第963話 空振り!?

統一歴九十九年五月十日、未明 ‐ グナエウス街道第五中継基地スタティオ・クィンタ・ウィア・グナエウシイ前/西山地ヴェストリヒバーグ



 目当ての中継基地スタティオを見つけて戻ってきたジェットの案内を頼りにたどり着いた先には確かにレーマ軍の中継基地が存在していた。

 頑丈そうな柵に囲まれ、真夜中だというのに正門前には篝火かがりびが焚かれていてレーマ軍の軍装に身を固めたホブゴブリンの立哨りっしょうが立っている。霧のためハッキリとは見えないが、さほど広くも無い敷地の中に見張り塔や兵舎、厩舎らしき建物の影がぼんやりと見えており、規模や設備からみてレーマ軍の中継基地で間違いないだろう。しかし……


「……ここ……なのか???」


 ティフは思わずつぶやいた。てっきり喜んでくれると思っていたファドにとって、唖然としているティフの様子は意外そのものだった。


「ここの他にはございませんが?」


「ジェットが見つけ、ファドがこう言ってるんだ。

 他にはあり得ないぞ!?」


 恐る恐る答えるファドをペトミーがすかさず庇うと、ティフは慌てて釈明する。


「あっ、いや、ファドを疑うわけじゃないんだ。ただ……」


「ただ、何だよ!?」


 せっかく付き合ってやっているのにここまで来て「コレジャナイ」とか我儘わがままを言いだしそうなティフをペトミーは問い詰めた。

 ティフは仲間たちにかなり無理を強いてここまで来ている。体力の限界を超えて酷使され続けた馬たちは支援魔法や回復魔法のかけすぎで魔獣化モンスタライズ寸前にまでなってしまった。馬たちはスワッグやソファーキングに預けて先に帰らせたが、なおも前進を続けようとするティフに付き合ったペトミーとファドは濃霧の山中で危うく遭難するところだった。これだけ周囲に無理をさせて我儘を通してやっとたどり着いたというのに、今更違うなどと言われては付き合った方はたまったものでは無い。

 しかしティフはペトミーが懸念した通りの回答を始める。


「ただ……その、魔力を感じなくないか?」


 ティフはルクレティア・スパルタカシアを追って来た。ルクレティアが使役するという《地の精霊アース・エレメンタル》のせいで『勇者団』ブレーブスの活動が著しく阻害されてしまっているからだ。当初は自分たちの実力でどうにかしようと考えていたティフたちだったが、《地の精霊》はどうやら自分たちが思っていたよりずっと強力な存在らしく、とてもではないが敵いそうにない。ここは素直に話し合いをし、精霊エレメンタルたちによる妨害をしないように何とか交渉を試みよう……そう思ってのことだった。

 そしてここにルクレティアが来ているらしいという情報を掴み、無理を承知で強引にここまでやってきた。が、来たはいいがルクレティアが滞在しているらしいという中継基地からは魔力を感じない。ルクレティアには強大な《地の精霊》が付いている筈なのだ。その《地の精霊》の気配……魔力が何故か一切感じられないのである。

 ティフに言われたペトミーは改めて注意を払った。だが、ティフが言ったように《地の精霊》の魔力を全く感じない。せいぜい、間近に居るティフとファドとジェットの魔力が感じられる程度だ。


「あれ……ホントだ……」


「だろ!?」


 今まで三度、ティフとペトミーは共に《地の精霊》と対峙している。最初はおそらくブルグトアドルフの宿駅マンシオーに裏から潜入しようと試みた時、二度目はアルビオンニウムのケレース神殿テンプルム・ケレースを襲撃しようとした時、そして三度目はブルグトアドルフの近郊でルクレティアの車列を襲撃しようとした時……彼らが感じた《地の精霊》の魔力は独特だった。

 《地の精霊》の魔力は普通の聖貴族が発しているような、発信源を特定できるような明確なものではなく、霧のように漂い、いつの間にか周囲をやんわりと包み込んでいるような不思議な存在感だった。おかげで最初にブルグトアドルフの宿駅で撃退された時は精霊の存在に気づけなかったほどだ。妙な違和感のようなものは覚えなくも無かったが、しかしそれが精霊による魔法攻撃だったと気づいたのは撤退した後のことだ。

