第941話 活路

統一歴九十九年五月十日、未明 ‐ ブルグトアドルフ近郊/アルビオンニウム



「だ、ダメだぁ!」

「効いてねぇ!全然効いてねぇぞクレーエ!!」


 盗賊たちは悲鳴をあげた。クレーエの号令に従って最も接近していた一体のマッド・ゴーレムに集中攻撃を加えたのだが、煙が晴れた後に見えたのは相も変わらずノッシノッシと、ゆっくりだが着実に接近を続ける銃撃前と全く変わらないマッドゴーレムの姿だった。


「うるせぇ!

 泣き言は当ててから言いやがれ!!」


「当てたよ!当てたさ!

 当たったよなぁ!?」

「当てた!当てたぞクレーエ!!

 俺の弾は間違いなく当たってた!!」

「俺もだ!俺の弾だって当たってた!」


 わめきながらも盗賊たちがその場に留まっているのは彼らの豪胆ゆえではない。既に腰が抜けて動けなくなっているか、あるいはマッド・ゴーレムが自分たちの方を向いていないからかのどちらかだろう。意図せずマッド・ゴーレムたちの側面から攻撃できたのは、彼らにとっての幸運だったといって良いかもしれない。


「そんなのわかるもんか!

 わめく暇があったら早く次の弾込めろ!」


「こんな鉄砲、効かねぇって言ってるだろ!?」


 本来なら「お前らの目なんかアテになるもんか」で済ますことも出来たかもしれない。何せ眩しいほど月が輝く満点の星空とはいえ、彼らが居るのは光も届かぬ森の中だ。手元さえ見えない暗闇で鉄砲が当たったかどうかなど分かるはずもないのだが、今の盗賊たちはエイー・ルメオによる暗視魔法をかけてもらっていたため昼でも暗い森の夜でも真昼のように見通すことが出来ている。現にクレーエ自身も、石を投げても当たるかどうかという距離にいる彼らのうち、誰が銃の弾を込めはじめていて誰が弾込めもせずに泣き喚いているかが手に取るように見えていた。


「効かなくてもそれよりマシな武器なんざねぇんだ!

 何もしないまま死ぬ気じゃねぇんなら弾込めろ!

 弾込めたらとっとと移動だ!

 大将からはぐれたらどうなっても知らねぇぞ!?」


「こんなの牽制にもなりゃしねぇって!」

「弾と火薬の無駄だぜ、このまま売っちまった方が金になる!」


 クレーエにドヤされた盗賊たちはブツクサ不平を口にしながらも弾を込める。その手つきは本職の軍人たちに比べれば不格好で決してスムーズではなかったが、それでも数日前に初めて鉄砲を手渡された時から比べればだいぶマシになっていた。


 チッ、文句ばっか達者たっしゃになりやがって……


 ひとまず盗賊たちが言うことを再装填作業を始めたのを見届けたクレーエは、自分たちの上司でもある『勇者団』ブレーブスの二人へ視線を移した。一度はクレーエに追いついたエイーだったが、迫り始めたマッド・ゴーレムを牽制するために盗賊たちに銃撃させるべくクレーエが離れたため、両者の距離は再び開いてしまっている。だが、エイーの様子はこの場でクレーエたちと再会した直後に比べればだいぶ落ち着いていた。《森の精霊ドライアド》のおかげである。


「《森の精霊ドライアド》様だと……!?」


 ほんの数分前……何でクレーエたちが都合よく駆け付けたのか、何でクレーエがこちらの事情を知っている風だったのか、問いかけに対するクレーエの答を聞いたエイーはペイトウィン・ホエールキングに肩を貸したまま愕然としたものだ。

