第492話 メークミーとルクレティア
統一歴九十九年五月六日、昼 -
「アルビオンニウム・ケレース神殿神官長代理、ルクレティア・スパルタカシア様、御成ぁ~り~っ」
捕えられた『
メークミーは二人が立って姿勢を正すのを見て驚き、やや遅れて慌てて立ち上がると、今更ながら髪の毛を手のひらで撫でつけたりして身だしなみを整え、姿勢を正した。
先に武装したリウィウスとカルスが入室し、次いでルクレティアが、そのすぐ後ろにルクレティアの侍女クロエリア、最後にヨウィアヌスが入室し、扉を開けたままの状態に抑えていた従兵が扉を閉める。
「おお~~~」
メークミーは思わず小さく声を漏らした。昨夜、彼を見事な魔法で治療した女神官がそこにおり、彼女からは確かに《
このような清楚で可憐な少女が、これほどの力を得ているとは…
ムセイオンで聖貴族たちに囲まれて育ったメークミーをして驚嘆を禁じ得なかった。
すっかりルクレティアに目を奪われて、まるで気の抜けた阿呆のように突っ立っているメークミーの前をルクレティアは粛々と歩み、そしてメークミーの右側、カエソーの左側に従兵が急いで置いた
「ようこそお運びくださいました。」
「殿方の大切なお話の場に、女の私が参上することをお許しいただきありがとうございます、伯爵公子閣下。」
カエソーとルクレティアは型どおりの挨拶を済ませると、カエソーはルクレティアにメークミーの紹介を始めた。
「ルクレティア・スパルタカシア様、彼はジョン・メークミー・サンドウィッチ卿とスチュアート伯公女メアリー様の子、ジョージ・メークミー・サンドウィッチ殿です。メークミー・サンドウィッチ二世閣下の甥御にあたられます。」
カエソーが自分の事を紹介している事に気付いたメークミーは慌てて手櫛で乱れた髪と髭を整える。
「では、大戦争の折、連合側で活躍された英雄メークミー・サンドウィッチ様のお孫様にあたられますのね?」
ルクレティアはメークミーを視界の端に捕えながらカエソーに頷くと、カエソーは満足気に「左様です」と首肯し、メークミーの方へ向き直った。
「ではサンドウィッチ殿、こちらがアルビオンニウム・ケレース神殿の神官長ルクレティウス・スパルタカシウス様の御息女、アルビオンニウム・ケレース神殿神官長代理をお勤めになられておられるルクレティア・スパルタカシア様です。」
コイツは…とメークミーに対する呆れを隠しながら、カエソーはあくまでも落ち着いた雰囲気を保ちながらルクレティアを紹介する。それを俯き加減に神妙な面持ちで聞いたメークミーは、紹介が終わるとカエソーに小さくサッと御辞儀し、ルクレティアの方を向き直ってぎこちない笑顔を作って自己紹介を始めた。
「う!?うんっ!…あ、わ、私はジョージ・メークミー・サンドウィッチ。父はジョン・メークミー・サンドウィッチ、母はスチュアート伯公女メアリーだ。ムセイオンで学生をしている。」
「そして、『勇者団』の一員でもありますのね?」
「え、あ、うん…」
優し気な笑顔にもかかわらず、カエソーに対する時よりもわずかに険のあるルクレティアの声色に違和を感じたメークミーは、気圧されたのか何とも貴族らしからぬ歯切れの悪い答えを返した。そのメークミーの様子にルクレティアは今度は優しい声色で自己紹介をする。
「ルクレティア・スパルタカシアです。
本日は同席を御認めくださり、ありがとうございます。」
「あ、ああ、うん…」
メークミーが何とも情けない挨拶を返すと、カエソーに促されてルクレティアは肘掛け椅子に腰掛ける。それを待ってカエソー、そしてセプティミウスの順に腰かける。それに気づいたメークミーは一番遅れて腰かけた。
ルクレティアに対して甘い感情を抱いていたメークミーは、思っていたのと違う展開に一人困惑してしまう。そして、ルクレティアに甘い感情を抱いてるという自覚がメークミーには無かったため、メークミーは自分が困惑している事に気付き何で困惑しているかわからず、余計に困惑の度合いを深めていった。
