第51話 アイゼンファウストの逆襲

統一歴九十九年四月十日、朝 - アイゼンファウスト/アルトリウシア



 出陣に間に合った子飼いの手下二十八名を率いたメルヒオールはひとまず南を流れるセヴェリ川沿いに出た。

 そこには港からマニウス要塞カストルム・マニへ荷物を運ぶための荷馬車が通れるように軍用街道ウィア・ミリタリスの規格に準じた立派な道路が整備されている。


 街道上は既に焼け出された避難民でごった返していたが、メルヒオールたちは彼らに更に河川敷へ逃げるように叫びながらずんずん押し進んだ。

 河川敷の街道は火災だけを考えればもう十分安全だったが、流れ弾が飛んでくる可能性を考えるとまだ安全とは言い難い。


 突然の火災からセヴェリ川まで逃げてきた避難民の多くは街道上まで来てようやく落ち着きを取り戻し、ある者ははぐれた家族や知人を探し、ある者は呆然と燃える街を眺め、またある者は力なくへたり込んでいた。



 燃えている街からはまだ、散発的にだが爆発音や銃声が聞こえている。


 河川敷へ逃げろと叫ぶ声が聞こえ、声のした方へ目を向けると武装集団がぞろぞろと歩いて来る。

 武装集団を見た避難民たちは一瞬パニックに陥りそうになるものの、その先頭に《鉄拳アイゼンファウスト》の姿を見るやいなやハッとして、急いで河川敷へ寄って道を開けた。

 避難民たちの嘆きの声は一瞬小さな悲鳴に変わり、しかしすぐにそれは大きな歓声へと変わっていった。


「《鉄拳》だ!《鉄拳》が来てくれた!」

かたきを討ってください!」

「ゴブリンです!やつらが火をつけました!」

「ハンの奴らに襲われました!」

「やっつけてください!」

「お助けください!子供がまだ・・・」


 避難民たちは目の前を通り過ぎていくメルヒオールたちに口々に声をかける。


 ここ数年で太り始めてはいたものの、引き連れている男たちに比べると貧弱としか言えない体格を持った隻腕のヒトの中年男だったが、声援と期待とに無言のまま左手をかざして応える姿は見る人々の目には大きく力強く頼もしく映った。


 その様子を後ろから見ながら歩き続ける手下たちも、中にはいつも背中丸めてやたら周囲にガンつけまくってるようなセコいチンピラも少なからず混じっていたが、避難民たちの声援を受けながらメルヒオールに付き従って歩いているうちに、いつしか全員がまるで英雄譚の騎士にでもなったかのように背筋を伸ばし、胸を張って歩いていた。

 避難民の目に映る彼らの姿は、まさに救いの主であり、伝説の勇者そのものだった。


 やがて道路は港に向けて北へ折れ曲がる。

 火災はすでに風下へ移り、メルヒオールたちの進む先の炎は既に消えていて、煙のくすぶる焼け野原となっていた。

 その中に、ゴブリンの小集団がいた。



「弾を込めろ、最初は一丸弾。二発目からは散弾だ。」


 約五十ピルム(約九十三メートル)ほど先にゴブリンを見つけたメルヒオールは立ち止まり、背後の部下たちに静かに命じた。

 彼は郷士ドゥーチェとして、最大五百人の歩兵隊コホルスを徴収する権利を認められており、それを治安維持のために使役し、領主の求めに応じて軍役に就く義務を負っている。そしてそのための武器も与えられていた。

 つまり、彼の手下たちが持っている武器は、アルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシアと同じものである(ただし、中古がほとんどで、火薬は旧式の黒色火薬だった)。


 途中で追いついた者も含め三十四人にまで増えていた手下たちは、肩に担いでいた短小銃マスケートゥムを降ろして弾を込め始めた。

 さすがに手つきは現役軍団兵レギオナリウスとは比べ物にならないほど悪いが、一応全員が実戦経験者である。もたつきながらも弾を込め終わると、幅約三ピルム半(約六メートル半)強ほどある石畳の道路一杯に八乃至ないし九人ずつの横隊を四列作った。


