新たな作戦

第968話 デファーグの報告

統一歴九十九年五月十日、未明 ‐ グナエウス街道第五中継基地スタティオ・クィンタ・ウィア・グナエウシイ前/西山地ヴェストリヒバーグ



 ジェットにまたがったファドが霧の向こうへ消えて間もなく、デファーグの大声は止んだ。ティフの苛立いらだちはそれで多少はやわらいだものの、やがてファドに連れられて姿を現したデファーグたちの姿に今度はペトミーが目を剥く。


「あ!あああっ!?」


 やっと追いついた、ティフ、大変なんだ……ティフの姿を認めたデファーグがそう口を開くのを制するようにペトミーが大声を上げた。


「デファーグ!!

 それ俺の馬じゃないか!!

 それにスワッグ!ソファーキングも!!

 お前たち馬に乗るなって言ったのに何で馬に乗ってんだよ!?」


 ペトミーは我を忘れたかのようにティフを押しのけて前に出てわめいた。すかさずジェットはスッと音も無く地面に潜り、ジェットの背に乗っていたファドは慣れた様子でストンと着地すると、そのままサッと脇へ避ける。


「す、すみません!」


 スワッグとソファーキングは慌てて手綱を引いて馬を減速させ、停止しきらないうちに鞍から飛び降りた。馬たちはいななきながら止まると、その場で足踏みしながら身体の向きを変え、飛び降りたばかりのソファーキングとスワッグを取り囲んで甘え始める。


「うわっ!?クソッ、やめろ馬鹿!!」

「落ち着けって、何だよお前ら!?」


 馬たちにたかられて悪態をつく二人を置き去りに、デファーグの馬はペトミーの前まで進んだ。背に乗ったデファーグが手綱を引いて止まらせようとしているのに言うことを聞かない。そしてペトミーの手前で立ち止まり、首を伸ばして背に乗せたデファーグを睨み上げるペトミーの顔に遠慮がちに鼻を近づけ、甘え始めた。

 デファーグは急に言うことを聞かなくなった馬に戸惑いながらも、ペトミーに低い声で「降りろ」と言われ、慌てて鞍から飛び降りる。


「何でお前が俺の馬に乗ってんだ!?

 お前の馬はどうした!?」


 ペトミーは甘えようとする馬の鼻を手で押しのけながら詰問した。馬は残念そうにブフフンッと鳴きながらペトミーから離れ、少し離れた位置から物欲しそうな視線を送ってくる。


「すまない。俺の馬は置いてきたんだ。」


「置いてきた!?

 ここまでどうやって来たんだ?」


「ああ、ここまでは自分の脚で走ってきた。

 すまない、魔獣化モンスタライズしそうだっていう話は聞いたんだが、あの二人と会った時には馬たちはもう回復しているように見えたんだ。」


 『勇者団』ブレーブスに加入してから日の浅いデファーグは普段から遠慮がちに接する傾向にはあるのだが、他人の馬に勝手に乗ったという後ろめたさからかデファーグはいつも以上に下手に出ている。相手が自分と同じハーフエルフということもあるかもしれない。


「回復しているように見えただって!?

 冗談じゃない!|

 魔獣化モンスタライズしそうだって話を聞いていたんなら「まぁ待てペトミー」!?」


 デファーグの言い訳に怒りを露わにしたペトミーをティフがさえぎった。


「それよりもデファーグがここへ来た理由を聞こう。

 そっちの方が今は多分、重要なはずだ。

 幸い、馬たちはまだ魔獣化モンスタライズしてないんだ。

 それは後でじっくり言って聞かせてやればいい。」


 ティフにそう言われたペトミーはまだ何か言いたそうに口をモニョモニョとさせたが、飲み込みにくい言葉をあえて飲み込み、代わりにチッと舌打ちする。

 勝手にしやがれとばかりに身体ごと顔を背け腕組みしたペトミーを置いておいて、ティフはデファーグに向き直った。ティフに向けられたデファーグの俯き加減の顔にはペトミーを宥めてくれたことについてであろう、申し訳なさそうな表情が浮かんでいる。


