拝謁の儀……女奴隷献上

第1098話 第一聖女不在

統一歴九十九年五月十一日、午後 ‐ マニウス要塞司令部プリンキピア・カストリ・マニ/アルトリウシア



 マルクスが、いやプブリウスが、自分たちの画家にリュウイチの肖像を描かせることをアルビオンニア貴族たちへの根回しすることなくいきなりねじ込もうとしたのは、それが安易な思いつきだったからでも、ましてやマルクスの要領が悪かったからでもない。

 今回の《暗黒騎士リュウイチ》降臨という一大事に際し、プブリウスは最も責任ある立場にありながら積極的な役割を果たすことが出来ていなかった。少なくともプブリウス以下サウマンディア貴族たちは現状をそのように考えている。そのサウマンディア貴族がとってしまった後れを一気に挽回する……そのために挙げるべき目立つ功績として、降臨者リュウイチの肖像画をプブリウス子飼の画家に独占的に描かせようとしたのだった。

 それを実現するためにはアルビオンニア貴族らへの事前の根回しは無い方が良い。根回しなどしようとすれば無駄に時間がかかってしまうし、何より独占的な立場を確保することは難しくなるだろうからだ。事実、マルクスの突然の申し出に対し、アルビオンニア貴族らは妨害を試みて来た。サウマンディアとアルビオンニアの立場の違いからして強硬な手段に訴えてまで強引に妨害してくることまでは考えられなかったし、事実アルビオンニア貴族らの妨害はマルクスらの想定を上回るものではなかった。

 が、結果的に言えばマルクスの交渉は失敗したと言える。


 リュウイチの肖像画をサウマンディアの画家に描かせることを認めさせるのには成功したが、結局アルビオンニア側との調整をしなければならなくなったからだ。これでリュウイチの最初の肖像画を独占的に描かせるという目的は事実上してしまったと言って間違いないだろう。


 クソッ、これでは何のためにわざと二日酔いになったんだか……


 本当は事前の根回しをするつもりだったがしたくても出来なかった……そのアリバイ作りのためにマルクスはあえて暴飲し、昨日はなりたくも無かった二日酔いの苦しみに堪えていたのだ。そこまでやって途中までは上手く言っていたのに、最後の最後によりにもよってリュウイチ自身にひっくり返されるとは思いもよらなかった。


「……それで、構いませんねマルクスウァレリウス・カストゥス様?」


 振り返ったエルネスティーネが釘をさすように尋ね、マルクスはハッと我に返ると慌てて居住まいを正す。


「も、もちろんんです侯爵夫人マルキオニッサ

 サウマンディアわれわれに依存はございません。

 聖女様方サクラエの肖像を私としても大変助かります。」


 アルビオンニアの画家たちにルクレティアやリュキスカの肖像を描かせることでサウマンディア自分たちはあくまでもリュウイチの最初の肖像画を描く……そんな思惑をしつこく見せるマルクスの執念にエルネスティーネは意地悪くニヤリと笑った。


「いっそ、降臨者様と聖女様が並び立つ肖像画というのも良いかもしれませんね。」


 冗談じゃない!!


 エルネスティーネの言葉にマルクスは顔色を無くした。

 今のリュウイチの聖女サクラはルクレティアとリュキスカの二人……どちらもアルビオンニア出身だ。アルビオンニア出身の聖貴族コンセクラータがリュウイチと一緒に並んだ肖像画では、見る者に降臨者リュウイチとアルビオンニアの結びつきの強さを示すことになってしまう。何でサウマンディアが安くない金をかけてアルビオンニアの権勢を高めるような真似をしなければならないのか?! サウマンディアの画家が描く最初のリュウイチの肖像画は、あくまでもリュウイチ一人の肖像画でなければならないのだ。そうでなければサウマンディアの功績にはならない。


「伯爵閣下はリュウイチ様の肖像を御所望ですので……やはりよく話し合うことにいたしましょう。」

 

 マルクスは笑顔を引きつらせながら敗北を受け入れざるを得なかった。逆にエルネスティーネは勝利の確信から余裕を取り戻したようだ。持ち前のおっとりとした顔立ちににこやかな笑みを浮かべる。


「それがようございますねマルクスウァレリウス・カストゥス様。」


 エルネスティーネの笑顔に悔しさを覚えつつも今更この敗北は覆し様がない。マルクスは敗北の要因となった存在をふと会場に探し、それが見えないことに今更ながら気づいた。


「そういえば、本日はリュキスカ様のお姿がお見えになられないようですが?」


 今度はアルビオンニア側貴族たち……特に最上位の限られた者たちの顔がピクリと引きつる。


「……第一聖女様プリムス・サクラはいかが遊ばされたのですか?

 御子息も魔力を得られ、母子ともに正真正銘の聖貴族コンセクラートゥスになられたこと、是非お祝い申し上げたいのですが?」


 アルビオンニア貴族たち……特にアルトリウスとエルネスティーネの反応に「何かある」と気づいたマルクスは、彼らの様子に気づかぬ風を装いながら追及を試みた。するとアルビオンニア貴族たちは互いに顔を見合った後、エルネスティーネが代表して、だが言いにくそうに答えた。


第一聖女様プリムス・サクラは本日、体調を崩されておられまして……」


「なんと!!」


 マルクスは思いもかけず何か相手の急所を突いてしまったような手ごたえを感じていた。


聖女様サクラが体調を崩すとは……まさかお怪我か御病気でも!?」


 普通の人間ならともかくリュキスカは今や魔力を有する聖貴族……魔力の強さゆえに病気などにはなりにくい上、リュウイチと同居していて強力無比な治癒魔法でも《レアル》由来の魔法薬ポーションでもいくらでも使える立場にあるのだから、病気や怪我で表に出てこれないなどということは考えにくい。と考えるのが妥当であろう。病気や怪我以外で表に出てこれない理由……リュウイチと不仲にでもなったか、あるいはリュキスカが何か罰せられるような不始末をしでかしたかだ。スキャンダルが理由なら、そこには何か付け込めるチャンスがあるかもしれない。


「いえっ!」


 エルネスティーネが咄嗟に否定する。


「御病気ではないのです。もちろん御怪我などありえません。」


「?……では一体何なのです?」


 それはそうだろう。怪我や病気であるはずがない。降臨者リュウイチが身近に居てその恩恵を真っ先に預かれるリュキスカがそのような理由で表に出て来なくなるわけがない。


 さあいえ、何を隠している?


 あくまでも素知らぬ顔で、いかにも心から心配している様子でマルクスは追及を続けた。だが、アルビオンニア貴族たちはリュウイチを含め互いに顔を見合わせるばかりで、答えるべきかどうか迷っている風だった。

 そんな彼らの様子を眺めまわしながら答えを待つことにマルクスがしびれを切らそうとした寸前、ようやくエルネスティーネが答えた。


マルクスウァレリウス・カストゥス様、どうかお察しください。

 リュキスカ様も御婦人ですから、怪我や病気でなくとも体調を崩されることがあるのです。」


 エルネスティーネのその言葉にマルクスは一瞬意味を捉えかね、しばらく呆けたような間抜け面を晒した後にようやく意味に気づくと薄気味悪い笑みを浮かべた。

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