第525話 対アルビオーネ戦
統一歴九十九年五月七日、昼 - アルビオン湾口/アルビオンニウム
「な、何でそうなるんだよ!?」
ティフ・ブルーボールは目を丸くし、アルビオーネに食って掛かった。そのティフにペイトウィン・ホエールキングとスマッグ・トムボーイ、そしてペトミー・フーマンが掴みかかり抑えつける。
「よせティフ!」
「まずいって!落ち着け!!」
「
「なっ!?放せ!放せよお前ら!!」
三人がかりで
『この地は本来侵すべかざる神聖な地なのだぞよ。
不届きにもそこで騒ぎを起こし、彼の御方の
なれど、彼の御方におかれては
早う
アルビオーネからすればこれは大サービスと言って良かった。そもそも
そうまでしてアルビオーネが本来なら口を利く必要すらない人間相手に姿を見せて口を利いてやっているのは、彼らが無理に海を渡ろうとして殺さなければならなくなるようなハメにならないようにという配慮からだった。リュウイチの眷属である《
アルビオーネにとってティフたちの生死などハッキリ言ってどうでもよい。人間にしては強い魔力をもっているようだが、アルビオーネほどの精霊にとっては取るに足らない存在でしかない。正直言うと、何故こんな小物にここまで慈悲をかけてやらねばならないのかと不可思議なくらいであり、アルビオーネにとっては彼らよりも海峡に生息する魚たちの方がカワイイくらいなのだ。
あくまでもリュウイチが「殺さないで」と慈悲をかけるから、その慈悲のありがたさを知らしめてやるべく、こうして姿を現わして警告してやっているのである。
だが、当の本人はアルビオーネが示してやっている慈悲に気付くことが出来なかった。白い顔を真っ赤に染め、唾を飛ばしながらわめき始める。
「ふ、ふざけるな!
何だよその彼の御方ってのは!?
俺たちは『
偉大なゲーマーの血を引く、冒険者の中の冒険者だぞ!?
冒険者は誰にも支配されない!誰の
「やめろってティフっ!!」
「落ち着け!相手は神だぞ!?」
「堪えてください!堪えてください!!」
偉大なる《
右手を肩ぐらいの高さに掲げ、その指先に自身の身体を通して
「あぶっ!?」
「「ぶふぁあ!?」」
「どあああっ!?」
水球を創り出して打ち出し、敵にぶつける…
打ち出す速度はかなり抑えてあったものの、巨大な質量をまともに喰らった四人はボーリングのピンのように派手に吹っ飛ばされ、地面に無様に転がる。気づけば彼らは元居た場所から四~五メートル離れたところで水浸しになって倒れていた。
『少しは頭が冷えたかえ?』
最初に気づいた時、何が起こったのか分かってなかった。海水で身体のあちこちが冷たく、口の中がしょっぱくて、空が滲んで見えた。少し遅れて海水が入った目が沁みて痛みだし、次いで地面に打ち付けられた身体のあちこちがから痛みが感じられた。
だが、アルビオーネの声が頭の中に響き、ティフは何が起こったかを理解した。要はいきなりぶん殴られたわけだ。
「え!?…くっ、クソっ」
何が起きたか理解したティフは身体を起こし、アルビオーネを見つけると彼女を
『身の程を知らぬ愚か者め。
せっかく妾の敬愛する御方が慈悲を
反省するがよい。
これに
ティフはアルビオーネ目掛けてポーチから取り出した爆弾を投げつけた。それはシュバルツゼーブルグでファドがロックゴーレムに向けて投げつけたものと同じ、青銅製の瓶に火薬と
パンッ!!
それはアルビオーネのすぐ眼前で乾いた音を立てて爆発し、燃える黄燐と破片をまき散らしながら人の形を
「へっ!ざまあ見ろ!!」
燃えた黒色火薬と黄燐が作り出した盛大な白煙は強風によって瞬く間に流されて消え、その向こうに上半身を失ったアルビオーネの姿を見たティフはガッツポーズを作って歓声を上げた。
「おい、ヤバくねえかコレ!?」
「あああああティフ!お前自分が何したか分かってんのか!?」
「あ、あああ!?なんてことを!」
ティフ以外の三人は顔を青くする。しかし、ティフは彼らとは対照的に意気揚々といった様子で立ち上がった。
「しっかりしろみんな!
勇者の前に立ちふさがる奴なんか倒してなんぼだぞ!?
さあ、お前たちも力を貸せ!
俺たちの力は悪を滅ぼすためにあるんだ!
みんなでとどめを刺すぞ!!」
ずぶ濡れで地面に転がったままの三人を見下ろし、ティフが高らかに宣言する。
「バカ!わかってんのか!?
相手はこの海峡を統べる精霊だぞ!?
下手したらこの間の《地の精霊》より強いかもだぞ!?」
「そうだ!準備もしてないのに勝てるわけないだろ!」
「私たち四人しかいないんですよ!?」
「大丈夫だ!勝てる!!
いいか、《地の精霊》に負けたのは敵のホームグラウンドだったからだ!」
「ここだって海じゃねえか!?」
「そうだ!すぐに逃げなきゃ!!」
「落ち着け!
《地の精霊》はゴーレムやモンスターをたくさん召喚しやがったから、そいつらを相手に消耗させられたから負けたんだ。
でもここは海から百メートルはある断崖絶壁の上だぞ!?
こんなところなら水属性モンスターだって湧くもんか!
今ここで戦うのが、アイツを倒すために一番いい条件なんだ!!
さあ、敵が回復する前に『オホホホホホホ!!』!?」
「回復する前に畳みかけるぞ」…そう言いかけたティフを遮るように、彼らの頭の中にアルビオーネの
「クソっ!もう復活しやがったか!?」
苦々し気に睨みつけるティフの視線の先には、完全に元通りに復活したアルビオーネの姿があった。
『今のは攻撃のつもりだったのかえ?
其方らごときで妾を倒せるわけが無かろうが?』
「上半身吹っ飛ばされたくせに余裕ぶりやがって!
ペイトウィン!何してんだ、攻撃だ!!」
「え!?で、でも」
「ティフ!やめろって!!」
「ブルーボール様!!」
「こんだけ近いんだ、外しっこない!
得意の
水属性モンスター相手には効くんだろ!?」
そう言うとティフ自身も右手を翳し、手の中に魔力で火球を創り出した。ティフもハーフエルフなだけあって一応全属性の精霊魔法を使うことができる。ただ、彼の父がアサシンだっただけあって魔法よりも武芸の練習に注力していたため、ペイトウィンなどの本職のマジックキャスターには全然敵わなかったが、それでも地力が強いので普通のヒトの聖貴族よりはよっぽど実力があった。
「ファイア・ボール!!」
ティフが放った『火炎弾』は見事にアルビオーネの顔面に命中し、首から上を吹っ飛ばした。
「「「あああっ」」」
もう取り返しがつかない…三人はアルビオーネとの戦いを避けたかったが、どうやら諦めるしくなってしまったようだった。
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