「それで、何があったんだ?」


「それなんだよ、大変だ。

 スパルタカシアは今シュバルツゼーブルグにいるんだ!」


 ティフに促されたことで自分の役割を思い出したデファーグはハッとしたように一息に報告する。それを聞いたティフ、ペトミー、そしてファドの三人の表情が一斉に変わる。機嫌悪そうにそっぽを向いていたペトミーも思わずデファーグの方に視線を戻していた。


「「何だって!?」」


「本当なんだ。

 アンタたちがシュバルツゼーブルグを発った後、俺たちは街で夕食を摂るために酒場へ行ったんだ。そこで話を聞いたんだ。

 これからスパルタカシアが街に来るって……」


「何で!?

 スパルタカシアは先へ行ったはずじゃなかったのか?」


「酒場で聞いた話によると、スパルタカシアはブルグトアドルフの被害復旧のために、一日予定を伸ばしてブルグトアドルフに留まっていたらしい。だからスパルタカシアはまだシュバルツゼーブルグに着いてなかったんだ。

 俺たちは気づかずにスパルタカシアを追い越していたんだ。」


 ……また、やっちまったのか!?


 ティフは愕然とした様子で言葉を失った。目の前が暗くなるような感覚に襲われ、身体がよろけそうになるのを必死にこらえている。その視線はデファーグの方へ向けられたままだったが、焦点はどこにも合っていない。ファドなどは信じられないと言った様子でデファーグとティフの顔を交互に見比べている。ペトミーは呆気にとられたというか、どこか拍子抜けしたような、それでいて何か腑に落ちたといった様子でポカンと口を開けている。

 三人の様子に気づいているのかいないのか、デファーグは話を続けた。


「それで俺、急いで伝えに来たんだ。

 ほら、アンタらがスパルタカシアを探しに行ったところで見つかるわけないだろ?

 だってシュバルツゼーブルグに居るんだもんな。

 で、見つけられずにアンタらは街道上を戻ってくるわけだ。

 一応ペイトウィンが足止めをしている筈だけど、失敗すればスパルタカシアは明日にはシュバルツゼーブルグを発ってこっちへ進んでくる。

 それでもし何も知らないまま戻って来るアンタらとスパルタカシアが街道上で出くわしたりしたら、アンタら《地の精霊アース・エレメンタル》と真正面からぶつかることになりかねないだろ!?」


「あ、ああ……」


 聞いているのかいないのか、ティフはどこか間の抜けた返事を返して額に手を当てた。デファーグは興奮しているのか、話し方がいつもより慌てた感じではあったが、それでも言いたいことは十分伝わった。その説明の中に含まれていた報告の一か所が気になったペトミーが半歩脚を踏み出して問いただす。


「待て、今ペイトウィンが足止めしてるって言ったか!?」


 ペイトウィンは『勇者団』随一の魔法攻撃職……その実力を発揮する機会をいつも探しており、不必要な場面で魔法を使ってしまいかねない危うさがある。現に彼はサウマンディウムで街のチンピラ相手に魔法をぶっ放し、メルクリウス騒動を引き起こして『勇者団』がサウマンディウムに居られなくしてしまった実績がある。その彼がスパルタカシアの足止めをしていると聞いて悪い予感のしない者など居ないだろう。


 まさか街中で魔法をぶっ放したんじゃ!?


 しばらく積極的な戦闘は控えると方針を決めたばかりだというのに、もしそんな真似をされたら『勇者団』の置かれた状況は今まで以上に悪くなってしまいかねない。

 そんなペトミーの懸念にデファーグは気づいていないかのようにあっけらかんと答えた。


「ああ、使い魔を使って手紙を届けさせたんだ。」


「手紙だって!?」


 ペトミーの顔が怪訝そうに歪む。


「ああ、スパルタカシアがシュバルツゼーブルグに留まるように……」


 今度はティフがハッと我に返るとデファーグの両肩を掴んで問いただした。


「どんな手紙だ!?

 文面は!?」


 突然のティフの豹変にデファーグは戸惑いを隠せなかったが、掴まれた両肩の痛みを堪えつつ答える。


「え!?

 いや、文面はペイトウィンに任せたから……俺は知らない。」


 それを聞いたティフの顔がサーッと青くなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る