第969話 シュバルツゼーブルグの状況予測

統一歴九十九年五月十日、未明 ‐ グナエウス街道第五中継基地スタティオ・クィンタ・ウィア・グナエウシイ前/西山地ヴェストリヒバーグ



 ペイトウィンがスパルタカシアに手紙を書き、それによってシュバルツゼーブルグに足止めする……それを聞いたメンバーたちはティフのみならずあまり良い予感は持てなかった。

 ペイトウィンは決して頭が悪い方ではない。むしろ頭脳は明晰な方である。が、馬鹿でもある。知能が高いかどうかと、利口かどうかは別問題だ。前者は数学的あるいは論理的に問題を解決できるかどうかだが、後者は人の感情の機微を見抜いて社会にうまく適合できるかどうかである。前者は確立された理論や方程式にパラメーターを組み込んでいけば間違いのない正解を導き出すことが出来るが、後者の場合は“正解”が存在しない。同じ答えが正解になることもあれば不正解になることもある。前者は勉強して理屈さえ覚えてしまえば問題解決能力を身に着けることが出来るが、後者はそうはいかない。何よりも他人と多く接し、経験を積み、社会性とか対人スキルなどと呼ばれるものを鍛え上げなければならないのだ。そして、『勇者団』ブレーブスのメンバーたちは……特にハーフエルフたちはそれが大の苦手だった。

 そもそも『勇者団』は周囲の人間たちが信用できなくなって父祖の英雄譚や冒険譚の世界へ現実逃避してきた者たちの集まりなのである。社会性は低いし対人スキルなど壊滅的といって良いだろう。ただ、英雄譚や冒険譚に描かれる幻想の世界に耽溺たんできし、その世界観を共有する仲間同士だから彼らはうまく連帯できているだけなのだ。芝居じみた言い回しや態度で互いに演じ合い、それをたのしむ嗜好と感性を共有しているから、彼らは仲良くまとまっていられているに過ぎない。そして、そうではない人間とは上手に付き合えないのだ。いわゆる「中二病」という奴である。


 そんな『勇者団』の中でもペイトウィンの社会性の低さは突出している。『勇者団』の中でさえ浮きがちで、周囲との関係がギクシャクしてしまうほどなのだ。ティフも相当重度な中二病だし、アルビオンニウムでの戦闘の後でルクレティアに宛てて相当自惚うぬぼれた内容の手紙を出してしまったほどだ。だが、そのティフでさえペイトウィンはどうかと思うほどズレていることがあるのだ。


 ペイトウィンの手紙でスパルタカシアを足止めする?

 アイツ、絶対過激なこと書いてレーマ軍を挑発しちまうぞ!?


 だいたいハーフエルフはこの世界ヴァーチャリアで最も高貴とされ、ムセイオンでのヒエラルキーは最上級である。ハーフエルフたちより上は大聖母フローリア・ロリコンベイト・ミルフとルード・ミルフ二世の母子しか存在しない。当然、ペイトウィンたちはフローリアとルード以外の相手にへりくだり下手に出なければならないような経験はほとんど無かった。そしてフローリアは彼らにとって第二の母であり、ルードは兄貴分でもある。つまり、敬意を払うべき目上の存在というだけでなく、数少ないでもあった。

 ハーフエルフたちは真におそれ敬うべき相手、甘えてはいけない相手という存在を知らない。強いて言えばここ数日で巡り合った精霊エレメンタルたちが初めてのそういう相手であろう。彼らはアルビオーネや《森の精霊ドライアド》との対話の中でそのことに気づきつつはあるが、しかし真に敬意を払うべき相手にどう接するかというプロトコルは身についていない。知識として知ることや気づくことと、それを身に着け所作しょさ言葉遣ことばづかいに、そして考え方そのものに反映するのはまったく次元の違う話だ。

 実際、ペイトウィンはその魔法力ゆえに精霊たちが決して勝てない相手であること、真に畏れ敬うべき相手であることに『勇者団』の中でいち早く気づいてはいた。アルビオーネと遭遇した時はティフに忠告さえしてみせている。だが、そのペイトウィンも目の前の相手のことは把握できても、その背後の繋がりがどうというようなことに思いを巡らせることは苦手としていた。普通の社会性を身に着けた者なら、目の前の人物が自分より劣った下位の人物であったとしても、その人物が自分より上位の人物の身内だと知っていればそれ相応の態度で接しようとするだろう。ところがペイトウィンにはそれが無いのだ。ペイトウィンの軽率さの根源はそこにある。

 サウマンディウムでチンピラ相手に魔法をぶっ放してしまったのも、そういう後先のことを考える癖が無かったからに他ならない。取るに足らない脆弱ぜいじゃくなヒトごとき、魔法で吹っ飛ばしてしまえば問題は解決する……そう考え、ではそのチンピラの背後に居る誰かを刺激してしまわないか、その結果どんな反応があるかといったことはまるで考えられないのだ。目に見える範囲の協力関係がどうなっているかという程度の、ごく狭い範囲でしか世間というものを認識できないのだ。そして、ペイトウィンには常に他人より優位に立とうとする悪弊あくへきがある。


 そのペイトウィンがルクレティアに手紙を書いた……おそらく、ルクレティアのことは自分より劣ったヒトの聖貴族としか認識していないだろう。ルクレティアを守護する《地の精霊アース・エレメンタル》がルクレティアに宛てた手紙に反応する可能性など、まったく考えていないかもしれない。ただでさえ忠告のつもりで喧嘩を売ってしまったりする神経の持ち主なのだから、牽制するつもりで宣戦布告してしまっていたとしてもおかしくない。


「う、ううぅぅ~~~ん」


 ティフは思わず俯き頭を抱えた。


「ティフ?」

「大丈夫か?」


「大丈夫なもんか、あのペイトウィンだぞ?

 絶対、ちまってるに違いない。

 そういうことはスモルにやらせろよ、何でペイトウィンにやらせた!?」


 スモルはサブリーダーとして『勇者団』を纏め上げるだけの社会性は持っている。社会性とか対人スキルという点では、ペトミーとスモルは『勇者団』のハーフエルフの中では間違いなくツートップだ。ペトミーはこっちへ連れて来てしまったがシュバルツゼーブルグにはスモルを残している。それにスモルは《森の精霊》相手に痛い目にあった直後で、《地の精霊》がどれだけ強大かも《地の精霊》が加護を与えているルクレティアとどう接するべきかも把握できている筈だ。

 デファーグはペイトウィンの人間性をまだ把握しきれていなかったのでティフ達が何でこんなに悔やんでいるのか理解できていなかったが、それでも何か不味いことになっているらしいことぐらいは気付き、残念そうに言った。


「スモルはもうクプファーハーフェンへ行ってしまったんだよ。」


「クプファーハーフェンへ!?」


「支援者に会って交渉するって……いち早く動いた方が良いだろうってティフアンタたちがシュバルツゼーブルグを発ってすぐに出て行ったんだ。」


 アルトリウシアへ遠征するなら支援の強化が必要になるが、支援者からの支援は何故か急に途切れてしまっている。確かに状況の確認と支援強化を交渉しにクプファーハーフェンへ行かねばならないだろう。先を読んで積極的に行動を起こすスモルはさすがと言っていいだろうが、同時にひょっとしてペイトウィンから離れたかったんじゃないかと邪推してしまいたくもなる。もしそうだとしたらスモルの決断力や行動力が裏目に出てしまったというほかない。


「ティフ、とにかく急いで戻った方が良い。」


 ティフの肩に手を置き、ペトミーがシュバルツゼーブルグへの帰還を促すとティフは頷いた。

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