アルビオン湾口の戦い

第521話 対艦魔法攻撃

統一歴九十九年五月七日、昼 - アルビオン湾口/アルビオンニウム



 アルビオンニウムからサウマンディウムへ向かう船に先回りすべく、驚異的な速度で馬を走らせ続けた『勇者団ブレーブス』の四人は、太陽が真上に到達するより少し前ぐらいになってようやく、かつてアルビオンニア属州の正面玄関として知られたアルビオン湾口の東側の岬の上へたどり着くことが出来た。だが、魔法で強化したとはいえ無理をさせ過ぎたため、到着し脚を止めさせると馬は次々とへたり込んでしまう。


「ああ…だ、大丈夫か!?」

「無理させるから!」


 乗り手が降りた途端に脚を折って地面に身を投げ出す馬たちを心配するメンバーたちをティフ・ブルーボールは叱咤した。


「ペイトウィン!馬なんか後でいい!

 ペトミーに任せてこっち来てくれ!」


 轟々ごうごうと会話もままならないほど激しく風が吹きつける岬の上からは、アルビオン海峡もアルビオン湾内もすべて一望のもとに見渡すことができた。まさに絶景と言えるだろう。

 岬は海面から高さ百メートル近くある切り立った白亜の断崖絶壁であり、岬の先端から同じく湾口を形成する西側の岬までは六百メートル近く離れている。東西の岬の崖の下は暗礁地帯となっており、海面下に密集する暗礁が海流を急減速させるため、周辺の海面は常に白く泡立つように波が逆巻いており、船では絶対に岸壁に近づくことができない。アルビオン海峡の激しい海流もこの暗礁によって減衰させられ、岸壁に打ち付けるころには大人しく穏やかになっていたため、下から波の音は全く聞こえない。

 岬の上は一所ひとところに立っているのが辛いほどの風が吹いているが、そこから見下ろす湾内では切り立った断崖によって風が遮られ、海面は穏やかだ。その穏やかな海面を一隻の船が三本帆柱マストに帆を張り、穏やかな風を目一杯受けてゆるゆると湾口へ向けて航行しているのが見えた。


「見ろ!間に合ったぞ!!」


 ティフは船を指さして叫んだ。ティフの指さす先に船を見つけ、ペイトウィンは驚き、そしてあきれた。二人は互いの手が届くような距離しか離れていないにもかかわらず、吹きすさぶ風に負けないよう声を振り絞って叫ぶように話す。


「おいっ!あれか!?あれを攻撃しろっていうのか!?」


「そうだ!これが最後のチャンスだぞ!?

 ここを逃したらもう、俺たち自身が海を越えなきゃいけないんだ!

 出来ないのか!?」


「バカ言うな!五百メートルはあるぞ!?

 あんな遠くの船なんか攻撃できるもんか!!」


「もうちょっと待てば近づく!

 ここと、アッチの岬の間を通過する時だ!その時が一番近い!

 そのタイミングで攻撃するんだ!!」


「ダメだ!ギリギリだぞ!?

 岬の間、真ん中まで四百メートルはある!

 そんな遠くの、しかも相手は船だ!」


「四百メートルもあるもんか!

 真ん中を通ってくれれば三百メートルってところだ!!

 ムセイオンで、三百メートル先の的に、『炎の長弓』ファイア・アロー当てたことがあったろ!?」


 ペイトウィン・ホエールキングは魔力の高いハーフエルフの中でも特に魔法を集中的に鍛えたマジックキャスターであり、その実力はこの世界全体を見渡しても五指に入る強力なものである。無論、『勇者団ブレーブス』の中では最強だ。同じ『勇者団』のソファーキング・エディブルスと同様、すべての属性の精霊エレメンタルとの親和性が高く、すべての属性の精霊魔法を自在に使うことができる。その中でも得意としているのが火属性の攻撃魔法だった。


