第52話 マニウス街道の戦闘
統一歴九十九年四月十日、朝 - マニウス要塞城下町/アルトリウシア
あれではマニウス要塞の守備兵は麓まで出てこれないだろう。
襲撃を終えたゴブリン騎兵十四騎は、城下町から少し離れた街道上で再集結しつつあった。街の一番外側の店に爆弾を投げ込んだ二騎が仲間たちに追いつくべく駆けて来る。
あとは
だがここへきて障害が現れようとしていた。
マニウス要塞襲撃部隊を率いるドナートは最後の爆発が起きる直前、街道上に出来ていた煙幕の向こうからホブゴブリン戦列歩兵が横隊を組んだまま飛び出してきたのを見つけたのだった。
「三人・・・いや四人、あそこにもう一発ずつ投げ込んで来い。」
ドナートは町の入り口に出来た煙幕を指さして命じた。
彼らは投擲爆弾を一人二個ずつ携行しており、先の城下町襲撃で十四個を使用した。つまり、一人もう一つずつ残っている。
「?・・・何かあるのか、ドナート?」
「
出鼻をくじいてやるんだ。」
「いいぞ、煙を抜けたところを爆弾で歓迎してやる。
お前ら、ついて来い!」
ドナートの指示を受けたゴブリンが不敵な笑みを浮かべてそう答えると、三騎を引き連れて街へと駆け戻って行った。
「いいのか?
この後、《
《陶片》とは今彼らがいるマニウス要塞と彼らがこれから帰る海軍基地と、そして
彼らはこれからマニウス街道を北上、途中で軍港へ下りる道へ左折し、途中にある《陶片》地区に余っている投擲爆弾を投げ込んで帰還する予定になっている。
「《陶片》地区への攻撃はもののついでだ。
ティトゥス要塞へ行った連中もいるんだし、最悪一発だけあればいい。
それよりも要塞の
彼らのハン族は他の種族や民族との交流が苦手だった。
レーマ帝国の軍門に下り、故郷のアーカヂ平原を追い出され、
どこでも
《陶片》の支配者であるリクハルドはハン族と友好的な関係を保ち、事あるごとに便宜を図ってくれたアルビオンニアで唯一の
今回、蜂起する際も気づかぬふりをして支援をしてくれているらしい。
なので、本当ならあえて攻撃する必要は無いのだが、他の地区は攻撃されているのに《陶片》だけ無傷では、ハン族がアルトリウシアから逃げ出した後でリクハルドの立場が悪くなってしまう。
「ダイアウルフの脚なら奴ら追ってこれないぜ。
とっとと逃げた方が正解じゃないか?」
「背後から撃たれるのは気持ちいい事じゃない。
それに奴ら装備がバラバラだった。多分、慌てて出てきたんだ。
ちょいと一発食らわせてやれば逃げ帰るさ。」
そうこうしているうちに、突撃した四騎は投擲位置に到達しようとしていた。
黒色火薬が普及した戦場で一番問題になるのが煙である。黒色火薬が使われ続ける限り、燃焼の際に生じる煙は無視できない存在となる。
大砲が、戦列歩兵が、一斉射撃をするたびに大量の煙が発生して視界を塞いでしまうのだ。風が吹いていれば割と短時間で消えてくれるが、風が無ければ濃霧のように戦場を覆い、戦況の判断を難しくする。
今回、彼らが城下町で投げた爆弾の煙も未だに街道上を漂っていて、街道の状況把握を困難にしている。
だから、マニウス要塞から出てきたホブゴブリンたちは前方の様子も分からないまま遮二無二突進してきている。煙を抜ける前に爆弾を投げれば、敵は対処できずに吹き飛ばされるはずだった。
ところが、突撃した四騎とクラウディウス率いる迎撃部隊との間に漂っていた煙幕は、四騎が投擲爆弾の投擲位置にたどり着く前に晴れてしまった。
街中で発生した煙は、密集した建物が風を遮っているため未だに晴れてないが、街の外側は風を遮るものが無い。それどころか、街の建物に遮られた風の一部が建物を避けて吹き込んできていたため生じた合成風がドナート達が立っている町から離れた街道上よりも速く吹き抜けていたのだった。
「
吹き流された煙の向こうから現れた戦列歩兵は、
「まずい!」
四騎はすでに安全ピンを抜いて投擲態勢に入っている。今更、引き返すことも進路を変える事も出来ない状態で、彼らは射撃準備を完成させた戦列歩兵の前面に突っ込むことになった。
「
号令が響き、続いて戦列歩兵の前に白煙が広がるのと同時にパパパパッと銃声が鳴り響いた。
突撃した四騎は爆弾の下げ紐を掴み、今まさに投げようと振り回しているところに銃撃を浴びることになった。
一人目のゴブリンは肩を撃ち抜かれ、鞍から転落した。
二人目は胸に被弾し即死、乗っていたダイアウルフも被弾して
三人目はゴブリン本人は被弾しなかったが、騎乗していたダイアウルフが前足肩部分に被弾したため、ダイアウルフが前のめりになって転倒。主も鞍から放り出され、地面に強かに叩きつけられた。
四人目は被弾しなかったが、すぐ隣を走っていたダイアウルフが転倒した際に投げ出されたゴブリンと接触してしまい、バランスを崩したせいで投擲爆弾を明後日の方角へ投げてしまった。
十一丁の銃から放たれた一丸弾は八発。距離が十ピルム(約十八メートル半)近くまで詰まっていたとはいえ、今まさに突撃してきている騎兵相手に彼らが発揮した命中率は驚異的と言えた。
「
発砲を終えてすぐに
対するゴブリン騎兵は被弾を免れた一騎が立ち止まり、状況を把握しようとした。
ゴブリン三人とダイアウルフ二頭が血を流して倒れており、その内一人と一頭は既に死んでいる。主を失ったダイアウルフが駆け戻り、肩から血を流してうめき声をあげている主の顔を心配そうに鼻を鳴らしながら舐めていた。
生き残った一人は倒れている三人が投げようとしていた投擲爆弾が三つとも煙を出しながら足元に転がっているのに気付き、慌てて逃げようとしたが遅かった。
その三個の投擲爆弾は、彼がそこから一ピルム(約百八十五センチ)と離れない内に次々と爆発し、まだ生きていた三人と三頭に破片と爆風を浴びせたのだった。
「くそ!逃げるぞ!!」
突撃した四人が自らの投擲爆弾で自爆したのを見たドナートは苦々し気にうめくと、構えていた短小銃を鞍に付属したケースへ戻した。そのまま手綱を引き、騎乗していたダイアウルフに向きを反転させる。
「あれ放っといていいのかよ!?」
「やつら少人数で、手持ちの銃は全部撃っちまってる。
今から逃げればやつらが再装填する前に逃げきれる!」
ドナートが走り出すと他の九人も後を追って走り出した。
任務は果たした・・・だが、損害が大きすぎた。
煙が晴れた時、爆弾の破片を防ぐために組んだ
生き残っていた筈のゴブリン騎兵は既に稜線の向こう側へ消え去っており、クラウディウスが念のために放った斥候が稜線の向こう側が見える位置にたどり着いた時、ゴブリン騎兵たちはマニウス街道から外れた道を《陶片》地区へ向けて駆け下っている最中で、そこは既に
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