第525話 対アルビオーネ戦

統一歴九十九年五月七日、昼 - アルビオン湾口/アルビオンニウム



「な、何でそうなるんだよ!?」


 ティフ・ブルーボールは目を丸くし、アルビオーネに食って掛かった。そのティフにペイトウィン・ホエールキングとスマッグ・トムボーイ、そしてペトミー・フーマンが掴みかかり抑えつける。


「よせティフ!」

「まずいって!落ち着け!!」

こらえてください!!」


「なっ!?放せ!放せよお前ら!!」


 三人がかりで羽交はがめにされ抑えつけられながらもあがき続けるティフにアルビオーネは冷然と言い放った。


『この地は本来侵すべかざる神聖な地なのだぞよ。

 不届きにもそこで騒ぎを起こし、御心みこころを案じさせたてまつるなどがたきことじゃ。

 なれど、におかれては寛大かんだいにも其方そなたらを殺すなとのおぼしゆえ、今日のところは見逃してやろう。

 早うぬるがよい。』


 アルビオーネからすればこれは大サービスと言って良かった。そもそも精霊エレメンタルが人の前に姿を現わすというだけでも相当な魔力を消費する。アルビオン海峡の海流から膨大なエネルギーを得ているアルビオーネにとっては大した負担ではないが、海水を海面から百メートルも持ち上げて人間の目に見えやすいように人形を創り出して操るのは、並の精霊であればそれだけで生命を危険にさらしてしまうレベルの大技だった。

 そうまでしてアルビオーネが本来なら口を利く必要すらない人間相手に姿を見せて口を利いてやっているのは、彼らが無理に海を渡ろうとして殺さなければならなくなるようなハメにならないようにという配慮からだった。リュウイチの眷属である《地の精霊アース・エレメンタル》がわざわざ「彼らを殺さないでやってほしい」と伝えて来た…であるならば、なるべく彼らが死なないように取り計らってやった方が良いだろう…そういうアルビオーネのリュウイチに対するサービス精神がさせていることなのである。

 アルビオーネにとってティフたちの生死などハッキリ言ってどうでもよい。人間にしては強い魔力をもっているようだが、アルビオーネほどの精霊にとっては取るに足らない存在でしかない。正直言うと、何故こんな小物にここまで慈悲をかけてやらねばならないのかと不可思議なくらいであり、アルビオーネにとっては彼らよりも海峡に生息する魚たちの方がカワイイくらいなのだ。

 あくまでもリュウイチが「殺さないで」と慈悲をかけるから、その慈悲のありがたさを知らしめてやるべく、こうして姿を現わして警告してやっているのである。


 だが、当の本人はアルビオーネが示してやっている慈悲に気付くことが出来なかった。白い顔を真っ赤に染め、唾を飛ばしながらわめき始める。


「ふ、ふざけるな!

 何だよそのってのは!?

 俺たちは『勇者団ブレーブス』だ!

 偉大なゲーマーの血を引く、冒険者の中の冒険者だぞ!?

 冒険者は誰にも支配されない!誰の指図さしずだって受けない!!」


「やめろってティフっ!!」

「落ち着け!相手は神だぞ!?」

「堪えてください!堪えてください!!」


 偉大なる《水の精霊ウォーター・エレメンタル》アルビオーネは自身が忠誠を誓う偉大な人物の慈悲をありがたいとも思わず、反発する生意気な小物にあきれ、少しばかり腹を立てた。

 右手を肩ぐらいの高さに掲げ、その指先に自身の身体を通してみ上げた海水を集めて直径二メートルほどの水球を作り上げると、目の前でもみ合っている四人に向けて打ち出した。


「あぶっ!?」

「「ぶふぁあ!?」」

「どあああっ!?」


 水球を創り出して打ち出し、敵にぶつける…『水撃』ウォーター・ショット。水属性攻撃魔法の基本中の基本だったが、それを繰り出したのが《水の精霊》アルビオーネともなれば威力は格別である。アルビオーネからすればかなり手加減しているのだが、それでも水球の大きさはペイトウィンやソファーキング・エディブルスのそれより倍以上もあった。

 打ち出す速度はかなり抑えてあったものの、巨大な質量をまともに喰らった四人はボーリングのピンのように派手に吹っ飛ばされ、地面に無様に転がる。気づけば彼らは元居た場所から四~五メートル離れたところで水浸しになって倒れていた。


『少しは頭が冷えたかえ?』


 最初に気づいた時、何が起こったのか分かってなかった。海水で身体のあちこちが冷たく、口の中がしょっぱくて、空が滲んで見えた。少し遅れて海水が入った目が沁みて痛みだし、次いで地面に打ち付けられた身体のあちこちがから痛みが感じられた。

