第1396話 一応の決着

統一歴九十九年五月十二日・午後 ‐ マニウス要塞司令部プリンキピア・カストリ・マニ/アルトリウシア



 リュウイチが勝手に巻き込んだ……リュキスカの指摘に三人は慌てた。たしかにそれは一つの事実ではある。だが、リュウイチに悪気があったわけではないしそこまで深刻に考えていなかった。まあ軽率だったと言えば軽率だったのかもしれないが、巻き込まれた側のリュキスカ本人の口からそうハッキリ言われると色々と語弊がある。そう悪くとってほしくはない……リュウイチとネロが何か弁明しようとするのを、リュキスカは先に制した。


「まぁ待って!」


 リュキスカはそう言うと皮肉めいた笑みを浮かべながら身体を前傾させる。ただそれは挑みかかるようなものではなく、内緒の話でもしようとしているかのような顔を寄せる感じだった。


「アタイもさぁ、別に兄さんが巻き込んだってことを怒ってるわけじゃないのよ。

 今朝も言ったけどさ?

 アタイはさ、兄さんにはアタイもフェリキシムスも助けてもらったわけだし、兄さんはアタイの初めての保護民パトロヌスで、アタイは被保護民クリエンテスさ。

 アタイは恩知らずじゃないんだ、兄さんのためなら何だってやるつもりさ!

 だから兄さんが望むならさ?

 兄さんがアタイを何に巻き込もうが利用しようがかまやしないのよ。

 たださ、こう、何にも教えてもらえてないとさ?

 アタイが兄さんのために何かしようと思っても何をどうしたらいいかわかんないじゃないさ!」


 バシンッとリュキスカが円卓メンサを叩くと、ネロは眉をひそめ、リュウイチは申し訳なさそうに頷く。


『いや、ごめん』


「ホントにわかってんの?」


 呟くようになじるリュキスカに見かねたネロが声を上げる。


奥方様ドミナ!」


 声を張ったネロに「何だい!?」とリュキスカが反発するのとリュウイチが『ネロ!』と名前を呼んで制止するのは同時だった。この際だから言うべきことを言ってやろうと互いに思っていたネロとリュキスカは、リュウイチが何か言おうとしていたことから辛うじて踏みとどまる。


『ネロ、あとリュキスカも聞いてほしい』


 リュウイチが続けて行ったことで二人は話を聞く姿勢に戻った。


『二人とも、私のために色々考えてくれているのは分かってる。

 ありがとう、感謝はしてるんだ。

 みんなが色々頑張ってくれていて、私のためにいいようにしようとしてくれているのに、言うべきことを言わず、報せるべきことを報せないでいるのは……それでみんながもっと良くできていたはずのことを思うように働けないようにしてしまうのは……その人の気持ちをないがしろにする行為だ。

 その人を、裏切っているのと同じだ。

 悪気があって何も言わなかったわけじゃないけど、結果的にそうなった。

 私の落ち度だ。すまない』


 そう言うとリュウイチは両手を膝に着き、ぺこりと頭を下げた。三人は驚き、目を見張る。特にネロはリュウイチを制止しようと身を乗り出した。


旦那様ドミヌス

 いけません、どうか頭を上げてください!!」


 リュウイチはネロが言い終わる前に身体を起こし、右手をかざして逆にネロを制止する。


『いいんだ』


「よくありません!」


『まぁ、聞いてくれ』


 ネロが引き下がると、リュウイチは再びリュキスカに向き直る。


『リュキスカのこと、あとネロたち八人のこと、あとここにはいないけどルクレティアのことも、これからはちゃんと、私の身内として考えることにする。

 ちゃんと、伝えることは伝えるし、相談することは相談する。

 どうかそれで、許してほしい』


 リュウイチはリュキスカの目をジッと見てそう言い切ると、再び頭を下げた。ネロとロムルスは目を見開いたが、ネロは今度はリュウイチを止めに入ることはしなかった。代わりにリュキスカの反応へ注目する。

 リュキスカはリュキスカでわずかに目を見開き、身体を強張らせたが、それはネロの目には気づけぬ程度の小さな反応だった。ネロの視線に気づくと小さく咳払いし、顔を背ける。


「わ、わかってくれりゃ良いんだよ。

 その……アタイも、具合悪くて寝てたってのもあったし、ちょっと言いすぎたかもしれないけどさ……


 ……なんだいっ!?」


 ネロがジッと自分を見続けていることに気づいたリュキスカが噛みつくように言うと、ネロはサッと視線を正面に戻して「何でもありません!」と仏頂面ぶっちょうづらで応える。リュウイチはようやく顔を上げた。


『ネロ、他の七人にも伝えておいてくれ。 

 いや、一応自分で直接言った方が良いか……』


「いえっ、自分が伝えておきます!」


『そうか……ああ、いやっ!

 正式にはリウィウス達が帰ったら、改めて私からみんなを集めて言うよ。

 その前に伝えておいた方が良ければ、君から伝えてくれ』


かしこまりました」


 リュウイチとネロの話が終わったところで、リュキスカが確認を求める。


「それで、兄さんこの際だから訊くけど、他にアタイに言って無い事って無い?」


 リュウイチはしばらく無言のままリュキスカを見ながら考えたが何も思いつかなかった。


『ごめん、今思い出せる範囲では何もないと思うけど……』


 言いながらリュウイチはネロを振り返った。視線で「何かあったっけ?」と尋ねるが、ネロも特に思いつかずリュウイチを見ながら首を振る。リュキスカは少なくとも二人がもう隠し事をしてないと確信すると、組んでいた足を解き、背もたれに上体を預けた。


「ならいいけど!

 まぁ何か思いだしたら言っとくれよ。

 何も知らされないまま置いてけぼりなんて、一番困んだからさ?」

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