第1202話 消化不良
統一歴九十九年五月十一日、朝 ‐
「噂には聞いていましたが、宗派が違うというだけで死を
スカエウァが薄笑いを浮かべて首を振る。特に馬鹿にしたという風でもなく、呆れているという風でもなかったが、ナイスとメークミーは少し
「そうか?
レーマでも神を
「ああ、聞いたことあるぞ。
ウェスタの処女とかいう奴らは、純潔を失うと生き埋めにされるんだろ?」
家政を
二人から相次いで質問され、スカエウァは自分が失言してしまったことに気づいた。しかし、今更吐いてしまった言葉を引っ込めるわけにもいかず、弁明するように答える。
「ああ、それは……女神ウェスタに立てた誓いを
宗派が違うからというのとは違うのではないですか?」
スカエウァが答えるとナイスとメークミーは互いに顔を見合い、すぐにスカエウァに笑いかけた。
「同じことだろ?」
「何故ですか?
ウェスタの処女は神に立てた誓いを破るから死を賜ります。言ってみれば神を裏切っているんです。
宗派が違うっていうのとは違うんじゃないですか?」
「キリスト者にとっちゃ同じなのさ。」
「……申し訳ありません。
「たとえばある宗派では聖職者の結婚は認められているが、もう一つの宗派では聖職者の結婚は認められていない。
認められている宗派の聖職者からすれば結婚は当たり前のことだが、認められない宗派からすると聖職者が結婚するのは神への信仰を
「でも、宗派が違うのでしょう?
違う教えを信じているのだから、それぞれが信じているようにすればよいのでは?」
ナイスとメークミーはハハッと小さく、短く笑った。
「違う教えを信じているから許せないのさ。」
スカエウァは二人が何を言いたいのか分からず、困った様な苦笑いを浮かべて無言のまま首を振った。
「お前はさっき言ったな、ウェスタの処女が誓いを破ったら生き埋めにされるのは仕方ないと。」
「……ええ、まあ、はい。」
「じゃあ、同じ女神ウェスタを
何を言い出すんだこの人は……スカエウァは愛想笑いを残しながらも顔を
「いや、そんなの認められないと思いますが……」
「それさ!」
ナイスがすかさずスカエウァを指差す。
「キリスト教の宗派も言ってみりゃそれなんだよ。
信じている神は同じなら聖典も同じ……だけど、信仰の仕方や考え方がちょっとずつ違うんだ。違う宗教じゃなくて同じ宗教なのに、考え方が違う。やり方が違う。だから間違ったやり方で祈りを捧げている奴らが気に食わないのさ。」
スカエウァは苦笑いを保ちながらも口をへの字に結んだ。ナイスの言う理屈は分からなくもない。おそらくキリスト教の現状を正しく比喩して見せているのだろう。だがスカエウァには納得が出来ない。
なら、違う宗派が存在していること自体が間違いなんじゃないのか?
同じ聖典を読み、同じ神を信じているなら考え方とか祭祀の仕方なんて同じじゃなきゃおかしいだろ?
違う考え方が出来るってことは、そもそも誰かが教えを間違えて広めてしまったってことなんじゃないのか?
スカエウァはその考え方自体が宗派間対立が過激化していく原因そのものだとは気づいていなかった。
ナイスはスカエウァがまだ理解していないようだと思い、話を続ける。
「たとえば離婚とかどうだ。
キリスト教では離婚を認めてない宗派があるんだ。
結婚は神に誓いを立ててやるから、離婚するってことは神に立てた誓いを破ることになっちまうんだ。
な、ウェスタの処女が純潔を守らなきゃいけないのと、離婚が許されないのは同じ理屈だろ?
だけど離婚を許す宗派もある。
離婚を許さない宗派の連中から見たら、神に誓いを立てて結婚したくせに離婚しちゃう奴らは神を冒涜してることになっちまうのさ。」
「……だから、同じキリスト教徒同士で戦ってるんですか?」
大戦争の後、啓展宗教諸国連合は事実上崩壊している。加盟国同士での内輪もめが始まり、小さな戦争が繰り返されている。今やレーマ帝国を相手に一丸となっていた結束はどこへやらといった有様だ。おかげでレーマは西以外の方面へ戦力を向け、版図を広げ続けることが出来ているのではあるが……
「……そればかりが理由ではないだろうがな。」
朝っぱらから妙に挑発的なナイスに違和感を覚えつつ、メークミーが答える。
「まあ、それを理由に殺し合ってる奴らも確かに居るさ。
狂信者って奴だな。
でも、だいたいは戦いの大義名分に使ってるだけだ。
レーマだって、チョクチョク内戦をしてるって聞いてるぞ?」
メークミーが指摘したようにレーマ帝国も一枚岩では断じてない。現在のアルトリウシア領主ルキウス・アヴァロニウス・アルトリウシウス子爵の祖先は現在のアヴァロンニア属州の出身氏族だが、彼らがレーマの軍門に降って傭兵として帝国南端に送り込まれたのは大戦争終結後の話だ。
「それは否定できません。」
「王侯貴族ともなりゃ血を分けた肉親同士で殺し合うことだってあるじゃないか。
それが赤の他人、おまけに国や民族が違うってんなら、いくら同じ神を信じ、同じ教えを信じてたとしても、それで争わないってことにはならないさ。」
メークミーはパンにバターを塗り始める。スカエウァとしてはキリスト教徒が宗派が違うというだけで殺し合うという点に疑問を抱いていたのだが、メークミーには上手くはぐらかされた形となった。
ナイスは一連の話が消化不良だったらしい。バターを塗り終えたパンを口へ放り込むメークミーを不満げにジトッとした目で見つめ、フンッと小さく鼻を鳴らしてシチュー皿から羊肉を
何か、お気に召さないことでもあったんだろか……
スカエウァは急に笑みを消して黙りこくったナイスに不安を覚える。心配そうにナイスの表情を伺うスカエウァに気づいたメークミーは、ナイスが大人しくしているうちに話題を変えようと話し始めた。
「これからの話をしようじゃないか。
俺たちは今日、アルトリウシアとやらへ行くんだろう?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます