第336話 聖女の装備

統一歴九十九年四月三十一日、夕 - マニウス要塞陣営本部/アルトリウシア



 リュウイチと食卓を囲むルクレティア、リュキスカ、ヴァナディーズの三人の表情は複雑であった。


 食卓の話題といえばだいたいその日あった出来事というのが相場であろう。この日の彼女らもそうだった。そしてそれは必然的に今日という日に起こった出来事の内最も衝撃的だったこと、すなわち夕食ケーナの前にリュウイチが庭園ペリスティリウムで召喚したマッド・ゴーレムに話題が及ぶことを意味した。


 最初は何と言うことの無い世間話みたいなものだった。見たこともないショーを見て興奮して感想を言い合い、ショーを見せた演者を褒めたたえるような、そんなありふれた話であった。


 あれはなんだったのですか?まあ、マッド・ゴーレム!?あれが!?初めて見ました。いいえこの世界ヴァーチャリアでゴーレムなんて、もはや伝説上の存在です。そんなものを目の当たりにできて感激ですわ。歴史や物語の中で知るだけですもの。今すぐ友人に自慢できないのが残念です。あのようなものを自在に操るなんて、《暗黒騎士リュウイチ》様は流石ですわ。すごいのですね。


 人を誉めて煽てるなど、貴族ノビリタスにとっても娼婦メレトリクスにとっても商売のようなものである。ルクレティアもリュキスカも調子よくリュウイチを煽てていた。

 しかし、流石に凄い凄いだけでは話も続かない。当然ながら、じゃああのゴーレムはいったい何で召喚したのですか?という話になる。最初はルクレティアもリュキスカもヴァナディーズも、単にリュウイチが実験みたいなものをしていたのだろうと考えていた。だが、リュウイチの話を聞くとどうやら違っていた。


 まあ、指輪に《地の精霊アース・エレメンタル》を宿すために?そのようなことが出来るのですか!?ええ、精霊エレメンタルの力が宿った魔導具マジック・アイテムの存在は知られていますとも。でもそれを創ることも御出来になるのですね。素晴らしいですわ。ではその指輪を使えば、《地の精霊アース・エレメンタル》の力であのようなゴーレムを召喚できるのですか?まあ凄い!


 リュウイチも褒められれば悪い気はしない。自分本来の力ではなく《暗黒騎士ダークナイト》という姿アバターの力…いわば借り物の力なので少し後ろめたいモノを感じないわけにはいかなかったが、それでも若い女の子三人から手放しに褒められるとさすがに照れくさくなってくる。いやぁとか言いながら頭を掻いたりしちゃうのも仕方のないことだろう。

 そして話題はごく自然な流れで、じゃあ何で《地の精霊アース・エレメンタル》の力を封じた魔導具マジック・アイテムをわざわざ作ったのか?という疑問に行きついた。


「だって、兄さんリュウイチ魔導具マジック・アイテムなんか使わなくても精霊エレメンタルを自在に使役することもゴーレム召喚することもできるんだろ?

 わざわざ魔導具マジック・アイテム作ることないんじゃないのかい?」


 リュキスカはふと気になった疑問を何の気なしに口にする。


『ああ、これはもちろん自分で使うための物じゃないよ?』


 表情はそのまま変わりなかったが、彼女たち三人の内心ではこのリュウイチの答えに緊張が走った。自分で使うための物じゃないとすれば、自分以外の誰かに使わせるということだ。だが、そのような魔導具マジック・アイテムを使いこなせるゲイマーガメルなどこの世界ヴァーチャリアにはリュウイチ以外一人もいない…ハズ。仮にいたとして、リュウイチが創った魔導具マジック・アイテムこの世界ヴァーチャリアでは非常に強力なものだ。歴史上にしか存在しないモンスターであり兵器であるゴーレムを自在に操る魔導具マジック・アイテムなど、どれほどの価値があるか計り知れない。そんなものが、不用意に誰かの手に渡るとしたら、それは阻止せねばならない大事件だ。


「じゃ、じゃあ、誰かに使わせるのかい?」

「え、いや、まさか!そんな強力な魔道具なんて、誰も使いこなせないわよ!?」

「そうですよねぇ…きっと、魔力とかも必要なのでしょうし…?」

「あ、ひょっとして売ってお金に替えるとか!?」

「いや待って!何でそうなるの!?」

「だって、昨日金貨を両替しそこねたって…」

「そうかもだけど、魔道具なんて売って言い訳ないじゃないですか!」

「そうですわ、リュウイチ様もそれくらいご承知です!

