第694話 カエソーの叱責

統一歴九十九年五月八日、午後 - ブルグトアドルフ礼拝堂/アルビオンニウム



「では、どうしてもお許しいただけないのですか?」


「くどい!

 少なくともジェーク殿が状況を理解し、大人しくしていただけない以上はどなたであろうと会わせるわけにはいかん!」


 スカエウァ・スパルタカシウス・プルケルはカエソー・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵公子の部屋を訪ね、メークミー・サンドウィッチがナイス・ジェークとの面会を望んでいることを伝えたが、結局許可は下りなかった。当たり前の結果である。

 メークミーは既に反抗を諦め、ムセイオンへの送還を受け入れて大人しくしてくれているが、ナイスはそうではない。捕えられ、軍団兵レギオナリウスに囲まれ、なおかつ武器を取り上げられてもなお魔法を使って反抗を試みるような男である。そんなものとメークミーを会せたらメークミーに反抗をそそのかすかもしれないし、逆にメークミーを裏切り者として攻撃し始めるかもしれない。自分自身はもちろん、部下たちやメークミーの身柄、そしてナイスの身柄の安全も確保しなければならないカエソーにとって、そうした不測の事態を招くような不用心な判断など出来ようはずもなかった。


「今はもう大人しくしておいでではありませんか。」


 ナイスは魔法を使ってカエソーを攻撃しようとしたところで《地の精霊アース・エレメンタル》の拘束魔法『荊の桎梏』ソーン・バインドによって捕らえられ、魔力を奪われて気を失ったままだ。

 スカエウァがなじるように言うと、カエソーは「ハッ」と短く笑ってとびっきりの冗句でも披露するかのように言った。


「気を失ったままのジェーク殿の姿をご覧になりたいとお思いなら構わんがね?」


「それでは意味がありません。」


 スカエウァは憮然と答えた。メークミーはナイスと会って話がしたいと言っていたのだ。気を失ったナイスに会わせたところで満足しないだろう。


「ならサンドウィッチ殿には諦めるように伝えよ。

 ジェーク殿はまだ混乱しており、いつ暴れ出すかわかりません。御身の安全のためにも、今はどなたにも会わせることは叶いません!‥‥‥とな。」


 そういうとカエソーは茶碗ポクルムを手に取り、すっかり冷めてしまっていた香茶を一気に飲み干すとタンッと大きな音を立てて卓上に叩きつけた。


 話は以上だ‥‥‥カエソーにとってそれはそういう意味の合図だった。だから脇で控えていたカエソーの使用人も、空になった茶碗に香茶のお代わりを用意することも無くジッとたたずんでいる。

 本来ならスカエウァはそのままお辞儀をして退室すべきところだが、スカエウァはカエソーが話を打ち切ろうとしている事に気付きながら、自分が出て行かなければならない事には何故か気が付かなかった。


「それほどジェーク様を恐れる必要があるのですか?」


「何!?」


 部屋から出ていくと思っていたスカエウァが何事も無かったかのように話を続けたことにカエソーは驚き、目を丸める。だが、スカエウァはカエソーが自分の挑発的な指摘の内容に驚いたものと勘違いした。


「そうではありませんか。

 ジェーク様は確かに魔法で閣下に弓引こうとしたかもしれません。ですが、一瞬で《地の精霊アース・エレメンタル》様に取り押さえられてしまいました。

 いかなジェーク様と言えど《地の精霊アース・エレメンタル》様が居られる限り恐れることはありますまい?」


「馬鹿を申せ!」


 カエソーは目を剥き、声を荒げた。退室すべき時になおも居座り続けるスカエウァの無礼な態度。そして何の遠慮も無く《地の精霊アース・エレメンタル》の力に頼ろうとするその短絡さ‥‥‥いずれも考えられない非常識っぷりである。


其方そなたは何を考えておるのだ!?

 ジェーク殿が取り押さえられ、結果的に無事に済んだのはたまたまだ!」


 カエソーの予想外の剣幕にスカエウァは目を丸くし息を飲む。話が理解できないのか固まったままのスカエウァにカエソーはまくし立てた。


「ジェーク殿は私を殺そうとしたのではなく、アイジェク・ドージを取り戻すために私を脅そうとしたのだ。だから《地の精霊アース・エレメンタル》様もジェーク殿が魔法を放つ前に取り押さえることが出来たのだ。

 もし最初から私を殺すことが目的だったなら、いかな《地の精霊アース・エレメンタル》様といえども間に合わなかったかもしれんではないか!

