第305話 イェルナクの叱責
統一歴九十九年四月二十七日、昼 エッケ島ハン支援軍本営前/アルトリウシア
アルトリウシアで火の手が上がっている…その報告に
「あそこでございます!!」
兵士の指さす先、アルトリウシア湾の向こうには地上から白い煙が立ち昇っているのが確かに見えた。距離がありすぎるため炎の光はさすがに見えないが、たしかにポツンの煙が見える。だが、この距離だ。十マイル(約十八キロ半)ではきかないほどの遠方でこうもクッキリと煙が見えるということは、相当な範囲でかなりな火事が起きているとしか考えられない。
「何だ、何があったのだ!?」
「あの煙…結構な範囲で燃えている。」
「大火か!?」
「あれはどのあたりだ!?」
「あそこ!あの赤いのが《
「
「いや、
「あのあたりが《
「アイゼンファウストで大火だと?」
「アイゼンファウストはあの日すでにかなり焼けたはずだ。
何が燃えているんだ?」
「いや、アイゼンファウストのすべてを焼き尽くしていたわけじゃない。
何か燃え残りがあったのだろう。」
「いやいや、イェルナク様のご報告ではすでにかなり復興が進んでいるとのことではないか。
集めた建築資材に火でもついたのではないか?」
「あの勢いでは《
「だとしたら相当な犠牲が出おるやもしれん。」
「ならば奴らもこちらに攻めてこれなくなったのではないか?」
「被害が大きければそうなるだろう。」
「だとすればしめたものだ。」
「うむ、奴らにもついに天罰が下ったのだろう。」
「バカを申せ!!」
王族たちがはるか遠方に立ち昇る白い煙を見ながら、好き勝手に能天気なことを言っているとイェルナクが突然怒鳴り声をあげて黙らせた。
「こ、これはイェルナク様!?」
「いや、我々は別に…」
「天罰だと!?これで
ああ、そうだと良いな。実にありがたい!!
だがそうでなかった場合はどうする!?
あの火災が本当にただの事故ならばよい。
しかし火災の原因次第では、我らを攻める口実とされるやもしれんのだぞ!?」
「どういうことだイェルナク?」
「わからないのかディンキジク!?
あの火が我々の点けた火だったとしたらどうだ?」
アルトリウシアと
今はアルトリウシア側に逆襲するだけの余裕がないことと、あれはメルクリウス団の陰謀であり
もし、ここで
「そりゃあ、報復の口実にはなるだろうが…だが、あれは我々とは関係ないだろう?」
「果たしてそうかな?」
「何が言いたい?」
「燃えているのはアイゼンファウストだ。そして川一つ挟んだアルトリウシア平野には我々の騎兵がいるではないか!」
イェルナクがまた騎兵を疑っているらしいことを察してディンキジクはうんざりした。イェルナクは何故か
そりゃ、
「イェルナク!
確かに騎兵はやったが偵察だ。攻撃任務じゃないし、セヴェリ川は絶対に渡るなと厳命してある。」
「貴公は
イェルナクはドナートを指さして叫んだ。王族たちはいっせいにドナートへ視線を向け、ドナートはサッと跪いて頭を垂れた。
「イェルナク!あれは《
言うなれば正当防衛だ!」
するとイェルナクは今度はアイゼンファウストから立ち昇る煙を指さしてまくしたてる。
「アレもそうかもしれんではないか!
今アルトリウシア平野には騎兵が行っておろう?
何かの拍子に正当防衛でもやらかしたんじゃないのか!?」
「・・・・・ドナートよ、どうなのだ?
今、我が騎兵は向こうに行っておるのか?」
ディンキジクが跪いたままのドナートを見下ろし、問いかけた。
今、騎兵隊長たるドナートがここにいる。もし、ドナートの部下たちが今日は行っていないというのなら、ここでイェルナクに反論する最も有力なカードになるだろう。
だがディンキジクの期待は裏切られた。
「ハッ…け、今朝ほど小官がこちらへ出仕するのに合わせ、一隊が偵察に出立いたしました。おそらく、今頃はアイゼンファウストの対岸まで達しているものと…」
「それ見たことか!!」
ドナートの心苦し気な報告を聞くとイェルナクは鬼の首でも取ったかのように大声を上げる。
「待て!だからといって騎兵がやったと決まったわけではあるまい!?」
「ディンキジク!貴公ほどの者が何を言っている?
今、アイゼンファウストに騎兵が行っていて、そしてアイゼンファウストで火災が起きたのだ。大火だ!
もし、貴公の言うように彼奴らが本気で我らをハメようとしているのなら、その二つを結びつけるくらいやってみせるさ!証拠なんていくらでも用意できるだろうよ!?
どうせ我々にはやっていないという証拠なんて用意のしようがないのだからな!」
「そ、それは彼奴らがアイゼンファウストに我らの騎兵がいることに気づいていればの話だ!
まだ二日目、隠蔽には最大限の努力を払っておる。見つかってるわけがない!」
「それとて時間の問題であろう。
調べればダイアウルフの足跡くらい見つけられるであろう?
ほかにも痕跡を残しておるのではないか?」
ドナートは俯いたまま黙っていた。痕跡はなるべく残さないよう最大限の努力はした。しかし、足跡までは消していないし、それどころかアイゼンファウストの対岸まで迷わずに行くため、目印をルート上に設置するように命令をだしてあった。
反論のできないディンキジクとドナートを見てイェルナクはフフンと鼻を鳴らす。
「貴公らがどれほど危ないことをやらかしてくれていたか理解したか?
今、我々は生き残るために叛乱を起こしたという事実そのものを消さねばならんのだ。そのためにメルクリウス団などというバカげた道化まで用意した。メルクリウス団にすべての責任を負わせ、我々がレーマ帝国からの追及を逃れきるためには、今はアルトリウシアへの敵対的な行動は一切慎まねばならん!
エッケ島の防備を強化するのはいいが、アルトリウシアを敵視していると思われるような事は何一つやってはいかんのだ!!
そんなことをすれば、メルクリウス団なんて嘘でしたとわざわざ自ら告白するようなものだぞ!?
いいか、北の砲台の件とアルトリウシア平野の騎兵の件、今後は計画を見直してもらうからな!?」
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