第522話 想定外の妨害

統一歴九十九年五月七日、昼 - アルビオン湾口/アルビオンニウム



「スマッグ!スマァーーーッグ!

 馬はいい!馬はペトミーに任せてペイトウィンにバフをかけろ!!」


 吹きすさぶ強風に負けないように声を張り上げ、ティフ・ブルーボールが叫ぶ。さっきのペイトウィンとの会話でも大声を出し過ぎたせいか、声を出すたびに喉の奥にチリチリと痛みを感じるがそれどころではない。

 『勇者団ブレーブス』のエンチャンター、スマッグ・トムボーイは消耗しきって倒れてしまった馬の様子をペトミー・フーマンと共に見ていたのだが、ティフの声に気付くとペトミーに一言ことわってから駆けて来た。


「お呼びですかブルーボール様!?」


「ペイトウィンがこれから魔法で攻撃する!

 サポートを頼む!」


 言われて見るとマジックキャスター、ペイトウィン・ホエールキングが岬の先端に立ち、海に向かって魔力を集中し始めていた。


「分かりましたぁ!!」


 状況を把握したスマッグは、激しい向かい風に顔をしかめ、時折よろけながらもペイトウィンの背後まで歩み寄り、魔法攻撃力を向上させる付与魔法をかけ始める。


「ソリティテイション・クワイア!」


 精霊エレメンタルに魔力を献じて発動する精霊魔法(属性魔法とも言う)は、その属性の精霊が呼応こおうしてくれなければどれだけ多量の魔力を費やしても発動しない。逆に、精霊が積極的に呼応してくれれば少量の魔力でも高い威力を発揮することができる。スマッグの唱えたソリティテイション・クワイアは周囲の精霊に対して被術者の呼びかけに応じてくれるように促し、精霊魔法の効率を高めて威力を増大化する支援魔法だ。

 魔法をかけてもらったペイトウィンは眼下に広がる水道を通り過ぎようとしている船を薄目で見下ろしながら、その上空に魔力を送り、《風の精霊ウインド・エレメンタル》に呼びかけはじめる。


「風よ…風よ…我が呼びかけに応えよ…

 我の献じる魔力を糧に、集い、逆巻き、いかづちをもって我が敵を撃て…」


 アルビオン湾口のほぼ中央を湾外へ向かってゆっくりと航行する船の少し先の上空に急激に風が渦巻き始める。

 異常な風の変化に気付けたのだろう、船上では船員たちが騒ぎ始めていた。魔力を感じることのできない一般人でもさすがに気づいたのであろう、何人かが自分たちが進む先の上空に、わずかな水蒸気を含む風が激しくつむじを巻いて形を成そうとしているのを指さして何事か叫んでいた。


「おお、さすがホエールキング様!

 あんなに遠いところに魔力を送り込むなんて!!」


 ペイトウィンの脇から《風の精霊》が集まり始めている様子を見下ろしながら、スマッグは興奮し、顔をほころばせる。

 だが、彼らは気づいていなかった。異変が起きていたのは空中だけではないことに…船のやや右前方…すなわちペイトウィンが雷を落とそうと準備している地点からペイトウィンたちのいる方へ少しずれた辺りを中心に、海面に渦が巻き始めていたのだ。

 ペイトウィンはもちろん、スマッグも船に雷を落とそうと準備を整えている《風の精霊》たちに集中しすぎていてそのことに気付かなかったが、ペイトウィンの脇で船の様子を見ていたティフは異変に気付いた。


「ん?…な、何だアレ!?」


 思わずつぶやいたティフの声は小さく、岬の上を吹きすさぶ強風の中ではペイトウィンの耳にもスマッグの耳にも届かない。

 そうこうしているうちに海面にできた渦の中心から海水が持ち上がり、それがまるで触手のように弧を描きながら、ペイトウィンが集中している魔力の方へ伸びていく。


「あっ!!」

『落雷』サンダー!!…ああっ!?」

「えええーーっ!?」


 船が攻撃予定ポイントに到達し、ペイトウィンが魔法を発動させるのとほぼ同時に、海面から持ち上がった海水の触手の先端から、まるで獲物を捕らえるカメレオンの舌のように海水が飛び、『落雷』を起こすべく集めていた魔力を《風の精霊》ごと吹き飛ばしてしまった。


 ドパァーーンッ!!


