第1149話 クレーエ
統一歴九十九年五月十日、朝 ‐ ブルグトアドルフ近郊/アルビオンニウム
『ここだ、大きいヒト!』
耳を通さず頭の中に直接声が届く。ほんの数時間の仮眠をとったとはいえ、その愛らしい声はほぼ徹夜明けの頭には少し不快に響いた。
『ここらに魔力が残ってる。
ここで戦いがあったんだ。』
声の主は 《
《土の精霊》がそうであるように極度の恥ずかしがり屋で人前に姿を見せることは無いとされているが、実際はというと魔力が少なくて人前に姿を見せられないというのが正しい。精霊であり肉体を持たない彼らが人に姿を見せるためには、馬鹿にならないくらい魔力を消費して姿を形作らねばならないからだ。しかし、クレーエは眷属として契約を結んだためか、目を閉じて意識すると脳裏にその姿をイメージすることができた。身長半フィート(約十五センチ)ほどの小人で老人のように立派な髭を生やしているが、老人というわけではないらしい。実際、《木の小人》は生まれたばかりだし、頭に響いて来る声は子供のそれだ。
《木の小人》は精霊だけあって魔法はお手の物で魔力を感知する能力も優れている。が、魔法を使うには魔力を消費する。そしてその魔力源は一般人にすぎないクレーエなのだから、結局のところ何もできない。一応、『
では魔法を使えない《木の小人》を《森の精霊》は何でクレーエに与えたのかというと、今後エイーを守るための活動をクレーエに色々やってもらうためのサポート役としてだった。
昨夜、《森の精霊》とグルグリウスと話し合った結果、彼らはエイーを
そんなのは絶対に避けたい……で、《地の精霊》が『勇者団』を本格的に敵視するようになる前にエイーを『勇者団』から事前に引き離し、あとで『勇者団』を討伐しなければならなくなったとしてもエイーだけは助けられるようにしようということになったのだった。要は《森の精霊》の
クレーエに拒否するという選択肢は無かった。力関係から言って《森の精霊》にもグルグリウスにも逆らえないというのはもちろんあるが、クレーエ自身も『勇者団』からいい加減離れたいという気持ちがあったからだ。
『勇者団』はどう考えてもヤバすぎる。彼ら自身、どうも精神的に未熟な部分が目立つうえに、それでいてとんでもない力を持っていて平気で人を殺してしまう。それどころかつい数日前にはレーマ軍に対して攻撃をしかけ、損害まで与えてしまった。今はまだクレーエのことなどレーマ軍は把握してないだろうが、このまま『勇者団』と行動を共にし続ければレーマ軍に本格的に追われる身になってしまうだろう。
何とかあの
ついでにレーマ軍とも何とか手打ちして、身の安全を計んねぇと……
というわけで、クレーエも《森の精霊》の申し出に協力しないわけにはいかなくなったのだった。グルグリウスはというと特にそこに協力して不都合があるわけではないので反対はしない。むしろ、近い
ところが、クレーエには魔法の素養が全くない。魔法を使うどころか魔力を感知する能力すら無い。一応、ブルグトアドルフ近郊ならば《森の精霊》が与えた『癒しの女神の杖』を使って魔法を使うことができるが、仮にブルグトアドルフから離れて行動せねばならない時が来たらそれでは困る。相手は人間でありながら魔法を自在に使う『勇者団』なのだ。
そこで、せめて魔力を感知し、クレーエに必要な助言を与えるサポート役として《森の精霊》が《木の小人》を召喚し、クレーエにクレーエの眷属として与えたのだった。今、クレーエの指には《木の小人》の
「ほいよ、何か回収せにゃならんもんはありそうか?」
『んん~~~……あそこに何かある。』
「何かって何だよ?」
ジャクジャクと音を立てて
《木の小人》の示すままに間道を外れ、半分燃えたような藪に踏み込んでいく。黒焦げたような腐葉土の上に真鍮製の小瓶が見つかった。
「これか?」
『それ!
あと、そっちにも……』
拾い上げたのはポーション用の小瓶。そして《木の小人》が
「何だってこんなところに投げ捨てるんだか……
拾う身にもなってみろってんだ。」
ブツブツ愚痴を溢しながら蓋を拾う。しかし、その文句は見当違いもいいところだろう。使った本人はポーションの容器を回収することなど考えていなかった。むしろ、誰にも拾われないように処分するために間道から森の方へ投げ捨てたのだ。拾う身になるもなにも、拾う者がいることを想定していないのだから考えられるわけがない。
「これで全部か、《
小瓶を拾ったクレーエは姿は見えないが近くに居るはずの《木の小人》に確認を求める。できればエイーが目覚める前にアジトの山荘へ帰りたいのだ。
『たぶん全部だよ、大きいヒト。』
「『たぶん』じゃ困るんだがな……」
『それよりあっちからヒトが来るよ。たくさん。』
「たくさんだと!?」
クレーエは驚き、急いで間道へ戻ると馬の手綱を握り、《木の小人》が教えてくれた方向……西の方を見た。そっちはライムント街道があり、その街道沿いにはレーマ軍の中継基地がある。もし、そっちから人の集団が来るとしたらレーマ軍である可能性が高い。
もう来やがったか!?
息を殺し、朝靄にぼやける先に注意を集中する。姿は見えないが、クレーエの耳には馬の蹄や馬具の音が届き始めた。
「チッ、レーマ軍じゃねぇか!」
街道上ならともかく、街道から外れたこんな間道を馬で移動する集団がいるとすれば、『勇者団』かレーマ軍のどちらかだ。そして、『勇者団』なら蹄の音が聞こえてくる前に、ファドか『勇者団』の誰かが先行してくるはずだが、今だに誰も来ないということは『勇者団』ではあり得ない。となれば消去法でレーマ軍だ。
この分じゃあの山荘にレーマ軍が来るのも時間の問題だな……
クレーエは馬に飛び乗ると東へ馬首を巡らし、馬の腹を軽く蹴るとその場を後にした。
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