 火属性の攻撃魔法の基本は魔力の塊を創り出し、それに《火の精霊ファイア・エレメンタル》を憑依ひょういさせて目標に投げつけるものである。《火の精霊》に憑依された魔力弾は文字通り炎の弾となって目標に飛んでいき、ぶつかることで熱によるダメージを与える。ただ、魔力弾は創られた直後から《火の精霊》によって魔力を続けるので、あんまり長時間は持たない。魔力を食いつくされると、目標に命中する前に文字通り消滅してしまうのだ。だから近距離だと目標に命中した時に魔力弾には魔力がたくさん残っているため目標に大ダメージを与えることができるが、遠距離だと命中するまでの間に魔力を食われてしまっているため命中しても小さいダメージしか与えられない。

 そこで、せめて魔力弾を飛ばす速度を高めることで遠距離で命中した時の威力を確保するところに火属性攻撃魔法のきもがある。


 一番簡単なのは魔力弾を手で投げるやり方で、『火炎弾』ファイア・ボールと呼ばれるものだ。攻撃魔法に費やす魔力のすべてを魔力弾に集中するので魔力弾単体のエネルギー量…すなわち破壊力が最も大きいが、魔力弾を飛ばすのを腕力に頼っているため射程距離はせいぜい二十~三十メートルといったところだ。ちなみに魔力を鍛えるばかりで身体をろくに鍛えなかったペイトウィンは二十メートルも飛ばせない。

 次に高度とされるのは魔力弾を魔力によって射出する方法で『炎の矢』ファイア・ボルトと呼ばれる。魔力弾を飛ばすための魔力を必要とするので、魔力弾単体としての威力は『火炎弾』の半分ほどと小さくなるが、射出を腕力に頼らないのでより高速で遠くまで狙うことができる。射程距離は百~二百メートル弱といったところだ。

 更に高度とされるのが『炎の長弓』ファイア・アローと呼ばれる魔法で、『火炎弾』と『火の矢』の複合わざである。魔力弾を魔力と腕力の合力によって射出するもので、魔力の制御が複雑になるため満足に使いこなせるマジックキャスターは数えるほどしかいない。射程距離は百八十~二百六十メートルといったところだが、ペイトウィンは三百メートルで的(人間大のカカシ)に命中させ破壊するという、驚異的な実績を持っていた。

 ここから湾口中央までは二百数十メートルで三百メートルもない。だからペイトウィンの『炎の長弓』なら届くはずだし、それで船に火災を起こさせることが出来れば足を止めることができるはずだ。だがティフのその期待は呆気なく否定されてしまう。


「バカ言え!あの時はこんな風なんか吹いてなかった!

 こんな強風で風に逆らって撃つんだぞ!?

 『炎の長弓』だって百メートルと飛ぶもんか!!」


「火属性じゃなくたっていい!

 あの船を止めりゃいいんだ!!

 『石礫』ストーン・フォールは!?

 もう《地の精霊アース・エレメンタル》の妨害は無いだろ!?」


 『石礫』は岩石を魔力で飛ばし、目標にぶつけて物理的ダメージを与えるという比較的単純な魔法だ。単純な魔法だがそうであるがゆえに確実性が高い。

 だが、『石礫』は地属性の魔法であるためルクレティアの《地の精霊》に妨害され、彼らはアルビオンニウムで地属性の魔法は使う事が出来なかった。しかし、ここは《地の精霊》がいる神殿からはアルビオン湾を挟んでかなり離れている。ここまで離れていればあるいは…ティフの発案にペイトウィンはわずかな期待をかけて魔力を集中してみた。


「ん~~…ダメだ!ここでも邪魔されちまう!!」


「ダメなのか!?

