第491話 メークミーの尋問(2)

統一歴九十九年五月六日、昼 - ケレース神殿テンプルム・ケレース/アルビオンニウム



「ファド?ファドって誰だ、知らないぞ?」


 ジョージ・メークミー・サンドウィッチは身体を起こすと腕組みしてそっぽを向いた。自分がうっかり余計なことをしゃべってしまった事に気付いてしまったのかもしれない。


「三日前の夜、シュバルツゼーブルグでヴァナディーズ女史を襲った男です。その時、ヴァナディーズ女史と話をされたようですな。

 それから、昨夜もこの神殿に裏から侵入し、戦闘の末に捕まりました。」


 カエソー・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵公子が落ち着いた口調でそう言うとメークミーはパッと目を見開いてカエソーの方に身を乗り出した。


「まさか!

 ファドが捕まったって!?」


 メークミーとカエソーたちは無言のまま見つめ合ったが、数秒後にメークミーはしまったという顔をして姿勢を戻し、視線を逸らせた。


「ご存じなんじゃないですか…」


「い、言わないぞ…仲間を売ることなんてできないからな…

 だいたい、お前たちがファドを捕まえたという話だって信じられん。」


 上体を起こしてため息交じりに言うカエソーに対し、メークミーは腕組みしたままあえて胸を張り、顔を背けたまま目を閉じて答える。


「では、証拠をお見せしましょう。」


「証拠だと!?」


 カエソーが従兵に合図すると、従兵は敬礼してから一度室外へ退去し、間もなく戻ってきた。その手にはいくつかの武器が持たれており、従兵はそれを「失礼します」と一言断って三人の目の前の円卓メンサの上に一つずつ丁寧に置いていく。

 その武器を見てメークミーは立ち上がり、目を見開いて見下ろした。


「こ、これはまさか!?」


「昨夜、捕えられたファドから没収した武器です。

 見覚えがございますかな?」


 カエソーはそう言いながらカットラスを手に取り、鞘と柄を両手にそれぞれ持って刀身を引き抜いて見せた。それはそこらの盗賊や海賊が持っているような青銅の刀剣ではなく、鉄の刀身を持つ業物わざものだ。正規の軍人の中でも鉄の刀剣を持っている者はごく限ら得ており、百人隊長ケントゥリオだって滅多に持っていない。


「中々の業物わざものですな。

 魔道具マジック・アイテムではないようだが、平民で買えるものではない。」


「ま、間違いない。

 ファドがブルーボール様から頂いたものだ。」


 カエソーが値踏みするようにカットラスを眺めまわしていると、それを向かいから見ていたメークミーは諦めたように肩を落とし、そう言った。


「ブルーボール様から?

 ファドはブルーボール様に仕えておられるのですか?」


 カエソーはカットラスを鞘に戻し、円卓の上に置きながら訊くと、メークミーは落胆したように寝椅子クビレに腰を降ろしながら答える。


「いや違う。彼が仕えているのはフーマン様だ。

 フーマン様が彼を『勇者団ブレーブス』に入れようとした時、ブルーボール様や他のメンバーたちが反対したんだ。」


「ほう?」


「ほら、彼の顔には痘痕あばたがあったろう?」


 カエソーはファドの顔を見ていなかったが適当に話を合わせるために無言のまま肩眉をあげて小さく頷くと、メークミーはそのまま話をつづけた。


「彼はどこかの貧民街の出身なんだ。話じゃどこかの貴族が捨てた奴隷の子で、その貴族の落胤おとしだねらしいが、とにかく血統が不確かだったんだ。それで、『勇者団』はゲーマーの血を引く子や孫たちのグループなのに生まれの不確かな奴なんかって、みんな反対してフーマン様と他のメンバーで喧嘩になってしまった。

 結局は実力が認められて、ファドを仲間に入れることになったんだが、その時に仲直りの証としてブルーボール様がそれを…」


「わざわざ買い与えたのですか?」


 カエソーは少し驚いたように尋ねた。鉄の剣はそんな仲直りの証として平民に渡すには高価すぎる贈り物だ。


「いや違う。ブルーボール様の使い古しだ。

 ブルーボール様はカットラスの使い手で本来は御父上の聖遺物をお使いだが、剣術練習の時はそれを使っておられたのだ。重さとか長さとかが近いからとおっしゃられてな…練習用だから似たようなのを何本も持っておられるので、ブルーボール様にとっては他人にあげてもいいものだったのだろう。

