第526話 効かない攻撃

統一歴九十九年五月七日、昼 ‐ アルビオン湾口/アルビオンニア



「ソリティテイション・クワイア!」

『火炎弾』ファイア・ボール!!」

『雷撃』ライトニング!!」

『風斬』ウインド・スラッシュ!!」


 スマッグ・トムボーイが支援魔法で『勇者団ブレーブス』の仲間たちの攻撃力を強化し、ティフ・ブルーボールはノリノリで、ペトミー・フーマンとペイトウィン・ホエールキングはもうヤケクソになってアルビオーネに向けて攻撃魔法を放ち続ける。

 彼らの放つ攻撃魔法は面白いようにアルビオーネに直撃し続けた。


 イケる!これならイケるぜ!!

 何が海峡をつかさどる《水の精霊ウォーター・エレメンタル》だ。

 敵の本体さえ目の前に現れればこんなもんだ!

 一昨日の《地の精霊アース・エレメンタル》は正体を現さなかったが、本体さえみつければきっとこんな風に簡単に片付く!敵もそれが分かってるら自分は姿を現わさずにゴーレムなんかに戦わせてたんだ。

 そうだ、俺たちは世界最強の冒険者パーティー『勇者団』だ!!


 ティフは戦いの興奮と勝利の喜びに顔をゆがめ、『火炎弾』を放ち続ける。

 彼らの攻撃魔法が命中するたびに海水で出来たアルビオーネの身体は吹き飛ばされ、水飛沫みずしぶきと蒸気に変わる。発生した蒸気はかすみとなって視界を塞ぐが、それが吹きすさぶ強風に流される頃には海面から崖上まで伸びる水柱を通して海水がみ上げられ、形の崩れたアルビオーネの身体の再生が始まっている。

 『勇者団』たちは無限に再生し続けるアルビオーネに対して攻撃魔法を連続して浴びせ続けた。


「な、なあ…何か、様子がおかしくないか?」


 全員での攻撃が始まって五分くらい経ったころ、元々やる気のなかったペイトウィンが攻撃の手を止めた。


「何がだペイトウィン!?

 いいから攻撃の手を緩めるな!」


「いや、ペイトウィンの言うとおりだ。効いてないっぽい…」


 ティフがペイトウィンに気合を入れようとする反対側で、ペイトウィンに続いてペトミーも攻撃の手を緩めた。元々魔法戦闘は得意ではないペトミーは既に息があがっており、身をかがめ、膝に両手をついてアルビオーネの様子をうかがう。


「そんなわけあるか!

 派手に吹き飛んでるじゃないか!?

 敵の回復速度を上回るダメージを与え続けなきゃ倒せないぞ!!」


「あ…あああっ!?

 みんな上っ!上ッ!!」


 役割上、他の三人より一歩下がったところにいたエンチャンターのスマッグが頓狂とんきょうな声を上げ、三人が「上?」と頭上を見上げると、各人の頭上に直径二メートルはあろうかという水球が浮かんでいた。


「「「ああっ?!」」」


 三人が驚きの声を上げるや否や、その水球が全員の頭上に落ちて来る。


 ドシャッ!!!


 水とは言え約四トンもの量となればその衝撃は生半なまなかなものではない。いち早く気づいて唯一逃げようとしたスマッグですらかわしきれず、四人は再び濡れネズミと化して地面に倒れ伏した。


「ぶはっ…はっ…あっ…あああっ…」


 水球を食らい、倒れて地面に叩きつけられた衝撃のダメージと、無防備な状態で水を被ったことで呼吸器系にいくらか吸い込んでしまったのが合わさって上手く呼吸できない。

 それでも、いやそうであるがゆえに、息苦しさから逃れようとティフは必死に身体を起こした。地面に両手を突き、片膝を曲げてアルビオーネを見上げると、既にアルビオーネの姿は元通りになっており、彼女の周囲には一抱えほどもある水球がいくつも浮かんでいた。


「うっ…ううううっ…」


 他のメンバーたちが苦しそうに呻く中、アルビオーネはティフをジッと見下ろしたまま語り掛けて来た。


『目は、覚めたかえ?』


 その表情はわからないが、念話を通じて伝わって来る感情にはあきれと侮蔑が含まれていた。ティフは地面に突いた両手で、まるで地面に爪を立てるかのように握りしめ、歯を食いしばる。


「クソッ、本体じゃないな!?」


「ど、どういうことだティフ!?」


「分からないか!?

 今、俺たちに見せているあの姿はニセモノだ!

 水のゴーレムみたいなもんで、本体はきっと別にいるんだ!

 そうじゃなけりゃ今頃ぶふぉっ!?」


 ティフが言い終わる前にアルビオーネが用意していた水球の一つが飛んできてティフの顔面に直撃する。


たわけめ、そうでなければ何だというのじゃ?』


「ゲホッゲホゲホッ…クソっ!