 それでも雷自体は発生したようで、『落雷』を邪魔した海水の一部を轟音とともに吹き飛ばし、霧に変えてしまう。船には海水の霧雨が降り注ぎ、まるで船出を祝福するように虹のアーチが形成される。

 だが、せっかく準備を整えた魔法が及ぼした効果はそれだけで終わってしまった。《風の精霊》たちがせっかく空中に貯めてくれた静電気は海に放電されてしまい、攻撃はギリギリのところでキャンセルされてしまったのだ。


「何で、一体何が!?」

「ええ~、せっかく…」


 滅多に使う事の出来ない大魔法を準備したのに、放つギリギリのところで霧散されてしまったことにペイトウィンは訳もわからず混乱する。そしてそれはスマッグも同様だった。

 脱力する二人を我に返ったティフが叱咤する。


「ペイトウィン、何やってる!?

 もう一発だ!早く次を撃て!」


 肩のところまで顔を寄せて叫ぶティフにペイトウィンはうんざりしたような顔を作って反論する。


「無茶言わないでくれ!

 あんな魔法、そうホイホイ撃てるもんか!」


「メークミーが行っちまうぞ!?

 見捨てていいのか!?」


 その一言にはさすがにペイトウィンもカチンと来た。ペイトウィンだってメークミーを助けたくてここまで無理して馬を走らせたのだし、あらん限りの魔力を投じて滅多に使わないような大魔法だって使ったのだ。だいたい、ペイトウィン以外に同じことやれと言われて出来る者など、世界ヴァーチャリアを見渡しても数えるほどしかいないのである。その自分が出来ないのだから他の誰がやったって成功するわけがない。いや、そもそも出来ない。それなのに失敗したからといって文句を言われ、あまつさえ仲間を見捨てるとか非難されたんじゃたまったものではない。


「遠すぎるよ!

 だいたい、さっき見てただろ!?

 大きい魔法を使うには準備に時間がかかるんだ!

 今から用意したって準備が整う前に船は射程圏外だ!

 見ろ!もう船は加速し始めた!

 間に合いっこない!」


 ペイトウィンに促されて船へ視線を戻したティフは悔しそうに歯噛みした。

 風の穏やかな湾内と違い、一歩湾口を出ればアルビオン海峡には強い西風が常に吹き続けている。ペイトウィンが言ったように船はその風を帆いっぱいに受け、船体を右に傾けながら荒波を蹴立てて急加速しはじめていた。船はもう、馬の駈足かけあしくらいの速度は出てしまっており、ペイトウィンが言ったようにもうどんな魔法も届かないだろう。今から大魔法を準備したとしても、発動する頃には射程圏外に出てるであろうことは確実だ。


「くそぅ!

 何で!?何でこうなった?!

 何で失敗した!?」


 振り返ったティフは地面を蹴り、足を踏み鳴らしながら問い詰める。こと、魔法において彼らハーフエルフは失敗するということは先ずないのだ。実力が足らなくて出来ないことはもちろんあるが、百年近く生きていれば自分たちの実力くらい把握できている。どこまで出来るか把握できたうえで、やろうとしたことを失敗するなど、彼らにとってはまずあり得ないのだ。


「知るか!!

 見てただろ!?

 誰かが邪魔したんだ!

 あんなの初めてだ!」


 ペイトウィンはペイトウィンで何でティフに怒られなきゃいけないのか納得がいかない。そもそもペイトウィンは何も失敗はしていない。いや、結果として失敗しはしたが、ペイトウィンに何か落ち度があったわけではないのだ。そしてペイトウィンは『勇者団』一の魔法の専門家…つまり、彼が失敗した事なら他の誰にだってできはしない。それなのに何で魔法では自分より劣っているティフに怒られなければならないのか。


「お、落ち着いてくださいお二人とも!!」


 ティフが文字通り地団駄を踏みながら憤慨し、それにペイトウィンも激昂して応じる。それを見てスマッグが慌てて仲裁に入る。『勇者団』のリーダーと『勇者団』でも有数の実力者に喧嘩されたのではこの先どうなるか分かったものではない。

 だが、二人言い争いは喧嘩に発展する前に収束した。彼らの目の前に、ペイトウィンの魔法を妨害した張本人が姿を現わしたからである。

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