第872話 助っ人

統一歴九十九年五月九日、晩 ‐ 『黒湖城砦館』ハーレ・デア・シュバルツゼーブルク/シュバルツゼーブルグ



 クロエリアに案内された別室に入るとルクレティアは人払いをした。とはいっても対外的にはお色直しをすることになっているので本当に一人きりになってはおかしいため、一応のアリバイ作りのためにルクレティア付きの使用人は同室しており、邪魔にならないように壁際に並んでいた。部屋の外には誤って関係者以外の者が立ち入ることのないように、ルクレティア付きの使用人が立っている。

 

「お待たせしました《地の精霊アース・エレメンタル》様。

 今、この場ならば他所の者に見聞きされる恐れはございません。

 改めてご用件をお伺いいたします。

 騒ぎが起きそうだったとのことですが、何がございましたのでしょうか?」


 誰かに聞かれたり見られたりする心配が無いことを確認すると、ルクレティアは一人部屋の中央に進み出て祈りでも捧げるようにひざまずき、《地の精霊》に呼びかける。

 するとルクレティアがこうべを垂れる先に緑色に輝く半透明の小人が姿を現した。


『うむ、ハーフエルフのつかいを名乗るインプめが来おったので捕えてある。』


「インプ!?

 『勇者団』ブレーブスの使い魔でございますか?」


『使い魔ではないな。

 おそらく野良のらのインプだが、何者かに手紙を託されたのだそうじゃ。

 この街にいる貴族の娘に手紙を届けたいと言って居る。』


 モンスターを使役するにはいくつか方法がある。使い魔というのはモンスターを使役する方法の一つで、主人と従魔の間に魔力によって繋がりを保つ方法全般、あるいはそういう方法で主人に従っているモンスターを使い魔と呼ぶ。

 使い魔は主人と魔力で繋がっているため主人から魔力の供給を受けたり、あるいは魔力を使って念話などの意思疎通を図ることもできるのだが、そうであるがゆえに鋭敏な魔力感知能力を持つ者には従魔が持つ魔力の特徴や痕跡から主人の正体やだいたいの居場所を探り当てることが可能だ。

 《地の精霊》は捕えたインプの魔力を調べ、使い魔ならば主人の正体と居場所を突き止めようと一応試みて見ていたのだが出来なかった。それはインプが誰かに従属する使い魔などではなく、独立した存在であることを意味していた。

 インプは悪戯好きな妖精の一種であるが、一定程度の知能を持ち、人間とコミュニケーションを取ることが可能で、何か報酬を与えれば簡単な仕事を引き受けることがある。おそらく『勇者団』は野生のインプを見つけるかして、都合よく手紙を運ぶように契約を結んだのだろう。


「その『貴族の娘』が、私……なのですか?

 差出人はハーフエルフ様で間違いないのでしょうか?」


『確かに、差出人が本当にハーフエルフかどうかは定かではない。

 じゃが手紙に着けられたろうかたまりからはハーフエルフの魔力が感じられるから関わってはおるじゃろう。

 それに、届ける相手は強力な《地の精霊アース・エレメンタル》の加護を受ける娘だというからには其方そなたしかあるまい。』


 インプが使い魔ではないという《地の精霊》の話を聞き、本当に差出人が『勇者団』で自分ルクレティア宛の手紙なのかルクレティアは一瞬疑ったが、確かに《地の精霊》の存在を知っていてルクレティア宛に手紙を出しそうな相手といえば『勇者団』を置いて他にない。


「わかりました、ではその手紙と言うのは今どちらに?」


『まだインプめが持っておる。

 あ奴め、本人に直接でなければ手渡せんなどと抜かしおっての。』


 いつも飄々ひょうひょうとして何を考えているか分かりづらい《地の精霊》だが、インプのことはどこか忌々しく思っている様子が伺えた。


 ということは、その手紙をまず受け取って内容を確認してみないと……


 『勇者団』がルクレティアに手紙を寄こしてくる理由は色々と想像がつく。前回貰った手紙の内容からすると、彼らはどうやらルクレティアを主敵と定めているような節があった。おまけにこちらから話したいことがあると申し出ておきながら、その後の対応をアルトリウシア軍団軍団幕僚トリブヌス・レギオニス・アルトリウシイのセプティミウス・アヴァロニウス・レピドゥスに丸投げし、自分はすっぽかしてアルビオンニウムを後にしてしまっている。『勇者団』からすれば「どういうことだ!?」と激昂されても仕方のない無礼を働いてしまっているのだ。仮にも相手はこの世界ヴァーチャリアでもっとも高貴な聖貴族コンセクラトゥスであり、地位は明らかに向こうの方が上位なのだから、働いてしまった無礼については素直に許しを請わねばならないだろう。そのためには多少の要求は聞き入れねばならなくなるかもしれない。


「失礼いたします!」


 ルクレティアがどうすべきか考えていると、唐突に扉が開かれた。


「『兜被りガレアートゥス』の皆様がおいでになられました。」


 扉を開いて使用人の一人がそう言うと三人のホブゴブリンが「失礼します」と断って入ってきた。『兜被り』とは従軍奴隷……すなわち、リュウイチの奴隷たちのことである。ルクレティアがクロエリアに呼ぶよう命じていたリウィウス、ヨウィアヌス、カルスの三人がようやく来たのだった。


奥方様ドミナ、いかがなさいましたか?」


「うっ!?」


 リウィウスの息は酒臭かった。いや酒だけじゃない……酒と、強烈なニンニクの臭いだ。さほど間近に近づいたわけでもないリウィウスの息の臭いにルクレティアは思わず眉をひそめる。


「アナタたち、酔ってらっしゃるの!?」


 ルクレティアの反応にリウィウスは一瞬ギクリとした顔をして手で口元を抑え、それで初めて自分の臭いに気づいた。酒の臭いはさほどでもないと思うが、異常なまでにニンニク臭い。リウィウスたちは他の軍団兵レギオナリウスたちと共にシュバルツゼーブルグ家から提供された料理の他に外の居酒屋や屋台の料理を誰かが買ってきたものを分けてもらっていたのだが、その中の肉料理の一つがやけにニンニクを利かせていたのだった。


「え!?……えぇ、まあ……っへへへ」


 やっちまった……こりゃ、あのオーフェンナンチャラって挽肉のせいだな……


 頭を掻くリウィウスをよく見ると顔が少し赤い。リウィウスはそれだけだが、その後ろに控えているヨウィアヌスに至っては走ってきて酔いが回ったのだろう、既にフラフラしていた。一番若いカルスが唯一酔ってないようである。


「アナタたちそれで大丈夫なの!?」


「ああいやっすいやせん!

 こんくれぇはまだ大丈夫でぇじょうぶじょの口でっ!

 それより奥方様ドミナ、ご用事でしょう!?

 いったい何がありやしたんで?」


 これ以上変な説教を食らわないようにリウィウスは話をかすと、ルクレティアはそれ以上の追及を諦めた。確かに彼らは奴隷だが、主人はルクレティアではなくリュウイチである。リュウイチに仕える身としてはルクレティアも彼らも同じであり、身分の差こそあるがルクレティアが彼らをどうこうできる立場にあるわけではない。


「ええ、えっと……どうやら『勇者団』ブレーブスがインプに私宛の手紙を持たせたようなのです……」

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