 二本でペアの剣で二本とも下賜されたんだが、ファドは一本を予備にしていつも一本だけしか使ってなかった。」


 聞いたかオイ?…そう言わんばかりにカエソーはとなりにいたセプティミウスと顔を見合わせる。実際、信じがたい話ではあった。

 鉄は同じ重さの金と同じくらいの価値がある。いや、今は金貨投資が過熱しているせいで金の相場が跳ね上がっているからそのたとえは正しくない。鉄は同じ重さの銀の二十数倍の価値があると言うべきだろう。いずれにせよかなり高価な素材であり、鉄で作られたこのカットラスは一本でおそらく三万セステルティウス以上はするだろう。それはレーマ軍軍団兵レギオナリウスの年収二十年分を超える金額だ。それを二本…平民プレブスでは一生かかったって手が出ない財産である。上級貴族パトリキだってそこまで気安く扱える代物ではないのだ。


「教えてくれ、捕まったのならファドは今どうしてるんだ?

 捕まったってことは死んではいないのだろう?」


 メークミーは寝椅子から腰を浮かさんばかりに身を乗り出して尋ねた。それで我に返ったカエソーはメークミの方ーに向きなおり、小さく咳ばらいをしてから答える。


「逃げられました。」


「逃げた!?」


 今度はメークミーが驚く番だった。思わず声がひっくり返る。


「ええ、一度捕まり、武器を取り上げて尋問していたのですが、その途中で隙を突いて逃げたのです。不思議な、大きな黒い犬を使ってね。」


 そこまで言ってカエソーが黙るとメークミーは目と口を大きく開き、パッパッとカエソーとセプティミウスの顔を交互に見ると笑い出した。


「あーはっはっはっはっ、そうだろう!

 ファドがそう簡単に捕まるわけ無いんだ。はっはっはっ!」


 まるで寝転がるように上体を背もたれに預け、文字通り腹を抱えて天井を見上げながら笑い出す。それはおおよそ貴族らしくない振舞いだったが、メークミーは目の前のレーマ軍人を揶揄からかうために意図してそれをやっていた。

 ひとしきり笑い終えたメークミーはようやく身体を起こし、指で目尻の涙を拭く仕草をしながらカエソーに向き合う。


「やれやれ、伯爵公子にはすっかり騙されたようだな。」


「騙すとは人聞きの悪い。

 ファドを捕まえたのは確かですし、現にこうして彼の武器は取り上げました。

 ただ、そのあと逃げられてしまったと言うだけの事です。」


 カエソーは種明かしをする手品師のように苦笑いを浮かべた。


「それを人が悪いと言うのだ。

 それにしても、一時とは言えファドを捕まえるとは大したものだ。

 いったいどうやって彼を捕まえたんだ?」


「現場に居合わせたわけではありませんので詳しくは存じませんが、ルクレティア・スパルタカシア様が『荊の桎梏』ソーン・バインドとかいう魔法で捕まえたそうです。」


 カエソーが何の気なしにそう説明するとメークミーはスッと背筋を伸ばし、感嘆の声を漏らす。


「おお、ルクレティア・スパルタカシア…」


 迂闊に口を滑らせてしまったか?と、メークミーの様子を見てカエソーは小さな後悔を覚え、やや用心深く尋ねる。


「ご存知なのですか?」


「昨夜、私を魔法で治療してくれた方だろう!?」


 メークミーは伸びあがらせた上体を、背筋を伸ばしたそのままの姿勢で前に傾けて声を潜めるように訊き返してきた。その表情からはメークミーが何を考えているのか、カエソーには読み取れなかった。


「え、ええまあ…」


「見事な治癒魔法だった。

 是非、会って直接礼を言いたい。」


 カエソーはセプティミウスと顔を一度見合わせると、メークミーの方に向き直って答えた。


「それは、貴殿が決して暴れず大人しくするというのであれば、構いません。

 彼女の方も、貴殿にあってお話したいことがあるそうです。」

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