 次も同じと何で言える!?

 一度失敗したジェーク殿は、今度は最初から私を殺そうとかかって来るかもしれん!!そうではないか!?」


 顔を赤くして怒るカエソーの形相にスカエウァは圧倒され、顔を青くして口をパクパクと声もないまま動かした。そして、何かを思い出したようにヘラッと引きつった笑いを一瞬作ると、再び元の表情に戻ってようやく言葉を発する。


「で、では、今度は最初から魔法のいばらで縛り上げて置けば‥‥」


 スカエウァは思いついたアイディアを最後まで言い切ることはできなかった。途中でカエソーが「馬鹿か貴様は!?」と罵声を浴びせてさえぎったからだ。


「《地の精霊アース・エレメンタル》様はリュウイチ様の精霊エレメンタルなのだぞ?!

 その御力はリュウイチ様の御力だ。その御力に御縋おすがりするのはおそれ多くもリュウイチ様の御力をお借りすることに他ならん!

 《レアル》の恩寵おんちょうわたくししろと言うのか?!」


 カエソーの叱責にスカエウァは息を飲み、またたきもせずに丸く広げた目で目の前で椅子に座ったままの伯爵公子を見下ろしている。


 じゃあ、何でジェーク様を尋問する時にルクレティアに待機させたんだよ!?

 自分だって《地の精霊アース・エレメンタル》様の力に頼ったろうがよ!?

 何で今度はそんなこと言うんだよ、おかしいだろ?!


 スカエウァの頭の中で様々な思いがグルグルと駆け巡る。が、それは言葉になって出てこない。言葉が喉で交通渋滞を起こして出てこれない‥‥‥そんな感じだ。何か言ってやりたいが言ってやりたいことがいっぱいありすぎて喉で詰まってしまい、呼吸すら難しい。

 カエソーの前で突っ立ったまま無言で顔や指先をプルプル震わせるスカエウァを睨んでいたカエソーは、数度大きく息をして自分を落ち着かせると、いつの間にか前のめりになっていた上体を引き、スカエウァから視線を逸らせて右手に掴んだままになっていた茶碗をわずかに脇に控える使用人の方へ動かす。それに気づいた使用人はそそくさと香茶のお代わりを淹れる準備を始めた。


 使用人が新しい香茶を淹れる様子を眺めながら、さきほどよりはずっと穏やかな口調でカエソーは説教を続ける。


「それが無かったとしてもだ!

 そのような力づくで抑えるような真似を、一度ならともかく二度三度と繰り返したりしてみろ。

 私はジェーク殿に恨まれてしまうではないか。ジェーク殿が心を閉ざしてしまったらどうする?!どうやって尋問しろと言うのだ?どうやってムセイオンにお送りすればよいのだ?」


 もちろん、スカエウァはそこまで深く考えてはいなかった。ただ、メークミーの要望に応え、点数を稼ぐことだけを考えていたのだ。そうしてメークミーの希望を叶えればメークミーはもちろんナイスの心象も良くなるだろう。スカエウァに対する心象のみならず、カエソーに対する心象だってよくなるはずだ。それで最終的にムセイオンから脱走してきているというハーフエルフたち全員との関係も良好なものにできるなら最高ではないか‥‥‥だがその考えは甘いと言わざるを得ない。

 そもそも彼らは降臨を起こそうとしているのだ。そしてこちらはそれを阻止せねばならない立場にある。両者はどれだけ歩み寄ったところで、最後の部分では決して折り合えはしないのだ。志をことにする者同士は、一時的に手を組むことはあっても、決して相容あいいれないのである。


 カエソーは使用人が淹れてくれた新しい香茶の入った茶碗を口元に運び、その香りをしばし楽しむと一口すすった。


「ッタはぁ~~~~っ」


 そのまま勢いよく舌鼓したつづみを打って息を吐き出すと、スカエウァはまた何か怒られたかと勘違いしてピクッと身体を震わせる。それを横目でチラッと見たカエソーは今度こそ誤解のないよう、ハッキリと言葉にして退室を命じる。


「ともかく、まずは尋問を終える事。そして大人しくしていただけると確約が得られるまでは面会はまかりならん。

 わかったら行け、行ってサンドウィッチ殿にそうお伝えしろ。」

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