 二度目の神殿前で《地の精霊》のゴーレム軍団と戦った時もほとんど同じだった。さすがに二度目なので《地の精霊》が近くにいること自体には気づけたが、しかし戦っている間もずっとティフ達は《地の精霊》の居場所を特定することが出来なかった。前回同様、自分たちをいつの間にかふんわりと包み込んでいるような、まるで霧のような魔力の気配が四方八方から感じられ、どこに魔力の発生源があるのか明確な位置はおろか、だいたいの方向すら最後までわからなかった。

 三度目も同じである。これから《地の精霊》に守られたルクレティアを直接攻撃しようという時になっても、《地の精霊》の位置を特定することは全くできなかった。気配そのものは感じられたのに、どこら辺にいるか気づけなかった。そして、逆に自分たちの背後にゴーレムを送り込まれてしまっている。


 まったく《地の精霊》はティフ達とは格が違う存在だった。これまで、ティフはもちろん『勇者団』のメンバーの誰もそんな相手に会ったことは無い。位置を特定できないにも関わらず、向こうはこちらを確実に見つけ、こちらが対抗しきれない戦力を投入してくることが出来る。そんな相手に勝てるわけがない。

 だが、居場所を特定できないにしても、どうやらそこらへんに居るらしいという程度のことは気づくことが出来る。肉体を持たない精霊が存在する以上、魔力は必ず周囲に漏れるのだ。そして、それは発生源は特定できなくても最低限存在しているらしいという程度のことは察知できる。


 ところが今、ティフ達はその魔力を、精霊の気配を全く察知することが出来ない。ルクレティアが居るのなら、そこには《地の精霊》が居るはずであり、《地の精霊》が居るのであれば魔力が感じられるはずである。なのに魔力を感じられない。


「どういうことだ!?

 《地の精霊アース・エレメンタル》が居ないってことか?」


 先ほどとは逆にペトミーの方がいきり立ったように疑問を呈する。ここまで無理してティフについてきたのに無駄足だったとは信じがたい。納得できない。


「多分、そうだろ?

 魔力を隠蔽しているとも思えないし……」


 答えながらティフは考えを巡らす。


 これはいったいどういうことだ???

 魔力が感じられないということは《地の精霊》がここには居ないということだ。《地の精霊アース・エレメンタル》が居ないということはスパルタカシアも居ないということなのか?それともスパルタカシアが《地の精霊アース・エレメンタル》と別れ、その加護を失ったのか?


 後者の可能性はまず考えにくい。普通に考えて、ティフたちにとって展開だ。もしそうだと誰かに言われたら、ティフは真っ先にそれを言った人間を疑うだろう。罠としか思えない。


「まさかここもハズレってことか!?」


 信じられない……ペトミーは全身でそう告げていた。実際、ティフも信じられない。合理的に考える限り、ここにはルクレティアが居ないという答しか出てこないからだ。


 どういうことだ?

 じゃあ、スパルタカシアはどこへ消えた!?

 シュバルツゼーブルグからここまで、虱潰しらみつぶしに探したのに見つからなかったんだぞ!?

 まさか《地の精霊》の魔法で姿をくらましたのか?


 まさか自分たちがルクレティアを追い越していたとは気づかないティフは、むしろ罠か偽装の可能性を探りまくる。だが、ここまでの経緯を振り返っても、ルクレティア一行が隠れて居そうな場所はどうしても見出すことが出来ない。


「とにかく、ここを調べよう。

 ファド、中を調べてきてくれ。

 できれば、ここに来たという”パトリキの馬車”ってのを念入りに調べろ。」


 ティフが何かを押し殺したような声でそう言うと、ファドは低く「かしこまりました」と告げてジェット共に闇の中へ姿を消した。

 ダメ元である。おそらくルクレティアはここには居ないだろう……ティフは内心では既にそう結論付けていた。理由は分らないが、多分どこかで何か間違いがあったのだ。ただ、来た以上は手ぶらで帰るわけにはいかない。居ないなら居ないで、何故見つからなかったのか……その手掛かりくらいは見つけなければ、帰るに帰れないではないか。

 ティフはファドとジェットが消えた中継基地を睨み、爪を噛んだ。

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