 そうですよねリュウイチ様?」


 わずかに引きつった笑みを浮かべながら自分たちだけで会話を進めた三人はリュウイチに話を振ると同時に一斉にリュウイチの顔色をうかがう。


『あ、ああ、もちろん売るものじゃないよ。』


 三人はリュウイチにバレないように顔に笑顔を張り付けたまま安堵のため息をつく。少なくとも不特定の誰かの手に渡ってしまう危険性はなさそうだ。しかし、まだ安心はできない。


「じゃあ、コレは誰か渡す相手がきまってんのかい?」


 リュキスカの質問は彼女たちにとって重要だった。渡す相手が分かったならそれをいち早く報告し、エルネスティーネなりルキウスなりに何らかの手を打ってもらわねばならない。


『うん、コレはルクレティアに使ってもらおうと思って用意したんだ。』


「「ルクレティア!?」」

「わ、私!?」


 さすがに三人の顔から笑みが消え、三人ともリュウイチを見たまま固まってしまった。


『うん。ほら、アルビオンニウムに行くって言うから…この「地の指輪」リング・オブ・アースの他にも・・・』


 リュウイチは魔導具マジック・アイテムを一つずつ名前と効果を説明しながらテーブルの上に置いていく。


 『地の指輪』リング・オブ・アース…《地の精霊アース・エレメンタル》の力の宿る指輪によって装備者はゴーレムを召喚・使役でき、また低位の地属性魔法を使用できる。

 『魔力共有指輪』リング・オブ・マナ・シェアリング…二つ一組のペアリングで、装備者は対になるペアリングを装備している者と魔力を共有できる。

 『聖なる光の杖』ワンド・オブ・ホーリー・ライト…装備すると聖属性魔法と光属性魔法が使えるようになる魔法の杖。

 『念話の腕輪』テレパス・ブレスレット…遠くにいる人と会話ができるブレスレット。 

 『生命のネックレス』ネックレス・オブ・ヴァイタリティ…装備者の怪我や体力を自動的に回復してくれるネックレス。

 『羽毛の足飾り』フェザー・アンクレット…装備者に浮揚魔法の効果がかかって地面から少しだけ浮きあがり、足音がしなくなる。落とし穴等の地面の罠を回避する。水の上を歩ける。移動速度が上がる。

 『聖賢のローブ』ローブ・オブ・セイント…魔法回避率をあげ、全属性の魔法ダメージとデバフ効果を半減する。


 三人とも顔色を失い、リュウイチの魔導具マジック・アイテムを見ていた。

 いずれも『超』の字がつくほどの貴重品である。中には古のゲイマーガメルたちが装備していた魔導具マジック・アイテムとされ、ムセイオンに保存されている物と同一と思われるものもあった。《レアル》現代風に言えば、それは世界遺産に登録されたハイテク大量破壊兵器といったところだろうか?


「では、これを、ルクレティアに下さるというのですか?」


『そう、そのつもりで用意したんだ…その…』


 リュウイチは言いづらそうにルクレティアとリュキスカの顔をチラッチラッと見比べる。


『リュキスカに、自分にばかり物をくれないでルクレティアにもいろいろプレゼントした方がいいって』


「リュキスカさん!?」


 ルクレティアとヴァナディーズがパッとリュキスカを見、それに気づいたリュキスカが慌てて手と首を振って弁明する。


「いやいやいや、待っとくれよ!

 アタイ…いや確かに言ったけど、アタイそん時はまだ兄さんリュウイチが降臨者様だなんて、アタイそんなの知らなかったんだよぉ!!」


 それはリュキスカがリュウイチの専属娼婦となった直後、ルクレティアの嫉妬を買わないようにするためにリュウイチに言った事だった。リュキスカはここに連れてこられた時、商売用のスケスケの貫頭衣トゥニカと黒革のビキニパンツしか持ってなかったこともあって、リュウイチから衣類一式や生活に必要な小物などを貰っており、明らかにルクレティアより厚遇を受けていたのだ。

 リュウイチの夜伽係に過ぎない自分が、婚約者であるルクレティアを差し置いて厚遇を受けていたら、ルクレティアの体裁だって悪いし嫉妬も買うのが当然だ。だから、自分に何か物をくれるならルクレティアには自分以上にプレゼントしてやってほしい…そうお願いしていたのだった。


『あれ、不味かった?』


「はい、あの…おっ、お気持ちはありがたいのですが…」


『でもルクレティアは私の聖女なんでしょ?』


「いやっ…あ~あ~あの…そそそ、そうなんですけど…」


 そう言われると断りづらくなる。

 聖女サクルムは降臨者に捧げられた存在…実質的には降臨者の所有する奴隷と変わらない。聖女サクルムと奴隷の違いは、世間の扱われ方の違いでしかない。社会が敬うべき人間として扱うか、人間の肉体を持った道具として扱うかの違いだ。

 そういう意味で、降臨者であるリュウイチが聖女サクルムに何を与えようが自由である。実際、奴隷たちに魔導具マジック・アイテムなんかは与えないでほしいという要望はされているが、同時にそれを禁じることはできないと明言もされている。ならば聖女サクルム魔導具マジック・アイテムを与えて悪い道理があるわけがない。

 そして、聖女サクルムになることに何よりも憧れていたルクレティアには、リュウイチにそう言われると拒否することはできなかった。顔を真っ赤にして俯き、しどろもどろになってしまう。


「いや、まだ、正式には、そのっ…まだっですっし…」


 ルクレティアはなけなしの理性を総動員して何とか穏便に断る方便を探しはじめる。しかし、何も思い浮かばない。確かにルクレティアが聖女サクルムならば、リュウイチに受け取れと言われれば受け取らざるを得ない。そして、聖女サクルムにあこがれ続けていたルクレティアとしては、聖女サクルムとして認めてくれた上でのこの提案は自己承認欲求を満たしてくれるものであり、抗いようのない魅力を持ったものだった。


『君の事は聖女として迎えるっていう約束がある。

 これはその証ってことで、受け取ってほしい。』

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