第1097話 描かれる絵は……
統一歴九十九年五月十一日、午後 ‐
「もちろんです。
誤解を生じさせるのは
マルクスは
絵画の使われる目的……それもリュウイチを説得するために用いられた表面上の理由は広報である。そしてリュウイチにとってそれは報道写真のようなものだった。世界屈指の画家に気合いを入れて描かせる、美術や歴史の教科書に載るような傑作肖像画などではなかった。だからこそリュウイチは安請け合いし、そして話を聞くうちに実態が違うことに気づき、一度は認めた話があわや
だが実態は
絵画が広報のために使われるという点ではリュウイチの理解で間違いは無いのだが、そこにどうかかわるかが貴族の功績・名声に大きく影響するのである。貴族たちにとっての関心はむしろそちらの方が大きい。が、そのようなことはおくびにも出してはならないのが貴族社会というものだ。本音と建前の間には決して超えてはならない垣根がある。本音は決して明らかにすることなく、建前のみを前に出し、隠された本音は察するだけで表沙汰には絶対にしないのが貴族の在り方なのである。
が、それが今、リュウイチに要らぬ誤解を与える基になってしまった。誤解を排除するには、本音と建前を隔てる垣根をどうにかせねばならないかもしれない。しかしそれは、一歩間違えばマルクスの社会的立場を左右しかねない問題だった。が、それでもマルクスはそれに対処せねばならない。
この点、
『いえ、絵を描いてもらうのは気恥しいですがもう理解しました。
ただ、サウマンディアから送られてくる画家はお一人なんですよね?』
「はい、リュウイチ様のことを隠したまま有力な画家を送り込むには、侯爵公子閣下の肖像を描くという名分を利用するのが適当でありましょう。
それによって、誰にも怪しまれることなく送り込めるのは、一人がせいぜいかと愚考いたします。
しかし、絵を仕上げるのに必要な徒弟は同行させますので御心配には及びません。
むしろ偉大な降臨者様の肖像画を描けると知れば、画家は徒弟に手を出させず、すべてを自分の手で描こうとするかもしれません。」
画家にとってリュウイチ様の絵を描けるのはそれくらい名誉なことなのですよと、言外に込めてリュウイチを
『先ほど、今から画家を手配しても一か月半後にようやく出来るぐらいで時間的余裕はないかのようにおっしゃっておられました。
それって私一人の絵を描くのに一人の画家がってことですよね?
やっぱり手が足らなくて間に合わないんじゃないかと心配になるんですが……』
? ……何を言ってるんだ?
確かに時間の余裕はないが間に合うことはもう理解していただけている筈。
それとも画家一人では間に合わないような大作をお望みか!?
まさか、壁画じゃあるまいし、それにそのような極端な大作を望んでおられるような様子は……
マルクスはリュウイチの質問の意味を掴みかねて
ではやはり時間に余裕がないことを気にしているということなのか?
迷っている間にも時間は過ぎていく。マルクスは間が空きすぎるのに気づき、ひとまず今自分が理解できている範囲で応えることにした。
「はい、ですが伯爵家の名誉にかけて万全の体制を整えてごらんに入れますので、リュウイチ様には何の御心配もいりません。」
『私一人の絵なら大丈夫でしょうけど、でもそれだけで良いというわけではないのでは?
私が
「「「「「「あ」」」」」」」
「「「「「おう」」」」」」
貴族たちは一様に声を漏らした。ただ一人、ルキウスだけが貴族たちの間抜け面を眺めて顔がほころびそうになるのを堪えている。
『とりあえず私の絵のことは分りましたけど、降臨が起きたことや私がこれまで身を隠していた間の出来事とかも広めなければならないのでしょうから、絵は私一人の肖像画だけでは済まないでしょう。
やはりここはサウマンディアの画家一人に全てを任せるのではなく、アルビオンニアの画家も一緒に手分けしてかかった方が良いのではないでしょうか?』
「ご賢察の通りにございますリュウイチ様。」
リュウイチの意図に気づいたエルネスティーネはマルクスが口の中で小さく「あー」っと声にならない声を漏らして頭の中を整理している間にいち早く反応した。リュウイチに向かって姿勢を正し、胸を張る。
「御意に従い、
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