第1238話 ティフの覚悟
統一歴九十九年五月十一日、夜 ‐ グナエウス街道/
「じゃあどうしろっていうんだ!
捕まるのが怖いから交渉せずに逃げろって言うのか!?」
ティフの
「デファーグ、俺が捕まるのは確かに避けられないだろう。
だけど脱出の準備は整えてるんだ」
「準備?」
「ペトミーやファドが必ず力を貸してくれる。
スモルたちはクプファーハーフェンなんて遠くへ行っちまったが、代わりにスワッグやソファーキングに手伝うよう言ってあるんだ。
スワッグはアレでも《
ソファーキングだってペイトウィンにゃ敵わないが、それでも魔法の多彩さでは負けてない。ヒトの魔法攻撃職の中じゃダントツだぞ!?
その中にデファーグ、お前も加わってくれたら心強い……」
聞いているうちにデファーグはまるで頭痛でも覚えたかのように頭に手をやった。
「……ダメか?」
問われたデファーグは手を降ろし顔をあげた。
「……ティフ、アンタは大事なことを忘れている」
「……何をだ?」
訊き返してくるティフにデファーグは憂鬱そうな顔を向け、人差し指を向ける。
「
デファーグの指摘にティフはそのことを言い忘れていたことを思い出し両眉を持ち上げた。が、デファーグはそのまま続けた。
「一番最初に捕まったメークミーがレーマ軍に
アンタだって捕まれば取り上げられるぞ。
人質にとられるんだ!
そうなったらアンタは没収された
……なにがおかしい!?」
言ってる途中で声をあげずに笑い出したティフにデファーグは眉を
「いや、すまん。
言い忘れてたがそれも大丈夫だ」
珍しく
「大丈夫?
「大丈夫さ!
持って行かなきゃいいんだ」
何を言ってるんだ!?……ティフの答えにデファーグはそれまで以上に顔をしかめ、大きく身を乗り出す。デファーグの乗っていた馬が騎手の体重移動に反応してティフの方へ勝手に寄って行ってしまう程だったが、デファーグは慌てて姿勢と馬の進路を戻した。
「持って行かないだって!?」
「ああ、捕まった時に取り上げられないよう、
ほら、今の装備は全部イミテーションさ」
ティフはそう言うと外套を
彼ら聖貴族たちにとって聖遺物は大事な財産だ。紛失はもちろん、傷つけることも汚してしまうことも嫌う。だが、
しかし、貴重すぎて傷つけることも汚すことも
イミテーションとはいえ本物を使うための練習用であり、式典などの公式行事でも身に着けていくため見た目も重さも使った時の感触も本物そっくりに作られている。ムセイオンにいる世界でも一流の職人に、わざわざ本物を見せて同じように作らせているんだから素人目には本物と見分けがつかない。いや、そもそもこの世界では鉄という素材そのものが同じ重さの黄金と同じくらいの価値があるのだから、偽物とはいえ鋼鉄で作られた刀剣は貴族ですらおいそれと手が出ないほどの高級品だ。職人ではなくともデファーグ程の剣士ならば、鞘から抜き去って刀身を直接見れば見分けがついたかもしれないが、鞘に収まったままの状態ではさすがに見分けがつかなかった。
「いつの間に……」
デファーグは思わず呆れる。
「ついさっき、スワッグを後ろへ送る直前だ。」
デファーグは単に呆れただけで別に本気で質問したつもりは無かったがティフは得意げに答えた。雪がちらつき始めて寒くなったのか開けた外套の前を閉じる際、ベルトに取り付けたままの
「手元に残してる
その魔法鞄は
「どうした?」
「いや……ああ、この
一つや二つ、今回の成功のためなら犠牲にしたって構わないさ」
同じ魔法鞄は聖遺物であり魔導具の一種ではあるが、大戦争後も生き残っていた錬金術師たちによってある程度生産が継続されていたため、ムセイオンの聖貴族の間では一般的な物でありデファーグも同じ物を持っていた。貴重な魔導具ではあるが、うっかり忘れてしまうのは分からないではない。しかし……
大丈夫なのか、この人?
デファーグもついティフを心配してしまうのはどうしようもなかった。が、ティフがここまでやっているというのは本気なのだろう。
「……じゃあ、本気なんだな?」
覚悟を尋ねるデファーグに、ティフは笑顔を抑えて答える。
「当然だ」
「考え直せ。
リスクが大きすぎることは俺でも分かるぞ」
それはデファーグからの最後の警告なのかもしれない。真剣な声と眼差しに、ティフは顔の遺していたわずかなはにかみをも消して答える。
「承知の上だ。
『
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