第50話 迎撃部隊の出撃

統一歴九十九年四月十日、朝 - マニウス要塞城下町/アルトリウシア



 マニウス要塞カストルム・マニ城門ポルタ・プラエトーリアが開かれ最初の迎撃部隊が出撃したのは、要塞司令部プリンキピアアルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシア軍団幕僚トリブヌス・ミリトゥムたちが集合して事態を把握するよりも前のことだった。

 セウェルスから話を聞いている間にも、城下町ウィークスでダイアウルフが走り回っているという報告が上がってきており、要塞司令プラエフェクトゥス・カストロルムや軍団幕僚の判断を仰ぐ前に打てる手を打っておくべきだと判断したクラウディウスが行動を起こした結果だった。


 本来、自分の部下でもないのに所属の異なる部隊を勝手に動かすことなどあってはならない。それでは軍隊という組織が成り立たなくなる。だから普通に考えれば、自分の部隊を遠い山奥へ置き去りにしてきた彼に兵を率いて軍事行動などとれるはずが無かった。

 しかし、レーマ軍では百人隊長ケントゥリオ同士の間での兵士の貸し借りは日常的に行われていた。

 今日はお前は正門の警備な、お前はあいつの下で馬屋の掃除、お前は隣の隊の宿舎の雨漏り修理、お前は誰それの隊が担当する見張り台で立哨りっしょうを手伝ってこい、お前とお前は警察消防隊ウィギレスを率いて見回りだ・・・という具合に、八十数名いる部下の半数以上を他所へ貸し出すくらいは日常茶飯事だった。

 クラウディウスは要塞司令部から出ると、セウェルスの発した指示に従って正面の広場に集結しつつあった部隊の若い百人隊長たちに声をかけた。


「ちょっと君たちの兵を借りていいかね?」


 そうして借りた二十一名の兵士に正門警備にあたっていた兵から八名と、途中で見つけたこれからパトロールに出ようとしている警察消防隊九名を合わせた三十八名からなる混成迎撃部隊を率いたクラウディウスが正門をくぐるのと、爆発音が響いたのはほぼ同時刻だった。


 放火を諦めたゴブリン騎兵が投擲爆弾グラナートゥムでの破壊活動を開始したのだった。



 正門から二十ピルム(約三十七メートル)ほど先の街道に面した食堂タベルナから窓や玄関の木戸が飛び散り、そこから白煙が吐き出されている。

 街頭にいた人々は事態を把握しきれず呆気に取られていたが、爆発が起こった食堂の斜向かいにあった食堂で同じような爆発が発生すると、ようやくとんでもない事件が起きている事に気付き、悲鳴を上げて逃げまどいはじめた。

 通行人の何人かは、おそらく救助のためだろう白煙を噴き上げる店へ駆け寄っていく。



「遅かったか」


 クラウディウスは最初の爆発を目の当たりにした時、思わず立ち止まって毒づいた。そして二度目の爆発が起こる直前、最初の爆発の煙の向こうに犯人と思しきゴブリン騎兵を見つけていたクラウディウスは背後の兵たちに指示を出した。


「警察消防隊は怪我人の救助にあたれ。

 それ以外でマスケートゥムスクトゥムも持ってない者は街道の両脇を進め、市民たちを裏路地か建物の中へ避難させるんだ。

 残りの者は戦列を組んで街道の真ん中を横隊で進む。

 ついて来い!」


 馴染み深い城下町カナバエで戦闘が起こるとは思ってもみなかった兵士らは、突然目の前で起こった爆発にまるで魂を抜かれたかのようになっていたが、クラウディウスの力強い声で我に返った。

 ガシャガシャと具足を鳴らし、まるで入隊したての新兵のようなぎこちなさで隊列を整えると、クラウディウスの全隊進めの号令で前進を始める。


 先頭に立って街道のど真ん中を歩くのはクラウディウス。武装は借りてきた重装歩兵ホプロマクス用の盾と自前の長剣スパタだけであり、ガレアロリカ鎧下イァックさえも身に付けていない。

