第1204話 スカエウァの白状

統一歴九十九年五月十一日、朝 ‐ グナエウス砦ブルグス・グナエイ/アルビオンニウム



 それは昨夜、ナイスがこれまでの状況から導き出した予想にすぎなかった。だが、それを導き出したナイス自身からして、それははなはだ信じがたい事実だった。

 ペイトウィンは『勇者団』で最強の魔法攻撃職である。ムセイオンにいる他の聖貴族たちと比べても、こと攻撃魔法の分野では最上位の実力者であることは間違いなかった。そのペイトウィンがレーマ軍に捕まる……それを予想したナイス自身が自分で自分の考えを疑ってしまうのも無理はないだろう。

 だがここへ来てスカエウァにカマをかけてみてその反応を見る限り、その信じがたい予想が事実であったと確信せざるを得ない。

 もちろん、スカエウァは神官たちの報告から二人がペイトウィンが捕まったらしいと予想をしていたことは知っている。そのことに対して二人がどのような感想を抱いていたかも報告を受けて知っていた。だが、スカエウァの理解では、それはただの予想であって、二人はペイトウィンの所在について知っているわけではないはずだった。だが、今のナイスの話では、二人は既にペイトウィンの魔力を感知してしまっているという……。


「ど、どうなんだ?」


 メークミーが改めて尋ねると、スカエウァはハッとしてメークミーの顔を見、それからようやく諦めたように答えた。


「お、恐れ入りました。

 ナイスジェーク様の仰せの通りにございます。」


 やっぱりかぁ~・・・・


 今度は二人が溜息をつく番だった。二人の反応にスカエウァは慌て始める


「も、申し訳ありません!

 御二人に隠すつもりがあったわけではないのです!

 ただ、私としてもカエソー伯爵公子閣下にあまり余計なことは話すなと口止めをされておりまして……あと、どこまで御二人にお話しして良いのか、私ではまだ判断が付きかねるところもございまして……」


「「ああ~~いい、いい」」


 弁明を始めたスカエウァに対しナイスとメークミーは奇しくも同じタイミングで同じ反応を示し、スカエウァを黙らせた。


「まさかとは思ったが……」

「よりにもよってペイトウィンホエールキング様か……」


 ナイスは自分たちは互いの魔力を感じることが出来ると言ったが、それは半分本当、半分はハッタリだった。確かに彼らは互いの魔力を壁越しでも察知することができる。このグナエウス砦ぐらいの敷地の中に居れば、誰がどこにいるか見当をつけることもできただろう。だが、それは通常ならばの話だ。

 実際のところ、ナイスはペイトウィンの魔力を特定できていたわけではなかった。ペイトウィンは魔導具マジック・アイテム『魔力隠しの指輪』コンスィール・マジックを装備していたので、強い魔力を誇るハーフエルフながら常人よりも少し強い程度の魔力しか発散していない。しかもこの砦の中は人があまりにも多くいて、その膨大な雑音ノイズの中に紛れていた。おまけに強力な《地の精霊アース・エレメンタル》が存在していた上に、昨日からはペイトウィンを連れて来たグルグリウスも滞在しているため、その大きすぎる魔力の気配の中では、いかなペイトウィンと言えどもその存在感は極端に小さなものにならざるを得なかったのである。

 多分、今のままの状態ならペイトウィンよりもナイスの方がよっぽど検知しやすいだろう。ナイスはブルグトアドルフの森で捕まった際、『魔力隠しの指輪』をエイー・ルメオに貸したままになっていたからだ。


「え、えと……ナイスジェーク様? メークミーサンドウィッチ様?」


 二人の様子にスカエウァは逆に戸惑ってしまう。魔力を感知してペイトウィンだと特定したという割に、スカエウァの答えに衝撃を受けたいるようだったからだ。


「で、ペイトウィンホエールキング様は御無事なのか?」


 どこまで話していいか分からない……だからスカエウァは当初、少なくともカエソーが二人に話して良いというまではペイトウィンについて話さないでいるつもりでいた。が、ここに至って尚も知らないフリをするのは、聖貴族に対する不敬になってしまうだろう。

 スカエウァはカエソーと聖貴族を天秤にかけ、どうせ既に知られているのならばと話すことにした。


「は、はい……ペイトウィンホエールキング様はお元気でいらっしゃいます。

 今朝は、カエソー伯爵公子閣下と朝食ブレイク・ファストを共にしておいでです。」


 ナイスは何か言いたげに口を開けたが、すぐにそっぽを向いてフゥーッと言おうとした言葉を溜息に替えて吐き出す。スカエウァはそちらへ気をとられたが、メークミーが直ぐに次の質問を続けた。


「捕まったのは、ペイトウィンホエールキング様御一人なのか?

