第852話 シュバルツゼーブルグの三人

統一歴九十九年五月九日、夕 ‐ 繁華街/シュバルツゼーブルグ



 昼間にシュバルツゼーブルグに到着し、街中にルクレティアの一行が居ないことを確認した『勇者団』は街中のアジトに集合し、短時間の話し合いで今後の方針を決めた。その結果として、リーダーのティフはペトミー、スワッグ、ソファーキング、そしてファドの四人を引き連れ、ルクレティアに追いつくべくグナエウス街道へ向けて出立してしまっていた。

 潜入の天才ファドはもちろん偵察要員である。ルクレティアが今夜どこに宿泊するか分からないが、その周辺にはレーマ軍が陣取って守りを固めているに違いない。そのレーマ軍の守りを気づかれることなく突破し、内部に潜入してルクレティアの居場所を探し出し、可能なら連絡をつける役目はファドにしかできない。

 スワッグは近接戦闘を得意とする格闘系武器攻撃職であり、ファドほどではないが気配を消して行動する隠形術に長けていたため偵察要員としてファドをサポートすることも出来るだろうし、いざ逃げなければならなくなった場合にもソファーキングやペトミーの脱出を支援する役目も期待されていた。

 ペトミーはモンスターテイマーとして使役するモンスター達を使っての偵察に役立てるだろうし、シュバルツゼーブルグに残ったペイトウィンたちとの連絡役も務めることが出来だろう。それにペトミーがいればいざという時に騎乗モンスターを使って現地から騎兵でも追いつけない高速で離脱することが出来るはずだ。

 ソファーキングは魔法攻撃職としての支援を期待されていた。一応、戦闘は避ける方針ではいる。しかしこちらが戦闘を避けるつもりでも必ず避けられるとは限らない。このため、もし万々が一にも戦闘が起きてしまった際の火力支援を期待されていた。

 魔法攻撃職としての実力ならソファーキングよりペイトウィンの方が絶対に上なのだが、ティフ達が万が一レーマ軍に捕まってしまった場合にティフたちを救出する予備戦力を確保する意味からあえてソファーキングが選ばれている……というのは建前で、ティフとしては今回の作戦にペイトウィンを連れて行きたくなかったというのが本音だった。

 理由は言ってしまえば「信用できない」の一言に集約できる。ペイトウィンは今回の作戦に反対した中心人物だったというのもあるが、ペイトウィンはティフの見たところどうにも真剣味が足らない。真面目にやってほしい場面でふざけているようにしか見えない言動を取ることがよくあったし、慎重さに欠けている部分も目立っている。だいたい、サウマンディウムの街で『勇者団』の存在が露見しそうになってメルクリウス騒ぎが起きてしまったのはペイトウィンが街のチンピラ相手に不用意に魔法をぶっ放したせいなのだ。今回の作戦は慎重にも慎重を要する重要な作戦であり、どこか気の抜けた、それでいて安易に魔法をぶっ放してしまうペイトウィンを連れて行くことにティフは不安を覚えたのだった。


 残りのメンバーについては今回の作戦はなるべく少人数で行いたいというのと、潜入には向いていないという理由で居残りに決められていたのだが、この後さらに居残り組が分割されることになる。今後アルトリウシアへ遠征することになるのなら、早いうちにに話を通して協力を要請した方が良いのではないかと言う話になったのだ。

 サウマンディウムで騒ぎを起こしたせいで逃げだす羽目になり、一時的に退避したナンチンの地からヴァナディーズの助言に従って渡ったクプファーハーフェンで見つけただったが、実はティフも含め『勇者団』の誰もその正体を掴んでいなかった。


 クプファーハーフェンで路銀が尽きそうになった『勇者団』はサウマンディウムでやっていたように路地裏で治癒魔法を使った治療で金を稼ぎはじめたのだが、やはり地元のヤクザ者とトラブルになってしまう。危うく騒ぎになりそうになったところに介入し、揉め事を収めて『勇者団』をかくまってくれたのがシュウィンドラーと名乗る男だった。厳密にはシュウィンドラーの手下に援けられ、その後紹介されたシュウィンドラーが『勇者団』の事情を知って取引を持ち掛けてきてのだが、その取引の結果『勇者団』が得たのがアルビオンニアでの支援だったのである。

 シュウィンドラーはどうやら下級貴族ノビレスの一人らしく、より上位の貴族ノビリタスか実力者の配下として動いているようだが、街の商人たちやヤクザ者たちに結構な影響力を持っているらしい。そして『勇者団』はシュウィンドラーの影響下にある商人たちを通して色々と融通を効かせてもらっていた。シュバルツゼーブルグに構えたアジトもそうした商人が抱えていた倉庫の一つだったし、盗賊どもを養うための食料もそうした商人たちから供給を受けていた。数百人分の食料など量が料だけに金があったとしてもすぐに融通してもらえるわけではなかったが、支援者のおかげで何とかまかなうことが出来ている。


 もしもアルトリウシアで行動するとなれば今までの支援では確実に足らなくなるだろう。シュバルツゼーブルグからアルトリウシアまでは軍隊の行軍速度で二日、並の旅人であれば三日以上はかかる距離である。クプファーハーフェンからシュバルツゼーブルグまででも一週間近くかかる距離なのだから、アルトリウシアへの遠征を急ぐのであれば支援者への連絡も急いだ方が良いだろう。そこで、居残り組の中から代表者がクプファーハーフェンへ向かうことになったわけだ。クプファーハーフェンへ向かったのはスモル、スタフ、そしてスマッグの三人である。

 スモルは『勇者団』のサブリーダーであることから自ら代表を買って出た。まあ、他に適任者も居ないし妥当なところであろう。

 スマッグ・トムボーイは支援者との取引で主要な役割を果たしていたことから今回の交渉には欠かせない人物として随行することになった。彼はエンチャンターだが、錬金術や薬学も学んでおり、ポーションなどを自分で調合することができる。『勇者団』が支援者から支援を取り付けたのは、支援の代わりにスマッグが調合した特別な薬品を提供したからこそだった。追加で支援を引き出すのなら、スマッグの調合する薬品が役立つだろう。

 スタフは単なる御供である。武器攻撃職でスマッグを守るにはちょうど良いと判断された結果の人選だ。スマッグの他に戦闘職は剣聖ソードマスターのデファーグと魔法攻撃職のペイトウィンしか残っていない。どちらもハーフエルフであり、ヒトにすぎないスマッグがハーフエルフに護衛されたとあっては却って居心地が悪くなるので、スマッグと同じヒトのスタフが護衛に付くしかなかったのだ。


 その結果残ったのがペイトウィン、デファーグ、そしてエイーの三人だったのである。シュバルツゼーブルグに残った彼らの役割はティフたちが失敗した際のサポートだが、ティフたちがルクレティアに接触を試みるであろう今夜までは何もすることが無い。一昨日の作戦失敗で分散してしまった盗賊たちが再集結すれば何らかの指示を出すなど必要なことも出てくるだろうが、それはまだ先の話だろう。そして今は支援者のおかげで金に困ることも無い以上、路地裏で治癒魔法を使って金を稼ぐ必要も無い。

 つまりペイトウィンたちは完全に暇を持て余していた。金も持て余していた。となれば遊びたくなるのが人情である。早速ペイトウィンを先頭に街へ繰り出し、「冒険者なら酒場で情報収集は基本だろ」というペイトウィンの言葉にすっかり乗り気になってしまっていた。

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