 クレーエにとってそうだったように、エイーにとっても《森の精霊》との邂逅かいこうぼうきゃくの彼方へ葬り去りたい事実だったのだろう。クレーエと違ってエイーは《森の精霊》のせいで大切な仲間ナイス・ジェークを失う失態を冒してしまっていたし、そのことに責任を感じてもいたのだ。だが、だからと言って《森の精霊》は『勇者団』が束になっても敵わないほど強大な存在であり、知らなかったとはいえそのような者相手に無謀な戦いを仕掛けた結果、当然のように負けたのだ。その責任など誰であろうととれるようなものではない。克服のしようのない失敗はエイーをして無意識のうちに《森の精霊》を精神的に拒絶せしめていた。《森の精霊》から貰った木の枝がどうやら結構凄い魔導具マジック・アイテムだとペイトウィンに見立ててもらったにもかかわらず、あえて装備していなかったのもそれが理由である。

 が、グルグリウスの襲撃という予想だにしなかった危機にクレーエが助けに駆け付けたのは、他でもない《森の精霊》からの指示だったのだ。あの夜、生贄にされそうになったクレーエは生き延びるために口八丁手八丁で言い逃れ、エイーを巻き込んで口車をろうした結果、エイーとクレーエは共に《森の精霊》の“友達”になっていたのだ。当然、クレーエもエイーも“友達”なんてものはその場限りの方便だと了解していたのだが、《森の精霊》はそうではなかった。自分の領域に隣接する森の中でエイーがグルグリウスに襲われていることを察知するや否や、《森の精霊》は念話でクレーエにエイーを救出するよう指示をだしたのだった。


 エイーのその事実に対する受け止めはかなり複雑である。彼にとって《森の精霊》は間違いなく“敵”であった。友ナイス・ジェークを奪った挙句、レーマ軍にその身柄を引き渡したのだ。おまけに本気で戦いを挑んだスモル・ソイボーイやスワッグ・リーをいとも簡単に無力化した絶対強者でもある。ある程度はナイスの自業自得だったとはいえ、エイーを守るために自ら犠牲になったナイスをレーマ軍に売り渡した《森の精霊》をエイーは簡単に許すことはできない。かといって《森の精霊》に敵わないのは既に述べたとおりであり、ある程度自業自得だったということも踏まえれば、ナイスを失った事実に対する責任感、そしてその責任感ゆえに生じたいきどおりはどこにも向けることが出来ず、必然的にエイーの内へと向かわざるを得なかった。ところが行き場を失った憤り、その元凶である《森の精霊》によって今度は自分が助けられようとしている。それはエイーの自尊心を傷つけるものだった。

 《森の精霊》は“敵”だ。親友ナイスを襲い、傷つけ、捕まえ、売り払った許されざる“敵”だ。なのに、その“敵”に自分は助けられようとしている。それを受け入れるのはエイーにとって酷く卑怯であるように感じられた。自らを犠牲にして守ってくれたナイスに対する裏切りではないのか?《森の精霊》の助けを受け入れ、それに甘えることに、そうせざるを得ない自分に、エイーは何か世界そのものが音を立てて崩れていくかのような衝撃を受けていた。


「とにかくルメオの旦那ヘル・ルメオ、《森の精霊ドライアド》様から貰った杖、あれを手に取ってください。

 そうすりゃ《森の精霊ドライアド》様と直に話をすることができまさぁ。」


 クレーエは一通り説明すると最後にそう言った。《森の精霊》は何度もエイーに念話で話しかけていたのだが、エイーには届いていなかったのだそうだ。だが、《森の精霊》から貰った木の枝……『癒しの女神の杖ワンド・オブ・パナケイア』を手に取ればクレーエのように魔法の素養のない素人であっても《森の精霊》と念話で会話することが出来る。

 エイーは逡巡した。先述したように《森の精霊》はエイーにとって“敵”だったし、“敵”と慣れ合うことはナイスに対する裏切りであるように思えてならなかったからだ。しかし、ペイトウィンに横から「言われた通りにしてみろよ」と言われ、やむなく自分の魔法鞄マジック・バッグから《森の精霊》から貰ったワンドを取り出し、《森の精霊》といくつか簡単な会話をすることでひとまず心に抱いていたわだかまりを隅に追いやる程度のことはできたのだった。


 以後、エイーはナイスへの裏切り云々うんぬんはさておき、《森の精霊》の好意を受ける形で行動している。それはペイトウィンからの指示でもあったし、状況的にそうせざるを得ないということもあってのことだったが……

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