第1321話 決着

統一歴九十九年五月十一日、夜 ‐ グナエウス砦陣営本部プリンキパーリス・ブルギ・グナエイ西山地ヴェストリヒバーグ



「なるほど、これは確かに吾輩わがはいが軽卒でした。

 まさか尊い御方の持ち物だったとは……」


 目を閉じたグルグリウスが口にしたのは反省の弁だった。知らなかったとはいえ自らの主である《地の精霊アース・エレメンタル》が忠誠を誓う人物の持ち物に勝手に手を加えようとしてしまった……未然に防がれたから良かったものの、やってしまった後では《地の精霊》からどんな叱責を受けるか分からない。

 もっとも、特有財産ペクーリウムという概念は人間社会の、それもレーマ帝国のものであってリュウイチには馴染みのない感覚であったし、リュウイチは譲渡したものだと理解していた。まして《地の精霊》は人間ではなく人間社会のそうした常識や制度みたいなしがらみになど関心は無い。なのでやってしまったとしてもグルグリウスが心配したように誰かに怒られてしまうようなことはなかっただろう。が、そのような背景はグルグリウスが知る由も無かった。


「ではやはり吾輩わがはい魔導具マジック・アイテムを用立ててリウィウス殿に持たせるしかないのではありませんか?」


 神妙な様子で反省を示したグルグリウスに安堵していた人間たちは、グルグリウスが自らのアイディアを諦めていなかったのとに唖然とした。


「いや、それは……」


「何か問題があるのですか?」


 あくまでも却下しようとするカエソーだったが、グルグリウスに説明を求められると答を見つけられず、救いを求めるように百人隊長ケントゥリオたちへ視線を向ける。だが、百人隊長たちとてカエソーと同様、グルグリウスが創った魔導具をリウィウスに持たせてはならない理由を見つけることが出来なかった。

 が、無茶振りでも上官に期待されれば無理にでも応えようとしてしまうのは若手将校にはよくあること。そして彼ら百人隊長たちは周囲に出世意欲に不足を感じさせるようなことのない人間だった。だいたい、コネと賄賂が人事に大きく影響するレーマ軍では、上昇志向の無い者は百人隊長になどならない。そして彼らは、こういう時に機転を利かせらえるかどうかが、今後の出世に大きく影響するコネクション形成に影響するだろうことを知っていた。無理にでもカエソーの期待に応えるべく言葉をひねり出す。


「リ、リウィウス殿はリュウイチ様の奴隷セルウスですから!」


奴隷セルウスだと魔導具マジック・アイテムを持たせてはならないのですか?」


「い、いや、その……」


 苦し紛れに言葉を発したサウマンディア軍団レギオー・サウマンディアの百人隊長は、リウィウスを奴隷と見下す態度を気にしたグルグリウスに不快そうに問いただされると答えにきゅうした。それを見たカエソーは口をへの字に結び、喉の奥で低く唸る。

 今度はアルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシアの百人隊長……セルウィウス・カウデクスが後を取るように理由の説明を試みる。


奴隷セルウスを持つ主人の中には、奴隷セルウスが他人からモノを貰うことをこころよく思わぬ者もおります。

 奴隷セルウスが主人以外の者から勝手に価値あるものを貰うと忠誠を疑われることになるでしょう。

 リウィウス殿に何かを与えるというのであれば、主人であるリュウイチ様を通して与えたほうが、リウィウス殿のためにもなるでしょう」


 それは実に無難で効果的な逃げ口上だった。グルグリウスがリウィウスたちに対して好感を抱いているらしいことはカエソーやセルウィウスも気づいていた。グルグリウスが味方となって二日、カエソーの依頼のために離れている時間が多かったわけだが、こちらに合流している短い時間は何かとリウィウスたち三人と一緒に行動しようとしたがることが目立っている。自らの主である《地の精霊》と任務を同じくする彼らと懇意になろうとしているのだろうと考えれば、それは自然なことだった。

 そして《地の精霊》の眷属であるグルグリウスは《地の精霊》が忠誠を誓うリュウイチに逆らうことは出来ないだろう。現にリウィウスの装備の所有者はリュウイチだと教えた途端、リウィウスの装備に魔法効果を付与しようという提案を即座に引っ込めたくらいだ。

 リウィウスに迷惑が掛からないようにするにはリュウイチに話を通さねばならないというルールを示せば、グルグリウスはそれに従うほかあるまい。しかしリュウイチはこの場におらず、またグルグリウスはリュウイチに会ったことも無ければどこにいるかも知らない。つまり、筋を通そうにも通せない。

 つまりセルウィウスは自分たちが悪者になることなくリウィウスを人質にとり、リュウイチの権威を笠に着てグルグリウスに諦めさせようというのだ。カエソーをはじめ百人隊長たちはセルウィウスのロジックに目を見張り、表情を明るくした。が、グルグリウスには通じなかった。


「では魔導具マジック・アイテムはリウィウス殿に預けることにしましょう」


「「「「「!?」」」」」


 六人の表情が一瞬で強張り、その視線がグルグリウスに集中する。


「一度、リウィウス殿に魔導具マジック・アイテムを預け、役立てていただきます。

 そして尊き御方のお許しを得られれば、その時初めてリウィウス殿に所有権もお渡ししましょう。

 そうすれば筋は通せますし、問題も解決できます」


 涼し気に言ってのけたグルグリウスに対する反論の言葉は無かった。もとよりグルグリウスのアイディアは大協約はもちろん、他のどの法律にも抵触するようなものではない。ただ、魔力を持たないホブゴブリンがそれを持つことでハーフエルフに対抗できるようになるほど強力な魔導具などと言う、後々大きな問題になりかねない危険物をリウィウスというアルトリウシア軍団でも問題の多いことで知られたグータラ兵士に持たせることが、彼らにとってとてつもなく不安だというだけのことなのだ。しかし、今ここでリウィウスの人間性や人間的資質についてとやかく言うことはできない。リウィウスは《暗黒騎士リュウイチ》の奴隷なのだから、そのリウィウスを下手に否定すればリュウイチの権威を否定することになりかねなかったし、リウィウスに好感を抱いているであろうグルグリウスの機嫌を損なうことにもなるからだ。今この場でグルグリウスの機嫌を損ねることが得策だなどと、誰も考えるわけがない。


「何故、そこまで吾輩わがはいがリウィウス殿に魔導具マジック・アイテムを持たせるのを拒もうとなさるのです?」


 軍人たちの沈黙を消極的な同意と見做し、答えは決したと判断したグルグリウスは先ほどよりずっとトーンを落とした調子で尋ねた。もちろん、そこに答えは無い。軍人たちは答えを探して互いを見合うばかりだ。


「何でしたら、皆様にも魔導具マジック・アイテムをお渡ししたほうがよろしいでしょうか?」


 もしかしたら彼らは自分たちを差し置いて奴隷のリウィウスが魔導具を持つことがおもしろくないのかもしれない……そう考えたグルグリウスの提案だったが、軍人たちは今までにない勢いで遠慮した。それはそれまでの反対が自分たちのツマラナイ嫉妬だと思われることを避けたいというプライドのようなものだったのかもしれないし、あるいは答えを出せずに沈黙せざるを得なかった状況からの反動だったのかもしれない。

 ともあれ、リウィウスは明日からグルグリウスが用意した魔導具を装備し、ペイトウィンの面倒を見ることになったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る