シュバルツゼーブルグ残留組

第851話 夜の街へ

統一歴九十九年五月九日、夕 ‐ 繁華街/シュバルツゼーブルグ



 空はまだ青いが既に陽はだいぶ傾いており、建物の谷間は急速に暗くなりつつある。辺境の田舎町とはいえ人口数万人規模の市街地ともなると、中心街はそれなりに建物が密集しており、市場も近いとあって行きかう人も少なくない。陽が暮れる前に家に帰りつこうというのだろう、荷物を抱えて足早にすぎる人がほとんどだ。

 食料品店はもちろんのこと、飲食店も半分以上が昼の営業時間を終えて店じまいしようとしている。安価な照明器具の存在しないこの世界ヴァーチャリアでは夜間営業は照明代などのコストがかさむうえに客も少ないため、店じまいしてしまう店舗が圧倒的多数なのだ。日没後も営業を続けるのは売春等、文字通り“夜の営業”をしている店舗だけなのである。


 そんな、ほとんどの店が昼の営業を終えて店じまいし、道行く人と言えば家路を急ぐ人ばかりというこのシュバルツゼーブルグの繁華街を、何かを当てもなく探すようにフラフラ連れ立って歩く三人組の男たちの姿があった。いずれも頭からスッポリとローブを被り怪しげな格好をしているが、目深に被ったフードからわずかに覗く顔はまだ幼さを残す少年のそれである。

 落ち着きなく物珍し気にあちらこちらと見物しながら先頭を歩く一人は身長こそ高くガタイもいいが、わずかに覗く顔やほっそりした手や足からするとかなり痩せており、恰幅良く見えるその外見はどうやら着膨きぶくれのようである。

 次いで並ぶように歩くのは身長こそ同じくらいの長身だが、こちらは見るからに体格がしっかりしているようだ。ローブから覗く手や足は大きく太く、まるで丸太のようである。そしてなにより、歩くたびにガシャリガシャリと金属音を立てていることから、ローブの下に鎧でも着こんでいるのは明らかだ。

 最後に二人にチョコチョコついて歩くのは先の二人に比べると頭一つ分背が低い。体格は中肉中背と言ったところだろうか。


「なあ、どこにする?

 早くしないと町中の店が閉まっちまいそうな勢いだぜ?」


 先頭の一人が暢気のんきな声で振り返ることなく後ろの二人に問いかける。どうやら夕食を摂ろうと店を探しているようだ。続いて歩いている鎧男が、やはり店先を物色しながらどこか不平でも言うように答える。


「やっぱり何か買って帰って食べた方が良いんじゃないか?」


 相変わらず店を物色しながら先頭の男は嫌そうに否定した。


「自分たちで料理しろって言うのか?

 やだよ、俺料理なんて知らねぇもん。

 だいたい、アジトには厨房どころか鍋すらないじゃないか。

 お前は料理出来るのかデファーグ?」


「いや、悪いけど無理だ。

 アンタこそ魔法でどうにかできないのか、ペイトウィン?」


 鎧の男、デファーグ・エッジロードが訊き返すと先頭を歩いていたペイトウィンはヘッと小馬鹿にするように笑った。


「そんな便利な魔法、あったらぜひ知りたいね。

 エイーだって無理だろ?」


「……はぁ、すみません。」


 三人の中で一番後ろを歩いていたエイー・ルメオはさほど申し訳なさそうな感じでもなく気の抜けた調子で謝った。ヒーラーであるエイーは治癒魔法と共に多少の医学や薬学も学んでおり、その一環で栄養学もたしなんでいる。当然、簡単な料理は経験も知識もあって出来ないわけではないのだが、残念ながらペイトウィンが先ほど言ったようにシュバルツゼーブルグのアジトには厨房はおろか調理器具すら無い。


「ナイスが居なくなったのは痛いな……

 せめてファドが居てくれれば良かったんだが……」


 貴族は日常の雑事なんかしたりしない。自分の着替えすら一人ではできないのも珍しくないくらいなのだ。当然、料理なんかするわけもない。そう言ったものは全て使用人がやってくれるものなのだから、自分でやろうなどと思うわけもない。

 実際、『勇者団』で多少なりともまともな料理が出来るのはナイス、ファド、そしてエイーの三人だけだ。

 エイーは前述した通り医学を学んでいく過程で栄養学的に理想的な病人食を学ぶ機会があり、それで料理法を学んでいる。ただ、学んだのはあくまでも病人食なので栄養学的には理想的だが味の方はイマイチで日頃から贅沢な料理を食べて舌が肥え切ったメンバーたちにはあまり好評ではない。それにあくまでも実習で習っただけなので応用が利かず、食材はもちろん調味料も道具や設備も整っていなければ料理が出来なかった。

 ナイスは狩猟趣味が高じて野外料理を覚えるに至っており、今回の旅でも『勇者団』が野宿する際には積極的に料理番を買って出ていた。趣味で覚えただけあって味は申し分なくメンバーにも好評なのだが、狩猟趣味の延長で覚えただけあってレパートリーは肉中心であり、おまけに野外料理専門なので下ごしらえに時間をかけるような本格的な料理はほとんどない。このためメニューが単調になりやすい傾向にあった。そのナイスも一昨日の作戦で敵の捕虜になってしまったためここには居ない。

 エイーともナイスとも毛色が違うのがファドだった。『勇者団』メンバーの中で唯一貧民街で生まれ育ったファドは、母と死別してからムセイオンに収容されるまでは一人暮らしをしていたこともあって、身の回りの世話は大抵すべて自分でできてしまう。料理の腕も確かで、貧民街育ちだけあって舌の肥えた『勇者団』メンバーを満足させるような高級料理なんかは作れないが、粗末な材料や環境でもそれなりに形を整えるくらいはでき、地味ながら無難な庶民的料理は美味ということは決してないにしても明らかに不味い失敗料理なんてものは作ったためしがなかった。しかも調理道具や食材などが足らなくても、フラッとどこかへ消えたと思ったら戻った時には足らなかった料理や道具をどこかからか都合つけてくる要領の良さで、実際ムセイオンを脱走してから世間知らずの坊ちゃん集団に過ぎなかった『勇者団』の面倒はほとんどファドが一人で見ていたくらいだった。


 ファドが居てくれれば大抵のことはどうにかなる……今回の旅でメンバーの中にそういう認識が醸成されてしまっているほどなのだが、そのファドも今はいない。ティフと共にグナエウス街道の方へ行ってしまったからだ。『勇者団』メンバーたちの見たところファドは潜入の天才であり、今回のルクレティア追跡でもその潜入能力と偵察能力を期待されていた。


「やっぱりどこかで食べて行こうぜ?

 せっかく街に泊まってんだし、店に行って金を払えば料理が出てくるんだ。

 それに冒険者なら酒場で情報収集とかするもんなんだろ?」


 結局のところ、ペイトウィンは冒険者ごっこをたのしみたかっただけなのかもしれない。振り返りながらそう言うペイトウィンの顔は無邪気そのものであった。


「ん~~~、それもそうか?」


 冒険者なら酒場で情報収集するという話はどうやら他の二人の心の琴線にも触れたようである。やや渋っていたデファーグもまんざらでもないという顔で顎をさすりながら迷っている風を装う。


「お、お金の方は大丈夫なんですか?」


 一番肝心なところを確認するエイーだったが、その顔は既に乗り気だった。


「心配するな。

 例の支援者って奴から貰った金がまだ残ってるし、盗賊どもから巻き上げた金だってホラ。」


 ペイトウィンのその手には銀貨や銅貨のぎっしり詰まった革袋が乗せられていた。

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