 アルトリウシア軍団共通の赤いトゥニカと軍靴カリガ姿に、左手に盾を右手に抜き身の剣をいつでも使えるように小脇に立てて構えるクラウディウスのやや後方に、盾と投槍ピルムを装備した重装歩兵五名と軽装歩兵ウェリテス四名、その後ろに短小銃マスケートゥムを抱えた重装歩兵七名と軽装歩兵四名がそれぞれ横隊を組んで続いた。

 その両脇から武装を整える前にクラウディウスに捕まって強引に連れてこられた九名の兵士が壁伝いに進み出る。

 警察消防隊は一名が増援要請のため要塞へ駆け戻り、残りの八名は戦列の後ろを歩いた。これは彼らが教官一名を除けば全員が新兵ディスケンスだったため、戦列より前に出るのは危険と判断されたための措置だった。


 建物が密集した城下町では吹き抜ける風も弱く、爆発で生じた煙は中々晴れない。

 ゴブリン騎兵は煙の向こうにいたし、街道上には逃げまどう市民が右往左往していて安易に発砲出来ない。前進し続けたクラウディウス率いる部隊が爆発現場まで来たところで三度目と四度目になる爆発が前方で発生した。


 まずい、このままでは敵を捕捉する前に爆弾を使い切られてしまう。それでは急いで出てきた意味が無い。


「駆足!」


 クラウディウスはそう号令すると、足を速めた。

 しかし、爆発で生じた煙を通り抜ける前に更なる爆発が前方で起きた。悲鳴が上がり、怪我人たちが建物から這うように出てくる。街頭の人々が逃げまどう。


「出てくるな!

 建物の中か路地裏へ避難しろ!」


 両脇を進む兵士らが市民を路地裏や建物の中へ押し込め、あるいは戦列の後ろへと逃がす。

 隊は前進する。煙幕の向こうで爆発が起こる。煙幕を通り抜けるとその先に次の煙幕が出来ている。前進すると煙幕の向こうで・・・三度四度とそれを繰り返して、煙幕の向こうにいる筈の敵を中々補足できない状態が続いた

 れるクラウディウスの後ろでは、次は自分たちが爆発に巻き込まれるんじゃないかと兵たちが顔を青くしながらも追従していた。


 恐ろしい・・・恐ろしいが自分たちの前を上官が前進しつづけているのだ。半数の兵士にとって見た事も無いオッサンだが、今の自分たちにとっての隊長であることには違いない。自分たちの隊長を戦死させるなど、まして見捨てて自分だけ逃げるなど、誇り高き軍団兵レギオナリウスにとってあってはならない事だった。

 それよりなにより、その上官は盾以外何一つ防具を身につけていないのである。なのに完全武装完全防備の自分がほぼ丸腰のオッサンを見捨てたりしたら、軍人としてどうか以前に男としてもうレーマでは生きてはいけない。

 死にたくはない。だがここで逃げ出したり怖気づいたりすれば死んだ方がマシな人生が待ち構えている。

 ゆえに、彼らは硝煙の中を前進し続ける。

 ゴッゴッゴッゴッと、靴底に鋲を打った軍靴カリガが集団で歩調を合わせて石畳を踏みしめる独特の足音を響かせて。


 街道上の彼らの前方には未だ逃げまどう住民たちがいたが、城下町でもっとも人の多い地区は通り過ぎたし、クラウディウスたちの姿を見て自発的に道を開ける者も少なくなかったため、兵士たちは隊伍を保ったまま前進を続けることができていた。


 やがてクラウディウスが十二回目の爆発で生じた煙幕を通り抜けた直後、城下町の一番外側に街道を挟んで建つ二軒の店が相次いで爆発した。爆発が起こる前、彼は街道上にダイアウルフに騎乗したゴブリン兵たちの姿を見た。

 だが、その姿は新たな爆発で生じた煙幕の向こうへ再び消えてしまうのだった。


「くそ!あいつらめぇ」

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