「さてサンドウィッチ殿、ルクレティア・スパルタカシア様に申し上げたいことがあるとのことでしたが…サンドウィッチ殿?」
「あっ!?…ああ、何かな?」
いつの間にか一人の世界に入り込んでいたメークミーはカエソーにやや大きな声で呼びかけられ、ハッと我に返る。
「ルクレティア・スパルタカシア様に御礼申し上げたいとのことでしたが?」
「あ、ああ、そうだった。そうなのだ!」
メークミーは座ったまま姿勢を正し、改めて乱れた髪や髭を手で撫でつける。こうして何度も繰り返すのは、朝身だしなみを整えるのを断ってしまったのと、この場に鏡が無くて髪や髭が整ているかどうか自信が持てないからだった。
「御礼…ですか?」
まあ、なんでしょう?…とでも言うかのようにルクレティアが微笑みながらメークミーの方に顔を向けた。メークミーは酷く緊張した様子で身体ごとルクレティアの方へ向き直り、一応胸を張って姿勢だけは毅然と、だが顔はどこか自信なさそうに目を泳がせながら話始める。
「あ、う、うん…その、さ、昨夜の、治療をしていただいた件だ。」
「ああ…それでしたら、伯爵公子閣下に頼まれてやったことです。」
「ああ、うん…そ、そうだとしても、その、見事な治癒魔法だった!
じょ、浄化魔法も、実に素晴らしい!
我々の仲間に、フィリップ・エイー・ルメオというヒーラーが居るのだ。言うまでも無いが、エイー・ルメオ様の血筋でな。ムセイオンでもヒトの聖貴族の中では腕の良いヒーラーなのだが…お、おそらく、
「まあ、お褒めにあずかり恐縮です。」
「ほ、本当だぞ!?
わ、わ、私は、その…いや、えっと…私も治癒魔法は使えるのだが…や、やはり地属性で…だが、其方の治癒魔法には、全然かなわん。」
「まあ、ご謙遜を…」
「謙遜ではない!…その、ほ、本当なのだ。
だいたい、其方の治癒魔法は聖属性であろう!?
ママが…えっと、
聖属性の治癒魔法を使えるのは、ムセイオンでも数人しかおらぬ。
エイーなんかには、多分使えん。
それなのに…聖属性の治癒魔法を、あれだけ使いこなすとは…」
「「「・・・・・・」」」
メークミーは伏し目がちに、床のあちこちへ視線を泳がせていたので気づかなかったが、メークミーの話を聞いたメークミー以外の者たちは一斉に笑顔を凍らせた。まさか、ルクレティアの治癒魔法や浄化魔法がそこまで高度で希少なものとは思ってもいなかったからだ。
無言のまま互いに目を見合わせ、緊張感だけを共有する。
「あ、
メークミーは言いたいことを言い切ったのか、パッと視線を上げてルクレティアをまっすぐに見つめた。その視線に気づいたルクレティアは凍り付いていた笑顔を慌てて元に戻す。
「え、あ、まあ…それほどでも、ございませんわ。」
ルクレティアの涼やかな笑顔を見て、自分の言いたい想いが届いていないと思ったメークミーはムキになったように身を乗り出して言い募る。
「いや、それほどだ!
それに昨夜、其方がファドを魔法で捕まえたとも聞いた。」
「いえ、それは私ではなく、《地の精霊》様の
「そ、そうなのか!?
其方の魔法だと聞いたぞ。
そ、それに《地の精霊》は我々と戦っていたはずだ!
いや、ということは、我々は《地の精霊》に
「それは…えっと、確かに途中まで貴方がたと戦っておられました。
ですが、その…途中で御戻り戴いたのです。
私が、ファドに襲われて、追い詰められそうになったので…」
「な、なに!?
そうだったのか…いや、だが、まて、それは加護を受けておるどころではあるまい?!
もはや使役しておるのではないか!
其方、あれほど強力な《地の精霊》を使役しておるのか!?」
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