 メルヒオールを先頭にそのまま静かに前進、約三十ピルム(約五十五メートル)ほどまで近づいたところでゴブリン兵に気付かれた。

 やや距離があるが仕方ない。

 メルヒオールは一列目を跪かせると隊列の右へ避け、一列目と二列目の手下に射撃を命じた。


撃てフォイア!」


 号令一下、十七名の手下が一斉に引き金を引く。

 ハンマーが倒れ、火打石フリントが火花を起こして火皿の火薬に着火・・・そして十四丁の銃が火を噴いた。



 レーマ帝国軍が採用している短小銃の有効射程は約二十五ピルム(約四十五メートル)ほどである。もっとも、これはポイントターゲット・・・つまり、ヒト一人分の大きさの的に対して命中を期待できる距離がだいたい二十五ピルムということだ。

 これがエリアターゲット・・・つまり、集団に対して命中が期待できる有効射程となるとポイントターゲットのざっと三倍の有効射程を期待できる。


 十四発の直径一インチ弱の鉛玉は、突然現れた軍勢に驚き、慌てて対応しようとしていたゴブリン兵の集団に降り注いだ。十二人ほどいたゴブリンのうち三人に命中、一人を即死させ二人に重傷を負わせた。

 倒れたゴブリンが悲鳴を上げてのたうち回る。



一列エラステ・ライア二列ツァラステ・ライア弾込めノイ・ラーデン三列ドルッテ・ライア四列フィエテ・ライア前進フォー!」


 ゴブリンたちの様子は煙に隠れて見えなくなってしまっているが、手ごたえはあった。このまま畳みかければ勝てる筈だ。

 メルヒオールの号令で三列目と四列目が、装弾作業を始めた仲間たちを避けながら前進する。そして最初の射撃で生じた発砲煙が西風に流されたところで、メルヒオールは命じた。


狙え―ツィエール!」


 三列目が膝をつき、三列目と四列目の全員が銃を構える。

 その先には先ほど銃撃を浴びた一団の生き残りが必死に自分たちの短小銃に弾を込めており、更に銃声を聞いて瓦礫の向こうから駆けつけた四人のゴブリン兵が合流を果たして負傷したゴブリンたちの様子を見ていた。


撃てーフォイアー!」


 三列目と四列目の計十七丁のうち、今度は十五丁が火を噴いた。

 反撃しようと短小銃に弾を込めていた十三名のゴブリン兵たちの周辺に十五発の鉛玉が降り注ぐ。

 距離が近くなったことと弾数と的が増えたこともあって、今度は五名のゴブリン兵に命中した。実際の命中弾数は四発で、一発が弾込め作業中のゴブリンの右手の指を吹っ飛ばし、その向こうにいた別のゴブリン兵の首に命中していた。


三列ドルッテ・ライア四列フィエテ・ライア弾込めノイ・ラーデン一列エラステ・ライア二列ツァラステ・ライア前進フォー!」


 ゴブリン兵たちは最初の射撃を浴びてから反撃する前に第二撃を浴びた。そこへメルヒオールの更なる号令が響いたことで、ゴブリン兵は算を乱して逃げ出した。

 敵の方が射撃ペースが圧倒的に早い・・・ゴブリン兵たちはそう勘違いした。

 アルビオンニアに来て以来敗戦続きですっかり負け癖がついていた彼らは一気に戦意を喪失したのだった。


 実際には先に発砲した一列目と二列目の手下たちはまだ再装填を終えてなかった。

 再装填を終えた一列目と二列目の手下がメルヒオールのいるところまで駆けてきた時、先ほどまでいたゴブリン兵たちの生き残りは一人残らず逃げ去ってしまっていた。



 路上には三人のゴブリン兵の死体と、四人の重症を負ったゴブリンが横たわっている。内二人は見るからに致命傷を負っており、間もなく死ぬだろう。


 メルヒオールは一列目と二列目の手下に命じて、倒れているゴブリンたちから武器と弾薬を回収させると、背後から戦見物について来ていた避難民を何人か呼び寄せた。

 彼らにメルヒオールの屋敷ドムスへ回収した武器と倒れているゴブリン兵を運ぶように命じ、駄賃に銅貨をいくつか渡す。

 メルヒオールはその後、三列目と四列目も再装填を終えるのを待って再び前進を開始した。


 メルヒオール・フォン・アイゼンファウストの血の復讐フェーデはまだ始まったばかりだった。

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