第962話 ジェット
統一歴九十九年五月十日、未明 ‐
ジェット……元々はペトミー・フーマン二世の父ペトミー・フーマンのテイム・モンスターだった
黒妖犬がどういうモンスターなのかについては、実はファドはもちろんペトミーも詳しくは知らない。ペトミー・フーマンの父が《レアル》から連れて来たモンスターであり、
攻撃する際は普通の犬のように噛みついたり体当たりしたり引っかいたり蹴ったりというごく平凡な物理攻撃しかしないようだ。物理攻撃を無効化できるらしいというのは実際に刀剣類による攻撃がスカッと通り抜けたりすることがたまにあるからなのだが、しかし当のジェットは攻撃を察知すると必死で逃げたり避けたりするので完全に無効化できるわけではないか、あるいは何らかの条件で無効化できるのではないかと予想されている。
魔法攻撃に対しての耐性は全く謎だ。何せ世界に一頭しか存在しない貴重なモンスター、下手に攻撃して死なせてしまうわけにはいかなかったし、テイマーとしてはテイム・モンスターとの信頼関係は常に優先しなければならないからだ。実験で攻撃してみるなど裏切り行為でしかなく、決してあってはならないのだ。そして実戦においてもジェットは今までダメージらしいダメージを負った
性格も良く分からない。ファドやペトミーが観察した限りではその性格はまるっきり犬そのものであるが、誰にでも愛想を振りまくような人懐っこさがあるわけではない。かといって主人以外には目もくれぬほど忠誠心が高いというわけでもなく、主人であるファド以外の誰かに挨拶したり一緒に遊んだりといったことは普通にやるようだ。ただ、気に入らない命令は頑として聞き入れないし、餌をくれる相手にすぐに気を許すということも無い。一人で放置すると寂しくなって精神的に不安定になるということもなく、どこか猫のような自立心の強さを持っていたりもする。
何を基準に誰に忠誠を捧げるかもよく分かっていない。少なくともペトミー・フーマン一世に忠実だったことは記録上分かっているのだが、一世亡きあとは不思議と誰の従魔にもなろうとしなかった。幼い頃のペトミーと仲良くはしてくれたが、ある程度成長したペトミーが母から父のテイム・モンスターを譲り受けた後もジェットだけは決して従魔になってはくれなかった。そもそもペトミーの母の従魔にもなっていなかったのだ。
ペトミーの異父兄弟たちはペトミーがテイムできない父のモンスターを我が物とし、一族の中での自らの地位を確立しようと躍起になったものだが、むしろそうした兄弟たち対するジェットの態度は冷淡なものだった。そんな中に現れた例外がファドだった。
誰の従魔にもならないくせに常にペトミーの傍で生活していたジェットは、ある時期から勝手にどこかへ出かけるようになった。最初はペトミーもなんとも思っていなかったのだが、そのうち気になるようになり、ついに従者や他のテイム・モンスターたちに調べさせた。するとジェットはムセイオンから抜け出し、ケントルムの貧民街で貧民の男の子とやけに仲良くつるんでいるらしいことが判明した。その男の子がファドだったのである。
ファドはどこからともなく貧民街に流れ着いた捨てられた元・女奴隷が産み落とした子供だった。母子二人暮らしで生活は困窮を極めていたらしいが、その母子は何者かによって度々襲われるようになる。その都度、どこからともなく現れては襲撃者たちを追い払っていたのがジェットだったようだ。
ゲーマーのテイム・モンスターが街で勝手に活動しているという話は瞬く間に街の話題となり、何故神聖なテイム・モンスターが貧民街の男の子に構うのかが役人たちによって調べられ、やがてその男の子ファドには魔力があることが判明する。そしてファドはムセイオンへ収容されることになったのだが、その時自分に従属しないジェットが懐く謎の少年ファドに興味を持ったのがペトミーとファドの出会いのきっかけとなっている。
結論を言ってしまうとファドはペトミーの親戚だった。ペトミーの異父兄弟の一人が女奴隷の一人を妊娠させて生まれたのがファドだったのである。つまりファドはペトミーにとって甥であり、ペトミーはファドにとって叔父ということになる。
ペトミーはその事実を知った瞬間、ファドに対してある種の嫌悪感を抱いた。その時すでに、ペトミーは自分の異父兄弟たちに対して徹底的な不信感と敵愾心を抱いていたからである。ファドもアイツ等の身内なんだな……ペトミーは反射的にそのような認識を持った。が、その認識は改められることになる。ファドとその母を度々襲い、亡き者にしようとしていたのがファドの実の父親その人だったことが明らかになったからだ。
ペトミーの母はペトミーの父の妻となったことでそれなりの魔力を得ていた。ペトミーの異父兄弟たちは母の血を引くことで、ペトミーには到底及ばないものの聖貴族に列せられるにふさわしいだけの魔力を得ていた。そして魔力を得た聖貴族は魔力を有する他の聖貴族との間に政略結婚を望むようになる。
聖貴族同士が政略結婚をする際、問題になるのがその魔力の属性、強さ、そして希少性だった。今持っている魔力を子孫に引き継がせ、魔力の強い血統を維持するのが政略結婚の目的である。当然、属性の相性が悪い相手や自分より魔力の弱い相手は忌避される。そして、次に問題になるのが希少性だ。ありふれた血統は当然希少性が低くなり、価値も低くなる。
となれば、性欲発散のために誰彼構わず子供を作るような聖貴族は必然的に政略結婚の相手としての価値が下がることとなってしまう。精力旺盛なのは子孫繁栄のためには良いことのように思われるが、女性側の一族から見ると自分のとこの娘以外の相手との間に同じ血統の子供を作られたのでは、自分の娘が生む子孫の血統の希少性が失われることになってしまう。このため行き過ぎた精力旺盛さはむしろ倦厭されるのだ。特に遊び半分で身分の不確かな相手との間に子をなしたというのは、聖貴族が自らの血の高貴さを否定したにも等しいと見做されることになってしまいかねない。
このため、自らの結婚を控えていたファドの父親は、結婚交渉を優位に進めるためにファドとその母親が邪魔になり、始末しようとしていたのであった。ファドはゲーマーの孫にしては珍しく顔中に
その事実を知ったペトミーはファドに対する評価を一気に変えた。自分の大嫌いな異父兄弟にとって都合の悪い存在であり、何より父のテイム・モンスターでありながら誰の従魔にもなろうとしなかったジェットが唯一懐いた相手でもある。嫌な奴どころか、ひどく好ましい相手に思えるようになってしまった。
ペトミーとファドの仲はそこから急速に深まっていく。ペトミーは積極的にファドの面倒を見てやったし、その時既に死んでいたファドの母親の名誉を回復させ、貧民用の共同墓地からフーマン一族の墓地へ改葬までしてやった。ファドも初めて優しくしてくれる母以外の存在に心を許すようになっていった。
ファドにモンスター・テイムのやり方を教えたのもペトミーだった。その際、試しにテイムしようとして成功してしまったのがジェットだった。残念ながらその後、ファドは他のモンスターのテイムは一度も成功できなかったのだが、ジェットはそれ以来ファドとずっと行動を共にしている。
ファドの求めに応じて偵察に出たジェットは、その後さして間を置かずにファドの元へ戻ってきた。もちろん、与えられた仕事に仕損じはない。ティフ達はジェットの道案内によって、視界の利かない夜の濃霧の中でも迷うことなく目的地である
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