 ハーフエルフ様が御一人でおられるはずがない、供をする者が居たはずだ。

 誰か一緒に居なかったのか!? そいつはどうなった?」


「も、申し訳ありませんが、どこでどうやって捕まえられたのかまでは、私もまだ聞いてないのです!」


 メークミーはスカエウァの顔をジッと見たまま口をへの字にして息を飲み、その後何かを諦めたかのように鼻から溜息を吐いた。それを横目で見たナイスが代わって尋ねる。


ペイトウィンホエールキング様を捕まえたのは何者だ?」


 その質問こそ本当に答えて良いのかどうかスカエウァは迷った。『勇者団』はまだ全員が捕まったわけではなかったし、グルグリウスはおそらくこれからも『勇者団』対応でレーマ軍に協力して活躍することになるだろう。つまりレーマ軍にとっての重要な戦力であり、彼の存在は軍事情報に含まれることになる。それが無かったとしてもグルグリウスのことはリュウイチやルクレティア、そして《地の精霊》と同様に秘さねばならないことになっているのだ。だが、躊躇ちゅうちょするスカエウァにナイスが「答えろ!」と語気を強めて促したことと、どうせグルグリウスはペイトウィンの世話係を務めることになったのだから隠したところで遠からず知られてしまうことになるだろうと判断したスカエウァはその名を告げた。


「グ、グルグリウス様です。」


のど男グルグリウス~?」


 その奇妙な名前に二人はそろって眉をひそめた。


「誰だソレは?

 人間なのか!?」


 メークミーがすかさず尋ねる。


「妖精です!

 《地の精霊アース・エレメンタル》様の眷属で、グレーター・ガーゴイルという種族です。

 恐ろしく強大です!」


 一度名前を教えてしまったせいか、それまでの言い渋るような様子とは打って変わり、今度は立て板に水のごとくスラスラとスカエウァは教えてしまう。それは言い渋っていた事に対するスカエウァの後ろめたさの反動みたいなものだったのだが、二人はむしろスカエウァがグルグリウスという強力な後ろ盾の存在を強調して二人に警告を与えているような印象を持った。それに反射的に反発したナイスが、顔に冷笑を浮かべ吐き捨てる。


「そりゃそうだろう。

 ペイトウィンホエールキング様が捕まるほどだ。

 半端な強さじゃないだろうさ。」


「昨夜感じた魔力はひょっとしてソイツか?

 また《地の精霊アース・エレメンタル》が力を使ったのかと一瞬思ったが、今思えば別の魔力だったかもしれない……」


 誰に言うでもなく独り言ちるメークミーを無視し、ナイスは自分の椅子に背もたれに身体を預け、チーズの欠片を手で摘まみ取った。


「それで、そのグルグリウスとやらは今どうしてるんだ?

 まだここに居るのか、それとも他の『勇者団』ブレーブスを探しに行っちまったのか?」


 誰の方も見ずにそう問うだけ問うと、本当はそんな質問の答なんかまるでどうでもいいことであるかのように手で摘まんだチーズを自分の口へ投げ入れる。そしてそのまま背もたれに体重を預け、椅子を後ろに傾けるほど仰け反って天井を見上げながらチーズを咀嚼そしゃくしはじめた。

 そのような様子を目の当たりにしてはスカエウァも真面目に答える気を失くしてしまいそうになるが、それでも相手の身分、自分の立場を考えると答えざるを得ない。スカエウァにとって受け入れがたい事実ではあったが、正直に答えた。


「……グ、グルグリウス様はフォートに御滞在です。

 そのまま、ペイトウィンホエールキング様の御世話をすることになりました。」

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