第970話 霧の中の銃声

統一歴九十九年五月十日、未明 ‐ グナエウス街道第五中継基地スタティオ・クィンタ・ウィア・グナエウシイ前/西山地ヴェストリヒバーグ



「ああ、スモルがクプファーハーフェンへ行ったってことはスマッグは連れて行ったはずだ。それでデファーグがここへ来たってことはシュバルツゼーブルグにはペイトウィンとエイー、あとは……スタフは残っているのか?」


 帰還を勧めるペトミーに応えながらティフはデファーグに確認する。スタフが残っていれば戦闘職は二人、一応前衛と後衛が一人ずつになるから回復職のエイーを含め、レーマ軍が襲撃してきても対応できるだろう。だがデファーグは首を振った。


「いや、スモルはスタフも連れて行った。」


 想定しうる最悪の状況にティフは眉をひそめる。


「てことはペイトウィンとエイーしか残っていない。

 手紙を受け取ったスパルタカシアはレーマ軍を動かしてペイトウィンを捕まえにかかるぞ!?

 いくらペイトウィンが世界一の魔法攻撃職だったとしても、《地の精霊アース・エレメンタル》の支援を受けたレーマ軍が相手じゃ「いやっ」」


 最悪の展開を説明するティフをデファーグがさえぎった。


「ペイトウィンは手紙を出してすぐに北へ逃げると言っていた。」


「「北だって!?」」


「ああ、手紙を使い魔に託したらすぐにシュバルツゼーブルグを離れたはずだ。

 レーマ軍がアジトへ向かったとしても、もうさ。」


 ティフを安心させようとデファーグは自信満々な様子で言った。

 手紙を届けて『勇者団』から交渉を持ち掛けるのだ、『勇者団』がシュバルツゼーブルグにひそんでいることは確実に知られてしまう。『勇者団』を捕えたいレーマ軍は、手紙の内容がどれだけ友好的なものだったとしても『勇者団』の捕縛を考えるだろう。今までも《地の精霊》はレーマ軍に協力的だったのだから、レーマ軍は《地の精霊》の支援のもとに行動を起こす可能性が高い。それくらいはデファーグだって想定済みだ。だからペイトウィンに手紙を書くよう頼んだ時も、手紙を出したらすぐに逃げるように忠告したのだ。そして、それを聞いたペイトウィンの態度も素直なものだった。多分、忠告どおり手紙をだしてすぐにシュバルツゼーブルグを発ったに違いない。


 万事、抜かりはない……デファーグが自信を持つのは当然だ。レーマ軍が『勇者団』のアジトへ踏み込んだとしてもそこには既に誰も居ない。いくら《地の精霊》の支援を受けようとレーマ軍はペイトウィンの影すら拝めないに違いない。

 しかしティフの表情は晴れなかった。無言のまま、複雑な表情でデファーグをジッと見つめる。デファーグはそれと似たような表情をこれまで何度も見て来た。そうじゃないんだよなぁ……と、デファーグの勘違いを残念がってる人間が良く見せる表情だった。


「何だよ、何か問題か?」


 デファーグは少し苛立いらだったように訊いた。ティフが見せるその表情、人間が見せる表情の中でデファーグが一番嫌い……というか苦手な表情だったからだ。


「北ってことは、盗賊どもと合流するつもりか?」


「ああ、その予定だったろ!?」


 盗賊どもと合流しアルトリウシア方面の土地勘のある人間を探す……それはアルトリウシア遠征が決定された際に決められた、遠征のためになすべき準備作業の一つとして挙げられたことだった。そして、シュバルツゼーブルグに残ったペイトウィンたちがそれを行うことになっていた。


「忘れたのか?

 北には《森の精霊ドライアド》がいるんだ。」


 ティフがそう言うと今度はデファーグの方が顔をしかめた。


「?……《森の精霊ドライアド》はだって、“敵”じゃないんだろ?

