第1238話 ティフの覚悟

統一歴九十九年五月十一日、夜 ‐ グナエウス街道/西山地ヴェストリヒバーグ



「じゃあどうしろっていうんだ!

 捕まるのが怖いから交渉せずに逃げろって言うのか!?」


 ティフの反駁はんばくにデファーグは答えられなかった。このまま捕まらずに済んだとしても、『勇者団』ブレーブスのジリ貧な状況はくつがえしようがない。『勇者団』の“敵”がレーマ軍だけなら何とでもしようがあるだろうが、恐ろしく強大な精霊エレメンタルたちに立ちはだかられ、しかもどこにどんな精霊がいるか、どうつながっているかも分からないとなれば対処のし様などあるわけないのだ。


「デファーグ、俺が捕まるのは確かに避けられないだろう。

 だけど脱出の準備は整えてるんだ」


「準備?」


「ペトミーやファドが必ず力を貸してくれる。

 スモルたちはクプファーハーフェンなんて遠くへ行っちまったが、代わりにスワッグやソファーキングに手伝うよう言ってあるんだ。

 スワッグはアレでも《地の精霊アース・エレメンタル》の警戒を掻い潜ってメークミーのところまで潜入し、無事に帰ってきた実力者だ。

 ソファーキングだってペイトウィンにゃ敵わないが、それでも魔法の多彩さでは負けてない。ヒトの魔法攻撃職の中じゃダントツだぞ!?

 その中にデファーグ、お前も加わってくれたら心強い……」


 聞いているうちにデファーグはまるで頭痛でも覚えたかのように頭に手をやった。


「……ダメか?」


 問われたデファーグは手を降ろし顔をあげた。


「……ティフ、アンタは大事なことを忘れている」


「……何をだ?」


 訊き返してくるティフにデファーグは憂鬱そうな顔を向け、人差し指を向ける。


聖遺物アイテムだ」


 デファーグの指摘にティフはそのことを言い忘れていたことを思い出し両眉を持ち上げた。が、デファーグはそのまま続けた。


「一番最初に捕まったメークミーがレーマ軍に聖遺物アイテムを没収されてたって話はスワッグから聞いていただろ!?

 アンタだって捕まれば取り上げられるぞ。

 人質にとられるんだ!

 そうなったらアンタは没収された聖遺物アイテムを諦めて脱走できるのか?

 ……なにがおかしい!?」


 言ってる途中で声をあげずに笑い出したティフにデファーグは眉をしかめる。いたって真面目な話を、それもティフのことを心配して言っているのに笑われねばならないいわれは無い。


「いや、すまん。

 言い忘れてたがそれも大丈夫だ」


 珍しく苛立いらだちを露わにするデファーグに悪いとは思いつつも、ティフはデファーグを安心させるためもあってあえてそのままの調子で答えると、デファーグは訝しんだ。


「大丈夫?

 聖遺物アイテムを失うかもしれないんだぞ!?」


「大丈夫さ!

 持って行かなきゃいいんだ」


 何を言ってるんだ!?……ティフの答えにデファーグはそれまで以上に顔をしかめ、大きく身を乗り出す。デファーグの乗っていた馬が騎手の体重移動に反応してティフの方へ勝手に寄って行ってしまう程だったが、デファーグは慌てて姿勢と馬の進路を戻した。


「持って行かないだって!?」


「ああ、捕まった時に取り上げられないよう、聖遺物アイテムはもう全部外してスワッグに預けた。

 ほら、今の装備は全部イミテーションさ」


 ティフはそう言うと外套をはだけさせ、身に着けている装備類を見せつける。

 彼ら聖貴族たちにとって聖遺物は大事な財産だ。紛失はもちろん、傷つけることも汚してしまうことも嫌う。だが、この世界ヴァーチャリアでは決して再現できない魔法効果を持つ聖遺物は貴重ではあるが使わなければ意味が無い。というより、せっかく手にしているのだから使いたい、使って父祖のような英雄的活躍をしたいとも思っていた。そのためには聖遺物の使い方も練習しなければならない。

 しかし、貴重すぎて傷つけることも汚すことも躊躇ためらわれる物を、たかが練習のために使うのは勿体もったいない。そこで、本物そっくりの偽物イミテーションを作らせ、普段はそれを身に着けるのだ。ティフがファドに与えた鋼鉄製の舶刀カットラスもそのようにして作ったイミテーションである。

 イミテーションとはいえ本物を使うための練習用であり、式典などの公式行事でも身に着けていくため見た目も重さも使った時の感触も本物そっくりに作られている。ムセイオンにいる世界でも一流の職人に、わざわざ本物を見せて同じように作らせているんだから素人目には本物と見分けがつかない。いや、そもそもこの世界では鉄という素材そのものが同じ重さの黄金と同じくらいの価値があるのだから、偽物とはいえ鋼鉄で作られた刀剣は貴族ですらおいそれと手が出ないほどの高級品だ。職人ではなくともデファーグ程の剣士ならば、鞘から抜き去って刀身を直接見れば見分けがついたかもしれないが、鞘に収まったままの状態ではさすがに見分けがつかなかった。


「いつの間に……」


 デファーグは思わず呆れる。


「ついさっき、スワッグを後ろへ送る直前だ。」


 デファーグは単に呆れただけで別に本気で質問したつもりは無かったがティフは得意げに答えた。雪がちらつき始めて寒くなったのか開けた外套の前を閉じる際、ベルトに取り付けたままの魔法鞄マジック・ポーチの存在を思い出す。


「手元に残してる魔導具マジック・アイテムの中身は使い捨てにして良い物だけだ……あっ!」


 その魔法鞄は不壊ふかい特性があって壊れる心配がないため普段使いしていた物であり、普段からそこにあるのが当たり前になり過ぎていたためにその貴重さ、レーマ軍に没収される可能性についてすっかり忘れていた物だった。


「どうした?」


「いや……ああ、この魔法鞄マジック・ポーチは違うか……まあいいや、魔法鞄マジック・ポーチくらい同じのがまだいくつかあるんだ。

 一つや二つ、今回の成功のためなら犠牲にしたって構わないさ」


 同じ魔法鞄は聖遺物であり魔導具の一種ではあるが、大戦争後も生き残っていた錬金術師たちによってある程度生産が継続されていたため、ムセイオンの聖貴族の間では一般的な物でありデファーグも同じ物を持っていた。貴重な魔導具ではあるが、うっかり忘れてしまうのは分からないではない。しかし……


 大丈夫なのか、この人?


 デファーグもついティフを心配してしまうのはどうしようもなかった。が、ティフがここまでやっているというのは本気なのだろう。


「……じゃあ、本気なんだな?」


 覚悟を尋ねるデファーグに、ティフは笑顔を抑えて答える。


「当然だ」


「考え直せ。

 リスクが大きすぎることは俺でも分かるぞ」


 それはデファーグからの最後の警告なのかもしれない。真剣な声と眼差しに、ティフは顔の遺していたわずかなはにかみをも消して答える。


「承知の上だ。

 『虎穴に入らずんば虎子を得ずナッシング・ベンチャード・ナッシング・ゲインド』って言うだろ?」

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