 だが、アルビオーネの声が頭の中に響き、ティフは何が起こったかを理解した。要はいきなりぶん殴られたわけだ。


「え!?…くっ、クソっ」


 何が起きたか理解したティフは身体を起こし、アルビオーネを見つけると彼女をにらみながら腰に下げたポーチに手を突っ込んで中身をまさぐる。


『身の程を知らぬ愚か者め。

 せっかく妾の敬愛する御方が慈悲をたまわろうというのに、実に不遜ふそんな奴じゃ。

 反省するがよい。

 これにりたら「喰らえ!!」』


 ティフはアルビオーネ目掛けてポーチから取り出した爆弾を投げつけた。それはシュバルツゼーブルグでファドがロックゴーレムに向けて投げつけたものと同じ、青銅製の瓶に火薬と黄燐おうりんを詰め込んだ焼夷爆弾しょういばくだんだった。


 パンッ!!


 それはアルビオーネのすぐ眼前で乾いた音を立てて爆発し、燃える黄燐と破片をまき散らしながら人の形をかたどったアルビオーネの上半身を吹き飛ばしてしまった。


「へっ!ざまあ見ろ!!」


 燃えた黒色火薬と黄燐が作り出した盛大な白煙は強風によって瞬く間に流されて消え、その向こうに上半身を失ったアルビオーネの姿を見たティフはガッツポーズを作って歓声を上げた。


「おい、ヤバくねえかコレ!?」

「あああああティフ!お前自分が何したか分かってんのか!?」

「あ、あああ!?なんてことを!」


 ティフ以外の三人は顔を青くする。しかし、ティフは彼らとは対照的に意気揚々といった様子で立ち上がった。


「しっかりしろみんな!

 勇者の前に立ちふさがる奴なんか倒してなんぼだぞ!?

 さあ、お前たちも力を貸せ!

 俺たちの力は悪を滅ぼすためにあるんだ!

 みんなでとどめを刺すぞ!!」


 ずぶ濡れで地面に転がったままの三人を見下ろし、ティフが高らかに宣言する。


「バカ!わかってんのか!?

 相手はこの海峡を統べる精霊だぞ!?

 下手したらこの間の《地の精霊》より強いかもだぞ!?」

「そうだ!準備もしてないのに勝てるわけないだろ!」

「私たち四人しかいないんですよ!?」


 狼狽うろたえる三人が意外だったのかティフは一瞬たじろいだ風だったが、すぐに調子を取り戻し、三人を説得にかかる。


「大丈夫だ!勝てる!!

 いいか、《地の精霊》に負けたのは敵のホームグラウンドだったからだ!」


「ここだって海じゃねえか!?」

「そうだ!すぐに逃げなきゃ!!」


「落ち着け!

 《地の精霊》はゴーレムやモンスターをたくさん召喚しやがったから、そいつらを相手に消耗させられたから負けたんだ。

 でもここは海から百メートルはある断崖絶壁の上だぞ!?

 こんなところなら水属性モンスターだって湧くもんか!

 今ここで戦うのが、アイツを倒すために一番いい条件なんだ!!

 さあ、敵が回復する前に『オホホホホホホ!!』!?」


 「回復する前に畳みかけるぞ」…そう言いかけたティフを遮るように、彼らの頭の中にアルビオーネの哄笑こうしょうが響き渡った。


「クソっ!もう復活しやがったか!?」


 苦々し気に睨みつけるティフの視線の先には、完全に元通りに復活したアルビオーネの姿があった。


『今のは攻撃のつもりだったのかえ?

 其方らごときで妾を倒せるわけが無かろうが?』


「上半身吹っ飛ばされたくせに余裕ぶりやがって!

 ペイトウィン!何してんだ、攻撃だ!!」


「え!?で、でも」

「ティフ!やめろって!!」

「ブルーボール様!!」


「こんだけ近いんだ、外しっこない!

 得意の『火炎弾』ファイア・ボールでも『雷撃』ライトニングでもくらわしてやれ!

 水属性モンスター相手には効くんだろ!?」


 そう言うとティフ自身も右手を翳し、手の中に魔力で火球を創り出した。ティフもハーフエルフなだけあって一応全属性の精霊魔法を使うことができる。ただ、彼の父がアサシンだっただけあって魔法よりも武芸の練習に注力していたため、ペイトウィンなどの本職のマジックキャスターには全然敵わなかったが、それでも地力が強いので普通のヒトの聖貴族よりはよっぽど実力があった。


「ファイア・ボール!!」


 ティフが放った『火炎弾』は見事にアルビオーネの顔面に命中し、首から上を吹っ飛ばした。


「「「あああっ」」」


 もう取り返しがつかない…三人はアルビオーネとの戦いを避けたかったが、どうやら諦めるしくなってしまったようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る