリウスに『様』ドミヌスを付ける!?

 アレは悪魔ディアボロスだ!

 お前たちだって見ただろ!?」


 昨夜、ペイトウィンと共にグルグリウスに追われていたエイーが盗賊たちと合流したのは、グルグリウスが変身を解いて本来の姿を露わにした直後のことだった。だから彼らはグルグリウスの、あの悪魔のような巨体を見ているはずで、むしろ逆に人間に変身した姿の方を見ていないはずだった。グルグリウスのあの姿を見て、グルグリウスに『様』ドミヌスの敬称を付けて呼ぶのは不可解極まる。しかし男はエイーにとんでもないとばかりに異を唱えようと上体を起こした。


「いや、グルグリウス様ドミヌス・グルグリウス悪魔ディアボロスなんかじゃありやせん!

 確かに見た目は悪魔ディアボロスそのものだけど、グルグリウス様ドミヌス・グルグリウス妖精ニュンフスでさ。」


妖精ニュンフスだと!

 お前たち気は確かか!?」


 エイーは愕然とする。グルグリウスは元々インプだ。そしてインプはペイトウィンの解説を信じるならば悪魔ではなく妖精になる。妖精であるインプからあの姿に進化したのだから、見た目は悪魔でも実体としては妖精なのだろう。しかし、その事実を盗賊たちには教えていない。その盗賊たちが知っているということは、エイーが気を失っている間に誰かが盗賊たちに色々と教えてしまっているということになる。


 まさかペイトウィンホエールキング様が!?

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