第527話 アルビオーネの正体
統一歴九十九年五月七日、昼 - アルビオン湾口/アルビオンニウム
炎が燃えて壁のように立ち塞がるので、動物やモンスターなどの生き物に対しては絶大な防御力を発揮する。火の中に自分から飛び込もうなどと考える人間はまずいないし、それは猛獣やモンスターであっても同じだ。特に火に対して本能的に恐怖を感じるような小動物や弱小モンスターなどは近づこうとすらせず、それを見ただけで逃げ出していくこともある。
だが、単に炎が燃えているだけなので、意思を持たない物に対してはほとんど防御力など無いのが実情だ。普通の炎越しに何か物を投げつけても、炎で弾き返されることなく向こう側へ通り抜けてしまうのと同じことが起こるからだ。なので、飛び道具に対してはハッキリ言って無力である。ただ、炎によって視界が遮られ、向こう側からこちら側にいる人間に狙いを付けることはできなくなるため、全く何の効果もないというわけではない。
では《
もちろん『
ルクレティアが連れている強力な《
そして今、彼らが戦っている相手はアルビオーネ、おそらく一昨日戦った《地の精霊》と同格か、下手したらそれ以上に強力かもしれない《水の精霊》である。《地の精霊》が地属性魔法を封じることができるのなら、アルビオーネもまた水属性魔法を封じるくらいできるだろうし、してくるだろう。水属性の防御魔法
結果、彼らに残されたのは火属性と風属性の魔法のみであり、風属性に防壁を展開するような防御魔法が無い以上、火属性の『火の防壁』を使うしかなかったのだ。
ペイトウィンからすれば、正直言ってダメ元で使った魔法だった。『火の防壁』が物理攻撃を防ぐ効果がほとんどないことぐらい、彼は良く知っている。彼はムセイオンで修行に励んでいた折に、何度か試したことがあったのだ。
自分で展開した『火の防壁』越しに色々な攻撃を試したところ、物理攻撃は実質的にほとんど防げないことが明らかになった。どれほど厚く、強力な『火の防壁』を展開しても、銃砲弾に対しては全く意味が無かった。投石器などで投じられる石弾も、地属性の攻撃魔法
意外なことに火属性の攻撃魔法と風属性の攻撃魔法は防ぐことが出来た。
水属性の攻撃魔法
敵が神に匹敵する《水の精霊》であることを考えれば、ペイトウィンの『火の防壁』を突破するくらいおそらく簡単な事だろう。だが、今のペイトウィンはエンチャンター、スマッグ・トムボーイにバフを重ね掛けしてもらったおかげで、未だかつてない強力な『火の防壁』を展開することが出来ている。そして、アルビオーネの攻撃は実際止まっていた。
ティフ・ブルーボールはそれで安心して反撃しようなどと言い出したわけだが、ペイトウィンからすれば冗談ではない。
アルビオーネほどの実力者の攻撃に自分の『火の防壁』が耐えらえるとは思えなかったし、『火の防壁』は魔力を継ぎ足してやらなければ三十秒ほどで燃え尽きて消滅するものなのである。バフによって強力な防壁が展開できているが、強力な防壁はその分多くの魔力も消費するのだ。いつも以上に強力な防壁はいつも以上に早く燃え尽きることが予想されるが、それを維持するために魔力を継ぎ足すような余裕は今のペイトウィンには残されていない。
攻撃の止んでいる今のうちに逃げねばならない!
だが、それを実行に移す前に彼らに巨大な水球が襲い掛かってきた。
「「「「どはぁ!?」」」」
先ほど彼らの頭上に降り注いだのと同じ、直径二メートルほど…重量にして四トンほどはある巨大な水球が『火の防壁』を突き抜けて飛来し、彼ら四人をまるでボーリングのピンのように弾き飛ばす。ただ、さっきと違って浴びせられた海水は少し生暖かったような気がした。
『
手加減してもらえていたとはいえ、さすがに四トンもの水の塊をぶつけられてはただでは済まない。『勇者団』は四人とも倒れたまま呻き声をあげている。『火の防壁』も燃え尽き、消えてしまった。
そんな中でティフは苦し気に顔を起こし、アルビオーネを見据える。偶然とはいえ他の三人が盾になるような体勢で水球を受けたこともあってダメージが最も軽かったようだ。
「う、うるさい…
負けない…負けないぞ!
父さんたちだって、強力な敵には何度も負けながら戦い方を研究して、勝ち方を編み出して、最後に勝利をもぎ取って来たんだ!」
意地だけは立派なようである。不屈の精神と言ってやってもいいかもしれない。だが、それは本当に何かを実現できる可能性があるからこそ、賞賛に値するのであって、実力を、現実を無視したそれは単なる迷妄でしかない。
『ほう…小さき者はそうやって戦うのかえ?
じゃが、どうやって妾を倒そうというのじゃ?』
「どんな大きな敵だって、繰り返し攻撃を続けていけばダメージが溜まって、最後は倒れるんだ!!」
『なるほどのう…じゃが、それは無理というものじゃ』
アルビオーネは呆れを隠さずに言った。その口調に馬鹿にされたと感じたティフは力を振り絞って上体を起こし、アルビオーネを
「何だと!!」
『そうであろう?
「…やってみなきゃ、わからないさ!
お前の本体を探し出して、直接攻撃すれバフッ!?」
言い終わる前にティフは顔面に海水を見舞われ、発言を中断させられる。
『そう言えばさっきから妾が本体を隠しているとか言っておるのう?
妾は本体を隠してなどおらぬ。隠しようもない。』
「うっ、ペペッ…ウソつくな!
どうせ、この海のどこかに隠れてるんだろう!?」
『
其方、妾が「海峡を司る《水の精霊》アルビオーネ」と名乗ったのを聞いておらなんだか!?』
アルビオーネの念話にこれまでにはなかった怒気が込められ、ティフは少したじろいだ。
「き、聞いていたさ…」
『ならば分かるであろう、見よ!!』
そう言うとアルビオーネは北に広がる海峡を指さした。
ティフは言われて
『海峡に潮が流れ、渦が巻いておろうが!?』
「そ、それが…それがどうかしたのかよ!?」
『アレが、妾じゃ。』
「・・・・・は?」
『「は?」ではない、戯け!
この海峡に流れる潮流…それこそが妾の力の源泉、海峡を満たし流れる海水こそが妾の本体じゃ!!』
「「「「・・・・・・・」」」」
四人は話が理解できないのか黙りこくる。
『つまり、其方らが妾を殺そうと欲するならば、この海峡から海水を一滴残らず消し去るか、せめて潮の流れを完全に止めて見せるしかないのじゃ。
其方らごとき小さき者に、それができるのかえ!?』
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