 アンタ、昨日そう説明したじゃないか?!」


 ブルグトアドルフでの《森の精霊》との顛末を報告した際、《森の精霊》に再戦を挑んでナイス・ジェークを取り戻すべきだと主張したデファーグに対し、ティフは確かにそう説明していた。《森の精霊》は最初から敵じゃなかった、こっちが騒ぎを起こしたから追い出そうとしただけで害意があったわけじゃなかった、捕まったナイスもレーマ軍に引き渡されたが他にやりようがなかったからそうしただけで怪我の治療までしてくれている、だから《森の精霊》は敵じゃない。それどころかエイーと盗賊のクレーエは《森の精霊》に気に入られて魔法の杖マジック・ワンドさえ貰っているとも教えられた。

 ペイトウィンが盗賊と合流するために向かったシュバルツゼーブルグの北方には《森の精霊》の森が確かにあるが、《森の精霊》が敵じゃないのだとしたら一体何が問題になるというのだろうか?


「ああ……うん、そうなんだが……」


 ティフは自分がデファーグにした説明の内容を思い出すと困ったように言い淀み、言葉を探す。


「“敵”じゃないなら何を心配してるんだ?

 何も問題ないはずだろ!?」


「いや……あの《森の精霊ドライアド》は《地の精霊アース・エレメンタル》と繋がってるんだ。」


「じゃあやっぱり“敵”だったっていうのか!?」


「そうじゃないデファーグ、落ち着いて聞いてくれ。」


 デファーグは前回の説明にも何か釈然としないものを感じていた。だがそれでもみんながそう納得しているのならと自分を無理やり納得させていた。しかしここへ来てまたティフの説明の内容が二転三転しているように感じられ、デファーグの中でティフに対する疑念がわき始める。


 ティフコイツ、ひょっとして嘘ついてないか?


「《森の精霊ドライアド》は“敵”じゃない。それは本当だ。

 だけど同時に《地の精霊アース・エレメンタル》と繋がっているというのも本当なんだ。

 だからもしもペイトウィンの手紙の内容次第でレーマ軍を刺激しすぎて、もしも《地の精霊アース・エレメンタル》が本気になったら、《森の精霊ドライアド》も協力するかもしれない。」


 デファーグは口をへの字に曲げた。ティフに向けられた目には不審の色が浮かんでいる。よくない雰囲気を察したティフはこれまでよりも少し必死にデファーグを説得する材料を探した。


「お、お前だって俺の敵じゃないけど、ママに言われてミンナで俺のこと捕まえようとしたことあっただろ!?

 ホラっ、俺が間違ってママのベヒモス攻撃して怒らせちゃって、ベヒモスが興奮して大暴れした時!!

 あの時お前、俺の“敵”だったか!?」


「……いや。

 でもアレはアンタが逃げ隠れして出てこなかったのが悪いんだろ?

 ママのダンジョン前の村、大変なことになったんだぞ!?」


「そうだけど、誰が悪いかとかは今はいいんだよ。

 今回はペイトウィンさ。

 そしてママに言われてお前やミンナが俺を探したみたいに、《地の精霊アース・エレメンタル》に言われれば《森の精霊ドライアド》もペイトウィンを捕まえようとするかもしれないってことさ。」


 デファーグは表情は変えなかったがジッとティフを見つめて口を閉ざした。デファーグからすればティフは何かを隠して口八丁手八丁くちはっちょうてはっちょうでこの場を切り抜けようとしているだけに見えて仕方ない。理屈は通っているのだが、今までの認識と……自分が考えていた『勇者団』の在り方と、何かが違うような気がしてならない。

 ティフはティフでデファーグの不審の芽が育ちつつあることに危機感を抱いていた。ここへ来て色々とうまく行っていない。想像すらしていなかった強大な精霊たちの相次ぐ出現。捕虜まで出して戦力が減っているところへ来て仲間同士の不和まで生じさせてしまえば、ムセイオンから遠く離れたこの辺境の地で『勇者団』が分裂するような事態にもなりかねない。


 パァーーーンッ!!


 互いに見つめ合ったまま言葉を探す二人と、二人を囲む四人の計六人は霧の向こうから聞こえた銃声に一斉に身を竦めた。

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