 そうじゃなけれ今頃大ダメージを食らってるはずだ!

 なのに平気なのは、その姿が偽物だからだろうぐヴぉあっ!?」


 言い終わるか言い終わらないうちに再び水球がティフを直撃する。


「「ティフっ!?」」

「ブルーボール様!?」


 さすがにそろそろ回復しつつあった三人がティフを心配する…が、誰もティフに駆け寄らない。死ぬようなダメージを負ってるようには見えなかったし、下手に近づけば自分も再び水球を食らうのが分かっているからだ。


「くそっ!

 ず、ズルいぞ!!

 正体をあらわズェッ!?」


 ティフは再び水球を食らい、その勢いで今度は後ろへ仰け反るように倒れた。


「「「あああっ!!」」」


『戯け、わらわは最初から其方そなたらに正体を晒しておろうが?』


 アルビオーネはそう言うと水球を更に二発三発と打ち込んだ。


「痛ぇっ!?

 クソッ!…嘘つけ!!

 本体は絶たブッ!?

 絶対別にいるだろうが!!

 クソッ!?…ペ、ペイトウィン!!

 何してる、防御魔法だ!!」


 立て続けに水球を食らいながら罵り続けていたティフだが、流石にたまらなくなったのか少し離れたところから攻撃を受けまくっているティフをあわれむような表情で見守っていたペイトウィンに助けを求めた。

 だが、自分でも気づかない間に自身を第三者の立場に置いてしまっていたペイトウィンには当事者意識が欠けており、咄嗟とっさに反応できない。


「え、えっ!?」


「仲間が攻撃されてんだぞ!

 黙って見てる奴グハッ!?…黙って見てる奴があるか!!」


 アルビオーネの放っている魔法は『水撃』ウォーター・ショットだが、明らかに威力を加減している。つまり、アルビオーネはティフをのだ。おそらく彼女にとっては、大人が子供を叱る時に放っているゲンコツとかビンタとかデコピンみたいなものなのだ。実際、アルビオーネの水球は反抗的態度をとり続けるティフにしか向けられていない。そう思うとここであえて防御魔法でアルビオーネの邪魔をするのは躊躇ためらわれた。


「いや、でも…地属性魔法は使えないし…」


「何でもいいっ、はやっ!?…早くしろぉ!!」


 そうしてる間にも次々と水球を食らい、その衝撃でティフの身体は徐々に後ろへ転がるように退けられていく。今やティフの身体は海水と泥でグチャグチャになっており、さすがに哀れに見えて来た。

 しかし、地属性の魔法は《地の精霊アース・エレメンタル》の妨害のせいで低位の治癒魔法ぐらいしか発動してくれないし、アルビオーネの目の前でアルビオーネへの反抗を意図する水属性魔法が発動するとは考えにくい。今使えるのは風属性か火属性の魔法だけだ。

 ペイトウィンはアルビオーネをチラッと見、理由は分からないがぎこちなく愛想笑いすると、躊躇ためらいがちに魔法使った。


「フッ、ファイア・ウォール!!」


 彼らとアルビオーネの間に突然炎が燃え上がり防壁を形成した。スマッグがペイトウィンに重ね掛けしたバフの効果が残っていたため、いつもより強力な炎の防壁が形成され、向こう側にいるはずのアルビオーネの様子が全く見えなくなってしまう。

 アルビオーネの攻撃が止んだ隙にティフは立ち上がり、頭巾が外れて乱れてしまった髪の毛を両手で撫でつけると、いつの間にか鞘から抜け落ちていた自分の舶刀カットラスを地面から拾いあげ、鞘に戻した。


「よし、反撃だ!!」


「「「えええ~~~っ!?」」」


 ティフの信じられない一言に三人が明らかに不満げな抗議の声を上げる。


「何だよ!?

 敵が攻撃してこれない今がチャンスだろ!?

 『火の防壁』ファイア・ウォールが生きてるうちに攻撃するんだ!!」


 三人のこの反応を全く予想してなかったのか、ティフは驚き、信じられないという顔をして三人を見渡した。これにはさすがに呆けていた三人も正気を取り戻し、慌てて立ち上がる。


「何言ってんだ!

 今は攻撃のチャンスじゃなくて逃げるチャンスだろ!?」

「そうだよティフ!

 早くずらかろうぜ!?」

「さっきだってこっちの攻撃、全然効いてなかったじゃないですか!!」


「うっ…」


 三人が本気で訴え詰め寄ると、流石さすがのティフもたじろいだ。黙り込んでしまったティフを三人がにらみつけ、四者四様に沈黙の時が流れる…が、それは長く続かなかった。ティフが冷静さを取り戻し、考えを改めようとしていたその矢先、アルビオーネの次の攻撃が飛んできたからだった。

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