 馬にかけた治癒魔法は効いたのに!?」


 ここに来るまでの間、彼らは乗ってきた馬たちに何度か地属性や水属性の治癒魔法を試していた。治癒魔法本来の使い方ではなかったのだが、治癒魔法には副次的にわずかに体力を回復させる効果がある。それで体力の限界に達した馬に治癒魔法をかけることで強引に体力を回復させて無理矢理走らせてきたのだ。

 馬に地属性の魔法をかけることが出来たのだから、もうここは《地の精霊》の妨害は届かない…そう思っていたのに、ペイトウィンは苦しそうに首を振った。


「無理だ。弱い魔法は大丈夫みたいだが、攻撃魔法に使うような…ある程度以上の魔力を集中すると途端に精霊たちが散ってしまう。

 信じがたいが、ここも《地の精霊》の影響が及んでいるな。」


 ペイトウィンが苦々し気に言いながら向けた視線の先の船は、もう湾口を通過しアルビオン海峡へ出ようとしていた。ペイトウィンの視線を追ってそのことに気付いたティフは慌てだした。このままじゃ間に合わなくなってしまう。


「じゃっ、じゃあ他のだ!水属性は!?」


「遠すぎる!この向かい風じゃ届かないよ!!」


 ティフの繰り出す無理難題に困惑を隠すことなく首を振るペイトウィンにティフは諦めずに食い下がった。その両肩を掴み、揺さぶるように次々とアイディアを出していく。


「じゃあ風魔法だ!」


「バカ言え!

 この距離じゃ『竜巻』トルネードぐらいしか届かないぞ!?

 アレを使ったら俺は一発で魔力欠乏でぶっ倒れっちまう!!

 それに『竜巻』じゃ乗ってるメークミーまで殺しちまうだろ!?」


「風じゃない!『雷撃』ライトニングだ!

 『雷撃』ならいけるだろ!?」


「無理だ!『雷撃』は飛ぶことは飛ぶが狙いが定まらんよ!

 アレはだいたいの方向を決められるだけで、そのあとどこへ飛んでいくかは撃った本人ですらわからないんだ!

 多分、手前で海面に落ちちまう!!」


 『雷撃』は風魔法の応用で雷を打ち出す高度な魔法だ。《風の精霊ウインド・エレメンタル》の協力を得て大気中のイオンをコントロールし、雷を人工的に作り出して打ち出すわけだが、威力は絶大で意外と遠距離まで届くものの命中精度はかなり悪い。

 本来、術者から目標までの空間のイオンをコントロールして雷が奔る電路を確保したうえで雷撃を放つことで必中を期す攻撃魔法なのだが、ペイトウィンの実力ではせいぜい自分から数十メートルの範囲内のイオンしか制御しきれないため、放った雷撃がそこから先どこへ行くかは運頼みになってしまっているのだ。当然、三百メートル先の船に命中なんて期待できるわけがない。


「違った!『雷撃』じゃなくて『落雷』サンダーだ!」


「アレこそ狙いがつけらんねぇよ!!

 あれは範囲攻撃魔法だぞ!?」


 『落雷』は目標上空で雷を発生させて目標周辺のどこかに落とす魔法だ。当然だが、『雷撃』でも自分の十数メートル先ぐらいまでしか電路を形成できないのだから、三百メートルも先とあっては目標を狙えるはずもない。

 しかし、ティフは諦めない。彼には彼なりの知識と考えがあったのだ。


「大丈夫だ!必ず雷は高いところに落ちるんだ!」


 この世界ヴァーチャリアにも雷の正体は電気であるということと避雷針の知識は伝わっていた。ティフはその知識を応用しようとしていたのだった。


「俺たちのいる岬の方が高いじゃねーか!!」


「見ろ!あの船の周りは海だ!

 『落雷』なら落ちるだいたいの範囲くらいは指定できるだろ!?

 俺たちより、あの船に近いところに雷を発生させればいいんだ!!

 あの辺に『落雷』を使えば、雷は必ず帆柱に落ちる!

 帆柱を失えば船は必ず停まる!!

 どうだ!?」


 ペイトウィンは目の前を通り過ぎようとする船を眺め、数秒考えた後で肩を掴むティフの手を振りほどいた。


「わかった、やってみよう。」

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