第523話 海峡の女神アルビオーネ
統一歴九十九年五月七日、昼 - アルビオン湾口/アルビオンニウム
「お、おい!ちょっと待て!!」
最初に気付いたのはティフ・ブルーボールだった。言い争っている相手のペイトウィン・ホエールキングの肩越しにソレが視界に入ったから。そして先ほどまで顔を赤くしていきり立っていたティフの顔色が突然変わったこと、そして背後にこれまで経験したことのない魔力の気配を感じたペイトウィンと、二人の間に割り込んで仲裁しようとしていたスマッグ・トムボーイが次いで湾口の方を振り返り、ソレを見た。
「何ぃ?だいたいお前は…って…なっ!?」
「あああっ!?」
ソレを見た三人の様子はいずれも似たり寄ったりであった。ここは海面から高さ百メートルはあろうかという断崖絶壁の上である。にもかかわらず、彼らの眼前に、つい数メートル先の断崖絶壁よりも向こう側にソレは居た。
海面から渦巻きながらまっすぐ立ち昇る一本の水の柱…その先端に、彼らよりもやや高いそこに、透き通った海水によって形作られた人の姿がそこにあった。そしてソレからは強力な魔力の波動がビシビシと感じられる。
「な、なんだ…」
「《
馬鹿な、こんな…」
「ひょっとして、さっき魔法を邪魔したのは…」
無意識のうちに身を寄せ合う三人を見下ろし、ソレは念話で語り掛けて来た。
『控えなさい、小さき者どもよ。』
「えっ何だ!?」
「まさか、念話!?」
「ウソだろ…これが!?」
彼らは生まれて初めての
念話自体は彼らも経験はある。彼らの育ての親である大聖母フローリア・ロリコンベイト・ミルフは普段から念話で会話しているからだ。だが、フローリア以外に普段から念話で会話をする者など存在しなかったし、彼らとコミュニケーションをとってくれる精霊と出会ったことも無かった。
彼らは魔法を使役するために精霊との意思の疎通を必要とはするが、彼らが普段魔法を使う時に力を借りるのは会話するだけの知能を持たない低位の精霊ばかりだった。人間と会話できるほどの知能を持った中位以上の精霊は彼らなど相手にしたがらない。念話はそれだけで魔力を消費する以上、精霊は必要のない会話をするようなことはしないのだ。まして、人間の目に姿を見えるように姿を現わすことのできるほどの高位の精霊ともなると、人間ごとき下等な存在などまったく意に介さなくなる。
だが、今目の前にいるのは間違いなく、かつて彼らが見たこともないほどの高位の精霊だった。それがわざわざ姿を見せ、念話を使って語りかけてきている。
『控えなさい、小さき者どもよ…
先ほどの魔法の雷は
三人はあんぐりと口を開けたままソレを見上げたまま呆気に取られていたが、再度語り掛けられハッと我に返る。三人は無言のまま互いに顔を見合うと、代表してティフが一歩前へ出て答えた。
「そうだ!
ボ、僕は、ティフ・ブルーボール二世!
『
おまっ…ア、アナタは何者だ!?」
緊張のあまり言葉につまりながらも、ティフは勇気を出して声を振り絞る。ペイトウィンとスマッグは思わず一歩引き下がり、精霊に向かって堂々と名乗って見せたティフを内心で「コイツすげぇな」などと感心しながら無言のまま見ていた。
『
其方らが眷属殿の申されたハーフエルフどもか?』
「おっ、おおおーーーっ!!
何だそれ!?おい、何だそれ!?」
突然、三人の背後から突拍子もなく叫び声が響いた。ペイトウィンとスマッグがその声に振り返ると、先ほどまで倒れた馬の世話をしていたペトミー・フーマンが驚愕を絵に描いたような間抜け面を晒し、アルビオーネを見上げたまま駆け寄って来る。アルビオーネはティフ、ペイトウィン、そしてスマッグには念話で語り掛けていたがペトミーには語り掛けていなかった。このためペトミーは異変に全く気付いていなかったのだが、ティフが名乗り上げるのが聞こえたためにようやくアルビオーネの存在に気付き、わけもわからず仲間たちの下へ駆けつけたのだった。
「なあ!何だあれ!?なあ何なんだあれ?!」
「よせ、邪魔するなペトミー!」
「静かに!後で説明しますから!?」
興奮し、アルビオーネを指さして騒ぎ立てるペトミーをペイトウィンとスマッグが慌てて取り押さえる。
『妾はこのアルビオン海峡を司る《水の精霊》アルビオーネ!
控えなさい小さき者共よ』
アルビオーネは今度はペトミーを含めた四人に改めて念話で語り掛けた。
「おおーーっ!しゃべった!?なあ、精霊がしゃべったぞ!?」
「うるさい!いいから黙れ!!」
「だってお前、精霊だぞ!?
こんなにハッキリ目に見えるのがしゃべってんだぞ!?
お前ら驚かねぇのかよ!?」
「驚いてるよ!いいから黙れ!」
「すみません、この人には後で言って聞かせますから!
気にせず続けてください!!」
背後で騒ぐ三人…正確には騒ぐ一人とそれを抑えようとする二人をひとまず無視することにしてティフが改めてアルビオーネに向き合うと声を張り上げた。
「《水の精霊》アルビオーネよ!
仲間の無礼をお詫びします。どうかお許しください。
ですが、お聞かせください。
先ほどのボクらの魔法を邪魔したのはアナタですか!?」
『無論じゃ。』
ティフの態度からどうやら背後の三人のことは置いておいた方が良いと判断したアルビオーネは、ひとまず念話はそのまま四人に聞こえるようにしたままティフとの会話を続けることにした。
「
どんな理由でボクらの邪魔をしたのですか!?」
『妾はこのアルビオン海峡を司る《水の精霊》アルビオーネ。
さる御方の
海水で形作られたその姿からは表情を読み取ることは難しいが、
「さる御方?それはいったい何者か!?」
『其方たちは知らんでも良い。いずれ知る時は来るであろう。
百日の間は
頭に響いてくるアルビオーネの声色は優越感に染まっているようであった。それは自分だけが尊い存在を知っている。そして求められる役割を果たしているという歓びに起因するものであったが、ティフには自分たちのことを馬鹿にされたように感じられ、思わず拳を握りしめ、歯を食いしばる。
しかし、予想もしていなかった事態に考えがまとまらない。
このアルビオーネを名乗る精霊は間違いなく、今まで会った中で最も強力な力を持つ精霊だ。もしかしたら、一昨日戦った《
だが、そんな女神の存在の話など聞いたこともない。こんな風に過去に誰かと対話したことがあったなら、間違いなく言い伝えのような形で話が残っているだろうし、彼女のための神殿が
精霊が言っている以上、彼女がこの海峡を司っているのは嘘ではないだろう。精霊は基本的に嘘をつくことは無い。そんな必要が無いからだ。第一、これだけ強力な魔力を持っている以上、野良の精霊なわけもない。神に限りなく等しい力を持つ精霊が自分を偽る必要など、一体どこにあるというのか?
しかし、それはそれで新たな疑問が生じる。
限りなく神に等しい力を持つ精霊が「さる御方の御意」とやらに従っている。
神を従わせる「さる御方」とはいったい何者だ?
そして、本来なら自分たちのような
答えの見当もつかない疑問が頭の中を渦巻き、考えがまとまらず言葉に
「アルビオーネ様!
我が魔力を捧げます!
どうか力をお貸しください!」
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