第1203話 見透かされている本質

統一歴九十九年五月十一日、朝 ‐ グナエウス砦ブルグス・グナエイ/アルビオンニウム



 宗教に限らないが、真面目に取り組みすぎている人がいるような話題は軽々しく扱わない方がいい。出会って間もない相手に宗教の話を、しかも特定の宗教の負の側面について話すなど、遊び半分に地雷原へ脚を踏み入れるようなものだ。政治、宗教、思想信条などの話題は、相手がどういう人物かもわからないうちは控えるのが良いだろう。そうした用心も無く、大して親しくもない相手にそのテの話をし始める人間にも用心した方がいい。そういう人はまず間違いなく他人の話を聞こうとはしない。自分が言いたいことを言いたいだけな場合がほとんどだ。自分に都合のいい反応以外は受け付けないし、自分にとって都合の悪い話をしてくる相手には憎悪を向けてくるだけだろうからだ。


 今のナイスがそういう人物だとはメークミーは思いたくはなかった。メークミーの知る限り、ナイスはどちらかというと政治だの宗教だの哲学だの思想信条だのといった話題を胡乱うろんに感じるタイプだったはずだ。政治だの宗教だのといった話を誰かがし始めると、小うるさそうに苦笑いを浮かべ、なんとか誤魔化しながら静かにそのまま距離を置こうとするのがメークミーの知るいつものナイスだ。

 そのナイスがスカエウァ相手に宗教の話を始め、次第に声を荒げはじめていた。話し方もどこか挑発的だった。あのまま話を続けていればそのまま激昂してスカエウァを罵倒しはじめたかもしれない。


 正直言ってNPCスカエウァがどうなろうと知ったことではない。スカエウァはムセイオンの聖貴族に取り入ろうとするNPCの典型みたいなやつだ。だがスカエウァはメークミーとナイスの二人の面倒を見る責任者であり、彼との関係がこじれれば二人の立場は悪くなってしまうだろう。今、二人はレーマ軍に囚われた捕虜であり、命よりも大事な聖遺物アイテムを取り上げられてしまっているのだ。カエソーの機嫌を損ねればどういう目に合うか、分かったものではない。

 スカエウァを守るためというよりもナイスを、そして自分自身を守るためにメークミーは話題を変えた。アルトリウシアはアルトリウシア子爵の治める子爵領の領都……こんな山の上の砦なんかよりずっと良い目を見ることが出来るだろう。話題が明かるいものに替われば、何故か不機嫌になってしまったナイスも機嫌をよくするかもしれない。

 しかしスカエウァの答えはメークミーの期待に必ずしも沿うものではなかった。


「あぁ、それなのですが……」


 スカエウァは困った様子で口籠くちごもる。


「なんだ、アルトリウシアに行くのではなかったのか?」


 彼らはそう聞かされていたし、グナエウス街道はアルトリウシアとシュバルツゼーブルグを繋ぐ街道で、その途中には街らしい街は無い。であれば彼らはアルトリウシア以外に行く場所は無いはずだ。


「はい、その……アルトリウシアへは行くのですが、それがしばらく先になりそうなのです。」


 メークミーは顔をしかめ、ナイスは何かを思い出したように笑みを浮かべる。


「つまり、今日はこのままこの砦で過ごすのか?」


 困惑を絵に描いたような顔でメークミーが尋ねると、スカエウァは「そうです」と答えた。


「しばらくと言ったが、いつまでだ!?」


「申し訳ありません。

 私にはわかりません。」


「何だそれは、理由は何だ!?」


「それは、その……」


 スカエウァは言いよどんだ。その答をもちろん知っているが、どこまで二人に教えていいかは聞いていない。昨夜、カエソーに便宜べんぎを図りすぎると苦言を呈されたばかりだというのに、ここでベラベラと全てを話してしまえばスカエウァの立場はますます悪くなってしまう。

 正直言って昨夜のカエソーの決定と話はスカエウァにとってショックだった。役目が上手くいっていないという自覚はもちろんあった。なるべく二人に良くし、二人に認めてもらって信用を得よう……そうすればサウマンディアにとっての利益になるし、スカエウァ個人にとっても功績となるだろう……そう考えていた。だが実際には彼は空回りしてばかりであった。

 メークミーに便宜を図ろうとすればカエソーに却下され、それどころか不興を買ってしまう。ナイスもまた何が気に入らないのか、スカエウァに対して意地悪く接することが多い。メークミーは比較的冷静に接してくれているが、親密になれたかというと決してそういうこともない。どうも距離を置かれてしまうのだ。

 配下の神官たちからの報告では、二人はスカエウァに対して信用どころかむしろ不信感を抱いていることが分かっている。英語の分からないフリをさせている下級神官たちの前では、二人は英語で普通にスカエウァに聞かせたくない話もしてくれるからだ。

 しかし、二人が自分に不信を抱いているらしいと分かったからと言って何か解決の糸口が見いだせるかというとそうでもない。二人が不信感を抱いていることを実は知っていると、二人に悟られかねない言動は出来ない。まさか自分が配下の神官たちに英語が分からないフリをさせて二人の会話を盗み聞きしていたなどと知られれば、二人の不信感は決定的なものとなるだろう。となると地道に歩み寄る姿勢を見せ続けるしかないが、だがそのために彼に使えるカードはほとんどない。せいぜい、食事を良くしてやるくらいだ。

 だがそれも限界がある。いつの間にか食料が配給制になってしまっているアルビオンニア属州での食材の手配は難しい。まして二人の身分を隠した状態で上級貴族パトリキ用の高級食材の都合をつけることなどまず無理だ。上級貴族用の食材など自身が下級貴族ノビレスの地位にあるような大商人でなければ扱ってないし、アルビオンニアのそうした大商人にスカエウァはコネがあるわけではない。

 さして親しくもない下級貴族に現状で流通が限られている商品を「何も聞かずに都合つけてくれ」などと頼んだところで「はいそうですか」とすぐに聞き入れてくれるわけもない。伯爵家の名前でも出せば多少の無理は聞いてくれるだろうが、さすがに他所の属州で伯爵公子の一行が高級食材を求めていると噂が広まれば、カエソーが同行させている「ムセイオンから見聞を広めるために来た遍歴の学士」ということになっているメークミーとナイスの二人に不必要に注目を集めることになってしまうだろう。

 結局、カエソーとルクレティアの名前を借りて食材を調達する他ないのだし、実際そのようにしていたのだが、それも昨夜無駄遣いしすぎだと釘を刺されてしまった。カエソーがケチなのではない。上述したように、高級食材を買い求めすぎて悪目立ちするわけにはいかないのだ。


 何も出来ていない。二人の信用を得るにも至らず、それどころかカエソーから不信の目をああもあからさまに向けられてしまった。さすがのスカエウァもこれ以上自分の立場を悪くしてはと危機感を抱くようになったのだ。


 なんとか挽回せねば……でなければこのまま本当にペイトウィンホエールキング様の御世話をいつまでも任せてもらえないことになってしまう。


 現状に危機感は抱いていても、自分自身に問題があることにはスカエウァはまだ気づいていなかった。そのスカエウァに冷笑を浮かべたナイスが話しかける。


「おい」


「な、なんでしょうかナイスジェーク様?」


 ナイスは手に持っていたフォークを降ろすと、スカエウァの方に身を乗り出した。


「お前が何か隠し事をしていることぐらい、俺たちは知っているぞ?」


「か、隠し事!?」


 ナイスはスカエウァの先ほどまでの動揺を違う意味で受け取っていた。


「ああ、新たに『勇者団』ブレーブスの誰かが捕まったんだろう?」

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