第1124話 グルギアとバルビヌス
統一歴九十九年五月十一日、夕 ‐
レーマ軍の
レーマ軍団で高級将校というと大きく
軍団幕僚用と大隊長用では与えられる宿舎も違うのだが、敷地面積だけは同じだったりする。軍団幕僚は軍団長を支えて軍団の運営と運用を援ける補佐役にすぎず、特別な場合を除いて直接部隊を指揮することは無いが、なにせ貴族様だ。生活はそれなりの水準を保たねばならぬため、宿舎もそれなりのものにせざるを得ない。
大隊長はというと平民出身者か、貴族であったとしてもせいぜい
サウマンディアから隷下大隊と共に派遣されたバルビヌスが寄宿するために宛がわれた宿舎は軍団幕僚用のものだった。軍団幕僚用では大隊司令部用の施設が付随していないが、バルビヌスは隷下大隊の司令部用としては別途大隊長用の宿舎も割り当てられていたのでその点は問題ない。マニウス要塞は二個軍団が駐屯できる設備と機能を有しているが、普段は
おかげでバルビヌスはスプリウスに語ったように、サウマンディウムにある自宅よりもずっと広くて立派な造りの宿舎での生活を満喫することが出来ていた。サウマンディウムの自宅から呼び寄せた使用人たちを入れても、まだ空き部屋がいくつもあり、女奴隷一人を預かったところで置き場には困らなかったのである。
「お前はここを使うがいい。」
バルビヌスがそう言ってグルギアに宛がったのは、宿舎の
「
衣服はそこの
汚れ物はそこの
「ま、待って! 待ってください!!」
スプリウスを一階の客間に案内した後、グルギアを伴ったままバルビヌスがおもむろに階段を登り始めてまさかとは思ったが、本当に寝室へ連れて来られてそのような説明を始められたことからグルギアは急にオロオロしはじめ、ついには思い切ってバルビヌスの説明を
「どうかしたか?」
「わ、私は、
「それがどうかしたか?」
外はまだ辛うじて明るさを保っているが、室内は既に暗い。唯一の光源である燭台のロウソクによってオレンジ色に照らし出されたバルビヌスのキョトンとした顔が揺れたのは、ロウソクの炎が揺れたからではないだろう。首を傾げたのだ。
「
レーマの一般的な貴族用の屋敷は家族用の区画とその他の区画に分けられる。その他の区画は接客のための空間であり、同時に奴隷や使用人たちの生活のための空間でもある。本当に裕福な貴族の屋敷となると、それらをさらに別の区画として分けたりもするが、下級貴族が住む程度の屋敷ではそれらは一つにまとめられている。
奴隷たちは“その他の区画”の一階、
だというのにグルギアは一般に奴隷が入ることの許されない区画に、それも家族用の寝室に案内されている。何かの間違いだとしか思えなかった。が、バルビヌスは
グルギアはレーマ人にしては長身であり、実はバルビヌスよりも背が高い。おそらく、これまでの主人たちもそうだったのだろう。女奴隷に見下ろされるのが気に入らないというのも、これまでの主人たちのグルギアへの当たりの強さに少なからず影響していたのだ。本人も何となくそのことに気づいているのか、いつの間にか背を丸めて猫背になり、相手を上目遣いで見上げるようにする癖がついてきていた。
「お前は確かに
だが、ワシのじゃない。
そこでバルビヌスは言葉を切ったが、グルギアは意味が分からないのかそれとも話の続きを待っているのか、ただジッとバルビヌスの目を上目遣いで見返したまま動かない。
「お前がワシの
だが、お前は
つまり、身分は
わかるか?」
グルギアは話は理解したが納得できないというか、受け入れていいかどうか逡巡している様子でバルビヌスから目を逸らし、口をへの字にキュッと結んで唇を震わせる。
「まあ、気にせんでいい。
どのみちこの
サウマンディウムから家族を呼ぼうにも子供らはみんな独立してしまったし、女房は船が嫌いで来たがらん。
だったら、必要な者が使えばいいだろう。」
バルビヌスもグルギアから視線をそらし、たった一つのロウソクの頼りない炎に照らされた薄暗い部屋を見回しながらそういうと一旦言葉を区切り、再びグルギアに向き直る。
「お前がいつ、新しい
だが、それまでお前は体力を回復させることに専念するがいい。
今日みたいな
グルギアもそれは恥ずかしく思っているらしく、気まずそうにバルビヌスの顔を視線だけで一瞬見返してからコクリと頷いた。
「食事は
準備が出来たら
ここの中なら好きにしてくれて構わん。
だが、外へは出るな。
お前のことは今日会った
外に出る時はワシが必ず同行する。
良いか?
他に何か訊きたいことはあるか?」
何やら今までの奴隷生活では考えられないような好待遇が信じられず、バルビヌスの優しさに内心から沸き起こるムズムズするような温かい気持ちにグルギアは困惑を隠せなかった。頬を、そして目頭を赤くしながら、身に
「
「何だ?」
「その、新しい
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