第524話 押し問答
統一歴九十九年五月七日、昼 - アルビオン湾口/アルビオンニウム
『力を貸せと?
なにゆえ、
あの船を止めよというのであれば聞き入れてやることなど出来ぬ。
妾は今日一日、海峡を行きかう船を妨げさせはせぬと申したはずじゃ。』
水で形作られた身体は細かな仕草などが見えづらく表情が分かりにくいが、アルビオーネから念話を通じて伝わって来る感情…先ほどまでどこか喜色ばんでいたそれが、少し冷たいものへと変わる。
ペイトウィン・ホエールキングはその変化に気付いているのかいないのか、ただ力を貸してくれと最初に言い出した時の勢いそのままに、興奮と緊張で声を上ずらせながら話し続ける。
「船は!船はもういいのです!
ボ、ボクらの目的は船を沈めることではありません!」
『ならば何じゃ?
「それは、ごめんなさい!
でもそれは、他に方法が無かったからなんでです!
本当は、あの船に乗ってる友達を助けたかったんです!」
ティフもそうだが、どうやら自分より強大な相手を目の当たりにすると育ての親である大聖母フローリア・ロリコンベイト・ミルフに対する時のような態度や言葉遣いになってしまうようだ。いつものような
『友と助ける?』
「はい、ボクの友達が無理矢理あの船に乗せられているんです!
それを助け出したかったんです!
でもそれをするためには船に一度停まってもらうしかなくって、それで」
『それで雷を落とそうとしたのかえ?
それで船が動けなくなれば、船は流されて岸辺の暗礁にぶつかり、沈んでしまうではないか。』
ペイトウィン態度が言い訳をする子供の様であるのに対し、アルビオーネのそれは怒る母親のそれに似ていた。しかし、アルビオーネは母親ではない。念話を通じて伝わって来る口調が徐々に険しくなってくる。
「それはっ…ご、ごめんなさい。
そこまで考えが及びませんでした。」
『ともあれ、其方らの願いを聞き入れてやるわけにはいかぬ。
諦めるが良い。』
「ま、待ってください!」
今度はティフがペイトウィンを押しのけるように前へ出た。
「あの船を止めようとはもう思いません!
沈めるのも、傷つけるのもしません!
でも、あの船に乗ってる友達を助けたいんです!!
どうか、どうか力をお貸しください!!」
『ならんな。』
にべもなく断るアルビオーネの口調には明らかに“呆れ”が滲み出ていた。
「そんな!」
『だいたい、どうせよというのじゃ?
あの船にはたくさん小さき者どもが乗っておる。
其方らの友達とやらをその中から探せとでも申すつもりかえ?』
「ボ、ボクたちがあの船に乗り込んで探します!
その間、あの船に乗ってる人たちが邪魔しないようにしてくれれば…」
『ならんと言うておろうが!』
アルビオーネに叱責され、ティフは再び黙り込む。アルビオーネはわずかに怒気を含ませたのだが、それはティフにとっては大聖母フローリアが激怒する直前に感じさせる気配によく似ていたのだ。
今度は先ほどまで黙って様子を見ていたスマッグ・トムボーイが訴え出た。
「ま、魔力なら捧げます!
ありったけ、全部!
それでどうか!」
『其方らごときのわずかばかりの魔力などに用は無い。
その程度の魔力で妾がなびくとでも思うたか?
小さき者よ、
アルビオーネの口調には明らかな侮蔑が混じっていた。だが、それも仕方がないだろう。子供がお小遣いの入った貯金箱を差し出してトップ・アーティストに仕事を依頼しているようなものなのだ。そして、仕事を依頼しているのは子供ではない。仕事を依頼されたトップ・アーティストからすればバカにされているようにしか感じないだろうし、そもそもアルビオーネは
だが彼ら『
「わ、わかりました!」
アルビオーネを上目遣いで睨みつけ、そう叫んだティフの態度を一言で表すなら反抗そのものである。そして、その反抗心は念話によって会話するアルビオーネに誤解なく伝わった。
こやつら、妾に逆らうのか…愚かな…
「行こうぜ!
ペトミー!
ティフは
「お、おいティフ!」
「どうするつもりですかブルーボール様!?」
ペイトウィンとスマッグは明らかに格上なアルビオーネを前に無礼な態度を取り始めたティフに驚き、慌てて止めに入る。
「決まってるだろう!?
俺たちだけで船に乗り込んで、メークミーを助けだすんだ!
もう船は洋上だ。さっきみたいに他に邪魔する船は居ない。
あの船に乗ってるNPCだけなら、俺たちだけでもどうにかなる。
ペトミー!あの船とココまでの往復なら大丈夫だろう!?」
あえてアルビオーネの方は全く見もせず、あからさまに無視して仲間たちを見渡すティフの態度は、明らかにアルビオーネに対して「もうお前に用はない」と示すものだった。おおよそ、目上の人物に対して取って良い態度ではない。まして相手は“人物”ではなく、アルビオン海峡を司る《
だが、アルビオーネは彼らの心配した通りに怒るわけでもなく、フッと小さく笑う。海水で形作られた顔に浮かぶその笑みは彼らの目では気づくことも出来なかったが、沈黙を保って見えるアルビオーネの態度は却って不安を掻き立てた。
「で、出来るだろうけど、でっ、でもっ…」
「よせって、ティフ!」
「そうです!アルビオーネ様に対していくらなんでも!」
「関係ないだろう!?
俺たちはあの船に乗り込み、メークミーを助けだす!
船を傷つけないし、沈めもしない!
なら、問題ないですよね!?」
ティフは挑発的にそう言ってアルビオーネを睨みつけた。その声はわずかに震えていたが、それが恐怖からなのか怒りからなのか単に興奮しているからかは、ティフ自身も含め誰にも分からなかった。
『ならんな。
其方らの願い、叶えてやるわけにはまいらぬ。
其方らが海を渡ること、まかりならぬ。』
もしもこの時、アルビオーネが激昂してみせていれば、あるいはティフも大人しく引き下がったかもしれない。
しかし実際にはアルビオーネのこの時の態度には怒りのようなものは微塵も含まれておらず、むしろティフの挑発などどこ吹く風と言った様子で平静そのものであった。そしてそれは逆にティフを挑発することになったのだった。ティフはアルビオーネに挑みかからんばかりに拳を握りしめ、赤く染まった顔で睨みつける。
「な、何でだよ!?」
『その方ら、先日この地で騒ぎを起こしたハーフエルフであろう?
今日一日、海峡を渡る船の安全を守ること、そして今後其方らが許しなく海を渡らぬようにすること、それが妾が忠節を捧げる御方の
ゆえに、其方らが海を渡ること、まかりならぬ。』
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